新たな市場に新たな航空機を売り込む場合、まず一番に考えなければならないと教えられたことがある。それは、顧客エアラインをいかにして成功させるかということだ。航空機を買ってくれる航空会社の成功無くして、航空機ビジネスの成功はあり得ない。それがここATR社で僕が一番最初に教わったことだ。
航空機メーカーにとっては、航空機を売ってしまえばその航空機の価格分の利益を確保できる。利益を確保することが企業の最大目的だとするならば、航空機を売った時点でそれを成功と定義することもできる。実際、Break Even(損益分岐)以上の機体数を販売することによって、航空機メーカーは確実に利益を上げているのだ。だが、それは十分な成功とは言えない。
航空機メーカーとして航空会社の成功をサポートしなければならない理由は主に2つある。その一つが、航空ビジネスに関する収益の7割から8割が、全てアフターセールスで発生しているという事実だ。つまり、航空機を売った後のトレーニングや部品補給、メンテナンス等のカスタマーサービスから得られる収益のほうが、最初に航空機を販売することによって得た利益の額よりもはるかに大きいのだ。
もう一つの重要な理由は、中古機としての航空機の価格をできる限り高く保たなければならないということだ。航空機の平均寿命は大体25年から30年と言われていて、持ち主である航空会社も次から次へと変わっていく。持ち主が変わるたびに中古機としての航空機の価格は下がっていくのが普通だ。多少の例外はあるものの、時間が経ってどんどん古くなっていくのだからそれは仕方のことだ。
ATR社の航空機を使っている航空会社がビジネスに成功すれば、当然マーケットにおけるATRの航空機の魅力度は増す。マーケットにおける魅力度が増せば、たとえ中古機であってもATR機を買いたいという航空会社が増える。しかし、成功している航空会社は所有するATR機をなかなかマーケットに売りに出さないので、マーケットには中古機とししてのATR機がほとんど存在しなくなる。もしくは、中古機としてリーズナブルな価格で販売されているATR機を見つけるのが極めて難しくなる。結果として、航空会社の目は新品の航空機に向けられるようになるのだ。
逆に言えば、成功する見込みのない顧客に航空機を販売することは、長い目で見ればATR社に好ましくない状況をもたらす可能性があるということだ。航空機を販売した時点で得られる機体価格は手に入るものの、アフターセールスの収入も見込むことができないし、何より転売先に安く叩き売られて中古機としてのATR機の価格に悪影響を及ぼす。目先の利益に目を奪われて、最終的な利益を最大化することを忘れた最悪の意思決定なのだ。
その意味で、僕が今取り組んでいる航空機の新市場戦略立案には、決して目先の利益に目をとらわれない、長い目で先を見越した分析が重要になる。口で言うのは簡単なのだけど、忠実にこれを実行するのがいかに難しいか、今身を持って実感しているところだ。
目先の利益にとらわれず、最終的な利益の最大化を目指す。これが本当に難しい。
(写真はトゥールの街並み)
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