7月にも記したが、金沢市内の武家屋敷の塀は映画のセットのようだ。この一角から外れたところに元武家屋敷の寺がある。本堂は明治に造られたようだが、家屋は武家屋敷の構えが残っていた。塀の屋根は板。こっちの方が原形に近いのではないのか。 塀の長さや敷地から見ても千石以上は間違いない武士の家か
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当時の侍達の生活の一端が手に取るように分かってなかなか面白かったことを覚えている。
とにかく借金漬けで、極端に言うとその日暮らしの毎日だったようだ。親戚同士がお互いに貸し借りしあって、その大部分の金が侍としての付き合いに使われていて。
お米経済から貨幣経済に写った頃の江戸の武士は意外に生活が厳しかったのを知った。