(1955/デルバート・マン 監督/アーネスト・ボーグナイン、ベッツィ・ブレア、ジョー・マンテル、エスター・ミンチオッティ、ジェリー・パリス、カレン・スティール/91分)
ベッツィ・ブレアって名前には覚えがあるんだけど、さて何で覚えていたんだろう? フィルモグラフィーを見る限りでは、これ以外にはアントニオーニの「さすらい」ぐらいしかめぼしい作品はないけれど、「さすらい」は観てないしなぁ。記憶は飛んでたけど「マーティ」、昔観たのかな? それとも、ジーン・ケリーの奥さんだったって事で覚えてたんだろうか・・・?
謎だ。
日本の婚活映画の後は、アメリカはニューヨーク下町の婚活映画を。
「クイズ・ショウ」の問題にも出てきた、1955年のオスカー受賞作品です。“婚活”だから数週間から数ヶ月の話かと思っていましたら、わずか二日間の出来事。上映時間も91分と小品でした。
マーティは精肉店に勤めるイタリア系移民の子、34歳。大学にも行く気でいたが18歳の時に父親が亡くなったため、以来、5人の弟や妹のために懸命に働いた。つい最近も一番下の弟が結婚をし、今は母親のテレサと二人暮らし。店の常連さんには、弟達に先を越されて恥ずかしくないのと言われるが、デブで不細工というコンプレックスもあったのだ。
今日は土曜日。仕事帰りにはいつものダイナーに寄り、気の置けない仲間達に会う。若い連中はナンパに繰り出すようだが今夜も残念ながら金欠病。ラルフはマーティに借りようとするが、借金が残っていたのを思い出して諦めた。意外にその辺は真面目なのだ。
マーティは親友のアンジーと新聞を斜め読みしながらビールを飲む。アンジー、33歳。彼も彼女がいない歴、ン年だ。
『今夜はどうする?』
『お前はどうする?』
毎週繰り返される、土曜日の挨拶。アンジーは先日映画館で知り合った二人組の女性を思い出し、マーティに電話しろよと言うがマーティは気が乗らないと返す。どうせ、断られるのが分かっている。『都合があるから』ならまだましで、もっと酷い事を言われて何度落ち込んだことか。もうご免だ。
先週と同じく、今夜も家でアンジーと“ヒット・パレード”を見ることになるに違いない。
その頃、マーティの家には従兄弟のトミーが奥さんを連れてテレサに相談に来ていた。トミー夫婦はテレサの姉カテリーナとアパートで同居しているんだが、カテリーナが何かと夫婦の生活に口出ししてくるので困っていると言うのだ。叔母さんの家は子供たちが巣立っていって空部屋も多いし、母をコチラに同居させて貰えないだろうか。要するに嫁と姑の問題ですな。折良くマーティも帰ってきて、テレサもマーティも快諾した。
トミー夫婦が帰った後、マーティは試しにアンジーが言っていた二人組の女性の片方に電話をしてみたが、案の定断られた。
その夜。マーティは今夜もデートは諦めて母親の作った夕食にパク付いた。そんな息子を見ながらテレサは、トミーに聞かされたダンスホールの話をする。
『“上玉”が来るそうよ、行ってみたら』
『母さん、そこにはもう何度も行ったことがあるよ。でもダメなんだ。俺は諦めたよ。一生独身、子供は居ない、それが俺の人生さ。もう、ほっといてくれ』
思わず大きな声を出してしまったが、泣き出した母親の手前、マーティはアンジーとダンスホールに繰り出すことにしたのだった・・・。
後に「ホスピタル (1971)」や「ネットワーク (1976)」でアカデミー賞の脚本賞を獲ったパディ・チャイエフスキーのTVドラマを映画化したもので、チャイエフスキーはこの作品でも脚色賞を受賞したそうです。
監督はデルバート・マン。ソフィア・ローレンが出たユージン・オニール原作、アーウィン・ショウ脚本の「楡の木蔭の欲望(1958)」とか、ドリス・デイのコメディ「恋人よ帰れ(1961)」、「ミンクの手ざわり(1962)」なんかはテレビで観た記憶がある。スザンナ・ヨーク主演の「ジェーン・エア(1970)」は、封切りを何かとの併映で観たような気もするなぁ。
マーティの彼女になるのは、アンジーと行ったダンスホールで知り合うクララ。学校で化学の教師をしている彼女も、冴えない容貌から彼氏が出来ない悩みを持っていて、その夜も妹夫婦に誘われて義弟の知り合いの医者とカップルになる予定だったのに、医者は初めて会うクララにさっぱり魅力を感じなかった。たまたま会場で知人女性を見つけた彼は、ホールに独りでいる男性に声を掛け、金を支払ってクララを譲ろうと考えた。最初に声をかけられたのがマーティだったという次第。マーティは、そんな気の毒な事は出来ないと断ったが、すると医者は別の男に声を掛けた。
一部始終を見ていたマーティが、全てを察知して落ち込むクララに声を掛けたのが最初の出逢いだった。
クララに扮したベッツィ・ブレアは決してブスではないですが、ダサイ服装やら大人しい髪型でもてない女性をらしく演じてました。
