山崎 喬

加賀生まれ(金澤)

1月は本州北端、2月は南端で正月はまずは北端

2007年01月02日 18時35分53秒 | Weblog
写真左の海上にかもめが見える。かろうじて。アップしたら写真が縮小で写真のキズになった。沖合いに船が航く。対岸の山は函館側。水上勉作「飢餓海峡」の舞台だが、のどかな正月で、海もなぎ状態。雪もなく、温度も夕方で6度はあった。
温泉は下風呂の硫黄泉。湯上りのイカ刺しか。
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飢餓海峡 (Unknown)
2007-01-05 22:06:13
飢餓海峡という強盗殺人半役の三国連太郎を思い出す。おどろおどろした役柄で犯人と善人を使い分ける演技は秀逸だった。
今の釣りバカ日記のボケ社長役を演じている人が同じ人とはとても思えない。

筋書きは良く覚えていないが全編を通じて不気味な雰囲気だったのは津軽海峡から日本海を舞台にした物語だった。

仏が浦に漂着?した犯人がそこで船を焼くのだけれど白い岩が仏様のように林立した異様な風景には背筋が凍るように感じたものだ。

その頃の下北はまだ観光地として開発もされなかったから秘境と言うよりは辺境というべきだろう。仏が浦から大間々での道も一応は通ってはいたが細い未舗装道路がウネウネと続いていたことだろう。

今は佐井からだけではなく仏が浦からも遊覧船が出ている。マグロの大間も人気が出てきているので薬研温泉とともに近い将来には下風呂温泉街も賑わうに違いない。

10年前位に下北半島を一周したときには下風呂にはロクな旅館が無かったけれど泉質は良いので人気が出る可能性はある。

しかし相も変わらず厳冬期はとても厳しいので観光客が来るには知床の流氷のように冬の象徴的な観光が発見・開発されないと難しい状況が続く。

とにかく瞬時に骨まで凝らせるような冬の風が海から吹いてきたら、我々都会人は一歩も外に出られないのである。
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