山崎 喬

加賀生まれ(金澤)

第4回(4日目)大山街道  

2013年01月31日 20時57分24秒 | Weblog

今回は前回の終着地、小田急線鶴間駅から出発。往来の排気ガスを避けて、暫く住宅街を歩くと雑木林が出てきた。その昔の相模野はこんな感じかと思いつつ、工業地帯とハイテクパ-クを通過。ブロック単位が大きいので進路の変更も簡単でない。信号待ちなど時間がかかる。相鉄線かしわ台あたりから、目久尻川に遭遇し、川沿いに歩いた。どこかしら鶴見川を歩いている雰囲気のあるところもある。湧水からかの小さな水路の透明度も高く、水草を見ていても快い。天気は早春並みのお天道様の輝き。2月になれば、この天気だったら、紫外線焼けは必至だろう。川は相模川に繋がるのだろうが、渡る予定の相模川は方向の見定めなども加わり手間取り、次回にして海老名で引き上げることとなった。3時間以上も歩いたのに、18000歩。遅いビ-ルを含めた昼食代が都心から離れるに従って安くなる。海老名のVINAWALKは我々オヤジが食事する店がない。画像左下は水路の水草を上から撮影。

  

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今日は日本橋室町から銀座

2013年01月30日 18時27分00秒 | Weblog

 

社会人のスタートは銀座だが、その昔の銀座の職場の仲間が集まるというので出かけたが、早かったので日本橋の島根県ショップで観光資料、出雲大社の遷宮資料を求めて寄った。時間が余りすぎるので、宴会も遅いので蕎麦屋に入った。蕎麦は悪くない、星3つぐらいだが、勘定を済ませるときに、若旦那がレジ席にいた。上の階が宴席となっているので、クラス会もあるので少したずねようとしたら、女性の従業員がテ-ブルにある品書きを持ってきた。旦那は相手にしたくないのがありありだった。その昔、日本橋の小料理屋に入ったとき、従業員の接遇が板前の親父と客がどちらがメインかわからない不愉快なことがあったが、それだ。室町にはおいしい店も多々あるが、まだ変な一元を小馬鹿にする歴史が残っているようだ。地下鉄の通路にベルリン美術館所蔵の200年前の日本橋風景の絵巻が出ていた。三井三越店を真ん中にして一部ガラス越しに撮影した。 

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北陸蕎麦探訪から主計町の太郎

2013年01月22日 22時52分12秒 | Weblog

 前からの約束を前日の酒席で再度確認して、隣の福井県の蕎麦屋2軒の昼飯が目標となった。小雨煙る中、北陸特有のどんよりした空の下、雪もない加賀平野を車は進む。永平寺町の「けんぞう蕎麦」がお目当てだったが、第4火曜日はあいにく定休日でがっかりだった。下調べ不十分。以前行った山中温泉の蕎麦屋もと思ったが、腹も空き始め、近くの聴琴亭にした。庄屋の家で売りの観光蕎麦屋。蕎麦は愕然ものだ。 次はポン友が行きつけの石川県小松の藪司奈に行った。野菜やカニボコの細かく刻んだ揚げ物の下に千切り大根、そしてその下にボリュ-ムのある蕎麦。蕎麦は名前のとおり長野の蕎麦、藪の名に恥じない味で、蕎麦だけと、具と混ぜて食べるのと両方味あい楽しめる。終わりよければ、全てよしとした。夜は姉妹と3人で金沢茶屋街の主計町の太郎へ。鱈、石鯛、かわはぎの白身に牡蠣と野菜。ここは自分で鍋に手を出さず、同伴の仲居さんが全てを仕切る。鍋奉行はお店の人。詳しくはあちこちのHPに出ているが、情緒ある浅野川のほとりで観光客にも人気。大女将のご挨拶と女将が鍋を少し仕切っていたが・・・、東京から連日の酒疲れもものともせず、お銚子も4本と快調だった。この店ははるか昔の桜の頃に、親父が上京して学生になる自分と地元大学院を出て東京就職する従兄とで一席設けてくれた。旅立ちということで、記憶が鮮烈にある。その頃の鍋はガスでなく炭火だった。

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金沢冬の海の味覚

2013年01月22日 09時36分03秒 | Weblog

前日は希望のものは全て食した。前にアップした鱈子まぶしの鱈刺しも。左上の寒ブリは醤油ののりをよくするため少し大根おろしを付けて食する程の油ののりで、東京ではブリトロということになっている。右は鱈の白子をあぶらした。左下は松葉ガニのメスのコウバコは味噌が一番で、漁は今月いっぱいまでで、次は11月まで食せない。これが目当てで帰郷したようなものだ。右下は甘エビでなくガスエビといい鮮度が落ちるのが早く産地の地元だけのもの。地方によってはモサエビというらしい。バイガイやその他適当に独特のもっちり感加賀蓮根の蓮むしなど味わったが、酔いが深まるにつけ写真は疎かになったが、食べた物も記憶がなくなってきた。

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第3セクター北越線すぎれば雪もなく

2013年01月21日 13時23分37秒 | Weblog

新潟県の富山県側から突然雪がなくなってしまった。第3セクタ-は今のところ順調だが、新幹線が走ったら大変だ。親知らず子知らずの一車線あるかないかの細かった海岸道路も海をまたぐ高架橋となっているのが目の前に見える。小学生の頃ここを車で通り過ぎる時、運転の親父がこの難所で親子手をつないで渡っても、日本海の荒波で別れ別れになる悲しい話を聞かされた。敦賀の岸壁道路も狭かったのを思い出す。平野に雪もないので、特急はくたか号から遠くの立山連峰が心地よく楽しめる。

