崖に竹を差し、水を採る由来から鑓水と名がついた。幕末富豪絹商人、大塚某の館裏庭跡に写真のモニュメントがある。
右隣にこの地はアイヌが住んでいたとの説明板もある。多摩は弥生の時代の遺跡はふんだんにあることから、古代は豊か(自給自足?)だったか。ゴルフ場、東京国際の16番のショ-トホ-ルは遺跡が出て埋め戻したと説明がある。
右隣にこの地はアイヌが住んでいたとの説明板もある。多摩は弥生の時代の遺跡はふんだんにあることから、古代は豊か(自給自足?)だったか。ゴルフ場、東京国際の16番のショ-トホ-ルは遺跡が出て埋め戻したと説明がある。
アイヌとの出会いは昭和30年代後半に北海道は白老で踊りを見たのが始まりだと思うが、あのころはアイヌも観光で生きてゆこうということで熱心に観光客を誘致していた。
アイヌの古老の姿が各旅行会社の北海道旅行のパンフレットの一面を飾っていたものだが、いつの日にかその姿も見なくなった。
何十年前のことだったかアイヌの姿を載せたパンフレットの説明方に問題があり保護団体とその旅行会社との間で差別とかで大騒動になったとか聞いたが…。