最近、いろんな人や機関から講演を頼まれることが多くなった。今年に入ってから既に5回近く講演に出かけているのだけど、先週末も東京大学で開催された「宇宙開発フォーラム」というイベントでプレゼンをすることになった。テーマは『宇宙産業の現状と課題』というもので、まさに今僕が担当している仕事に深く関係しているものだ。
僕にとっては常に考えなければならないテーマなので難しい講演ではないのだけど、今回はいろんな制約があって少し大変だった。制約条件というのは、「宇宙開発フォーラム」というイベントが主に学生さんを対象にしたもので、しかも、宇宙開発にあまり詳しくない学生さんも含まれているとあって、一般的な知識を提供するような内容にして欲しいという要望が事務局側からあったのだ。特に、僕が今回依頼された講演はイベントの最初に行われる基調講演のようなプレゼンで、まず最初に学生達に「考えるキッカケ」になるような知識や情報を授けて欲しいということだった。
僕の経験では、基礎的な内容というのは「学ぶのはとても楽」なのだけど、「教えるのはとても難しい」。何か基礎的なことを学んだ後に、自分では理解したつもりで他人にそれを教えようとして、「あれ、何かが違う」と感じたことのある人は多いだろう。「基礎」というのは実は一番難しい存在であり、物事の表面だけを理解していたのでは決して教えられないのだ。なので、僕のような若輩者が引き受けてよいものかどうか、今回だけは正直迷った。
最終的には「宇宙開発に進化をもたらしたい!」という事務局の方の熱意に賛同して講演を引き受けることにしたのだど、今回はさらに僕の講演では日本の話は一切せず、宇宙産業一般と世界マーケットに限定して話をして欲しいということになり、ハードルはさらに上がった。僕がヨーロッパのMBAで学んだ授業を踏まえながら、さらに、最近僕がスタートさせた「宇宙ビジネスインターン」の話もして欲しいという要望も加わった。結局、一からプレゼン資料を作り始めたこともあり、パワーポイント資料が出来上がったのはプレゼン前日の深夜のことだった。
僕のプレゼンは朝10時45分から始まり、正午過ぎまで続いた。終わってみればあっという間のプレゼンだったが、皆さん寝ることもなく真剣に話を聞いてくれ、朝一番の講演なのに本当にスゴイなぁ~と感心してしまった。休日だし、授業の単位にもならないと思うのだけど、宇宙に興味があるというだけでここまで熱意を持って聞いてもらえると正直僕も嬉しい。頑張って資料を作った甲斐があったというものだ。
僕はプレゼンをするときは必ず会場の皆さんの反応を見ながら話を進めるようにしているのだけど、今回壇上から皆さんの反応を見ていて一番反応がよかったのが「スマイルカーブ」を使った宇宙産業と航空産業の比較論の話をしたときだ。スマイルカーブというのは、台湾のパソコンメーカーACER社のCEOが発案したコンセプトで、ビジネスの上流から下流にかけて、ビジネス一般における利益率の違いをグラフに表したものだ。
あくまで一般論なのだけど、ビジネスの上流、すなわち、研究開発とか素材に関するビジネスは利益率が高く、組み立てや製造などの中間にあるビジネスでは利益率が低くなる傾向があり、それを超えて販売後のサービスやコンサルティングなどのビジネスになれば利益率は上昇する、というものだ。全てのビジネスに共通するわけではないけれども、ただ部品を買ってきて組み立てるビジネスというのは、儲けを出しにくい傾向がある、ということを意味している。
航空産業の場合、機体やエンジンを販売した後にもメンテナンスやスペアパーツ、トレーニングなどの利益を見込むことができ、ビジネス全体として儲けを出す体質を業界全体として構築することが可能だ。しかし、宇宙産業では、人工衛星やロケットを宇宙に送り出した後はもう物理的に手を出すことができず、メンテナンスやスペアパーツ等のアフターセールスビジネスは成立し得ない。すなわち、少なくとも現在の技術レベルで行う宇宙産業においては、高い利益率が見込まれるスマイルカーブ下流のビジネス領域を攻めることができず、より利益率の低い領域でしか勝負できないのだ。
ただし、利益率が低いと呼ばれている領域でも十分な儲けを出している企業は存在する。スマイルカーブを発案した台湾のACER社などがその代表例だ。つまり、やり方次第では、製造や組立などの中流のビジネスでも利益を出すことができるのだ。儲けを出しにくい領域で「勝ち組」となっている企業の戦略をベンチマークし、可能なものは応用していくことこそが、今の日本の宇宙産業に必要なのではないだろうか。僕の講演では、スマイルカーブを使ってそんな話をした。
僕の講演に興味のある方は、11月中旬にイベントの「報告書」が完成するらしいので、一読してみてください。
(写真は経済産業政策研究所のHPより)