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エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

同調のためにやる、権力の手

2014-04-17 05:26:31 | エーリッヒ・フロムの真まこと(の行い)

 

 フロムは、集団への同調は乱痴気騒ぎよりまし、と言います。

 

 

 

 

 大昔の社会では、集団は小さいものです。その集団は、血と土地を分かち合う人々からできています。文化が進歩するにしたがって、その集団は大きくなります。その集団は都市国家・ポリスの市民にもなりますし、大きな国の市民にもなりますし、また、一つの教会に属するメンバーにもなります。貧しいローマ人でさえ誇りに感じたのは、「私はローマ市民です」ということができたからです。ローマとローマ帝国は、自分の家族であり、故郷であり、世界なのです。近代西洋社会においても、集団と結びつくことは、「相手にされない」ことに対処するよくある対処法です。個人的な自分が大部分なくなっちゃうのが、集団との結びつきですし、そこでは、目標は群れに属することです。もし、わたくしが他のみんなと同じなら、私が自分らしくなる気持ちや考えをまったく持ちません。また、私がその集団の慣習、制服、思想においても、集団の型に同調すれば、私は守られます。すなわち、独りぼっちになる、ぎょっとする体験をせずに済みます。独裁体制は、この同調を作り出すために、脅しとテロを使います。民主主義の国では、この同調を作り出すためには、提言とプロパガンダを使います。実際ここに、独裁体制と民主主義体制の大きな違いが一つあります。

 

 

 

 

 

 この種の同調は危険です。独裁体制が同調のために使った、脅しとテロは、日本でも第二次世界大戦前夜には、「軍刀」だったと聞いています。皆が「軍刀」を恐れて、自由にものを言ったり、やったりすることができなくなったから、軍部の独走が可能だったのです。今の日本では、主にプロパガンダと金です。なぜ、東電があんなムチャクチャナことができるかといえば、政府と一体になってプロパガンダをするだけではなくて、莫大な金にものを言わせて、人々を懐柔して、自由な行動と発言を抑え込んでいるからです。

 

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根拠のない自信の幸せ

2014-04-17 05:04:33 | エリクソンの発達臨床心理

 

 

 
壊しちゃっても、いいんです 無視や搾取も仕方がない?

 前回から学童期に入りました。 今日は、Toys and Reasons のRitualization in Everyday Lifeから、学童期の部分の第2段落です。それでは...
 

 

 近代人のある種の宿命を、エリクソンが明確に示したところでしょう。それに比べて、ユーロック族の人たちの全人的な暮らしが印象的です。ユーロック族の人たちは、近代的な自然科学の知識は皆無ですが、「不思議な自信」をもって、暮らしています。そこにあるのは、人がサケとも約束をしあう世界です。それに引き換え、近代人は、自分ばかりか、他者まで機械扱いしなければ、生きていけません。今の日本は、それがさらに「進んで」、他者を虫けら扱いして、自分の利益のためには、「他人の命や暮らしはどうでもいい」というのが、東京電力やそれを支える政府や、「オレオレ詐欺」や “わたみ” などのブラック企業でしょう。

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