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第3回(3日目)大山街道  

2013年01月18日 20時29分00秒 | Weblog

 

街道を往く雰囲気がまだまだ薄い一日だったかもしれない。今回は前回の着地点青葉台から最初宿場町の長津田(宿)方面を目指して歩き始めた。鶴見川の支流の恩田川を渡った辺りはまだ残雪がすっかり残っていた。そういえば今年の花見は恩田川か。道は厚木道路(246号線)づたいとなっていて、ダンプ、トラックがビュンビュン飛ばしている横の狭い歩道を歩かされた。途中、歩道がないこともあり、結構切迫感があった。できるだけ本道を避けて、脇道を歩くようにした。長津田を出てから少し街道の面影を感じさせるところもあった。つくし野を出て「馬の背」の尾根道に出た。眼下の住宅街と、道中ちらほら見えた富士山がくっきり見えてきて、ようやく旅人の気分になった。殺風景な背景の「五貫目道祖神」を観て、目的地の下鶴間(宿)に着いたとのが確認できた。この辺りからは16号線、246号線など交差しているので、排気ガスで空気の悪さに、ややうんざりした。心は一刻も早く鶴間駅へと心はやったのは、ビ-ルが飲めるからか。今回は2万歩に到達せず、18000歩強だった。歩数は全3回中一番好少なかったが、ビ-ルの杯数は一番多かった。次回は歩数は増やして、海老名と言わず、相模川を越えて厚木(宿)、本厚木まで頑張りたい。同行のオヤジさん、頑張りましょう。 

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松井のワ-ルドシリ-ズの記録

2013年01月09日 21時08分01秒 | Weblog

 スポ-ツ紙は松井の特集や特別号の販売を始めた。2009年のワ-ルドシリ-ズの記録(DVD録画記録)を見るのも手間だったので、今日、Youtubeで再度確認をした。MVPの決め手となった第6戦のHRは有名だが、第2戦の三打目のHRは低い球でまともに打てるボ-ルでないことは素人でもわかる難しいものだ。ポストシ-ズンに弱いMLB最高年棒のA-RODをさておいた日本最強のスラッガ-の真価が出た最高の場面だった。第6戦のTV観戦で観客の騒ぎが聞こえ始めた。MVP、MVP………要求の声。見ていてゾクゾクしたのを記憶している。Youtubeの全試合記録映像、第1戦第2戦第3戦第4戦第5戦第6戦があり、楽しめる。フィリ-ズ大投手マルチネスの登板をことごとく破って、引退に追い込んだ。大投手のボストン時代から続いた戦いもここで終わった。しかしその後、松井もついに来るものが来てしまった。

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第2回(2日目)大山街道

2013年01月07日 19時07分33秒 | Weblog

 

今回は前回の終着地点多摩プラ-ザでなく、手前の鷺沼からスタ-トした。厚木方面の道に出るところを誤ってしまって、宮前区有馬7丁目の坂と谷を歩いて再びほぼスタ-ト地点。気を取り直して地図を確認し、スマホのナビを稼働させながら、仕切り直しをした。1時間程度のロスで本日の到着予定の長津田あたりが狂ってしまった。大山街道というが、旧街道はズタズタになっており、旧道と云えるほうが少ない。不安を覚えて、途中旧街道を尋ねたご婦人の代わりに、ご主人が出てこられた。なんとご主人は旧街道の立場の皆川家(馬をつなぐ休憩所だった)のご当主だった。江田(荏田)までの旧街道を教えていただき、尾根というか峠を越えて、湧水のある不動を拝みながら、江田~市尾~青葉台と歩いた。相変わらずアップダウンの坂の行程だった。瀟洒な一戸建て住宅街も、老齢の身となったら、買い物も至便と言えず、大変と思いながら、24,000歩を達成。前回より4,000歩は多い。回り道もあったから、こんなものか。画像は皆川家ご当主に尋ねる同行の親父二人。

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正月、三ヶ日明けて

2013年01月05日 11時14分43秒 | Weblog

新年挨拶は日本橋のデパ-トからだった。昨日の駅伝ゴ-ルから神田方面に向けて撮影も絵にならない。起点の日本橋に架かる高速の柱にオリンピック誘致キャンペ-ンとともに浮世絵かるたの絵が。ここだけ画像に貼りつけた。今年は去年暮れから引き続いて晴天にもかかわらず、都心でも寒風が舞寒い。日本橋付近も勤務していた四半世紀前と比べると風景が一変し始めている。東京駅周辺再開発の一環だろう。室町の飲食店や老舗は見かけは変わっても厳然としてあるのは、さすが日本橋というべきか。橋のたもとの旧魚河岸跡にある昔からの天ぷら屋で昼飯を取ったが、勤務していた頃と全く同じで、その辺のランチ天ぷらの味だった。料金も格段違うが、渋谷の本店は高いが美味い。この料金なら新宿にいくつかある天ぷらのお店のほうがずっとましだ。ビル街は晴れ着のお嬢さんたちも見かけず、7日まで長いお休みをお楽しみということか。

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あけましておめでとう

2013年01月01日 00時44分00秒 | Weblog

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