元々がTVドラマらしく、色々な要素を盛り込みながらコンパクトな構成になっています。
嫁と姑の問題はトミー夫婦の事だけではなく、マーティにも微妙に絡んでくるのが面白い。すなわち、当初はもてない息子を心配していた母親が、その後息子に彼女が出来そうになったら、掌を返すように彼女の悪口を言い出す。姉の不幸を目の当たりにしたせいでもありますが、東西を問わず、今も昔も人間には変わらない葛藤があるようですね。
マーティとクララには仕事上の懸案事項があり、二人がお互いにそれを相談できるまでになる様子も、恋の進展に真実味を持たせるのと同時に、当時の世相を反映しているようで興味深いです。
▼(ネタバレ注意)
記事の書き始めに、この映画はわずか二日間の出来事だと書きました。
土曜の夜に二人は出逢い、マーテイが彼女を家まで送って翌日のデートの約束をする。翌日曜日に約束通りデートをし、二人は恋人同士になれるのか。ここが最後のポイントですね。
『午前中は、叔母さんの引っ越しの手伝いもあるし、午後2時半に電話をするよ』
それが、マーティの約束でした。
日曜日、いつもの仲間と会うと、アンジーはクララを“しょうもない女”と呼び、マーティにやめとけと言う。昼間見たことがあるのか、あれはどうみても50歳だぞ。みんなにそう言われると、なんだかこれ以上付き合うのはみっともない気もしてくる。
さて、マーティは約束通り2時半にクララに電話するのか・・・。
あっけないけど、あれでいいんでしょうね。
ウン、あれでいいのだ。
▲(解除)
1955年度のアカデミー賞では、作品賞、脚色賞以外にも監督賞と主演男優賞を受賞し、助演男優賞(マンテル)、助演女優賞(ブレア)、撮影賞(白黒)、美術監督・装置賞(白黒)にノミネートされたそうです。
ついでにカンヌ国際映画祭でパルム・ドール、NY批評家協会賞の作品賞も獲っちゃった。
それにしてもなぁ。55年には「エデンの東」も「旅情」も作られたのに、どちらも作品賞にノミネートされなかったなんて。なんだかなぁ。
尚、製作会社は独立プロダクション、ヘクト=ランカスター・プロ。ヘクトはハロルド・ヘクト、ランカスターは名優バート・ランカスターでした。予告編の動画(↓)は、バートさんの解説付きですよん。
ベッツィ・ブレアって名前には覚えがあるんだけど、さて何で覚えていたんだろう? フィルモグラフィーを見る限りでは、これ以外にはアントニオーニの「さすらい」ぐらいしかめぼしい作品はないけれど、「さすらい」は観てないしなぁ。記憶は飛んでたけど「マーティ」、昔観たのかな? それとも、ジーン・ケリーの奥さんだったって事で覚えてたんだろうか・・・?
謎だ。
*
日本の婚活映画の後は、アメリカはニューヨーク下町の婚活映画を。
「クイズ・ショウ」の問題にも出てきた、1955年のオスカー受賞作品です。“婚活”だから数週間から数ヶ月の話かと思っていましたら、わずか二日間の出来事。上映時間も91分と小品でした。
マーティは精肉店に勤めるイタリア系移民の子、34歳。大学にも行く気でいたが18歳の時に父親が亡くなったため、以来、5人の弟や妹のために懸命に働いた。つい最近も一番下の弟が結婚をし、今は母親のテレサと二人暮らし。店の常連さんには、弟達に先を越されて恥ずかしくないのと言われるが、デブで不細工というコンプレックスもあったのだ。
今日は土曜日。仕事帰りにはいつものダイナーに寄り、気の置けない仲間達に会う。若い連中はナンパに繰り出すようだが今夜も残念ながら金欠病。ラルフはマーティに借りようとするが、借金が残っていたのを思い出して諦めた。意外にその辺は真面目なのだ。
マーティは親友のアンジーと新聞を斜め読みしながらビールを飲む。アンジー、33歳。彼も彼女がいない歴、ン年だ。
『今夜はどうする?』
『お前はどうする?』
毎週繰り返される、土曜日の挨拶。アンジーは先日映画館で知り合った二人組の女性を思い出し、マーティに電話しろよと言うがマーティは気が乗らないと返す。どうせ、断られるのが分かっている。『都合があるから』ならまだましで、もっと酷い事を言われて何度落ち込んだことか。もうご免だ。
先週と同じく、今夜も家でアンジーと“ヒット・パレード”を見ることになるに違いない。
その頃、マーティの家には従兄弟のトミーが奥さんを連れてテレサに相談に来ていた。トミー夫婦はテレサの姉カテリーナとアパートで同居しているんだが、カテリーナが何かと夫婦の生活に口出ししてくるので困っていると言うのだ。叔母さんの家は子供たちが巣立っていって空部屋も多いし、母をコチラに同居させて貰えないだろうか。要するに嫁と姑の問題ですな。折良くマーティも帰ってきて、テレサもマーティも快諾した。
トミー夫婦が帰った後、マーティは試しにアンジーが言っていた二人組の女性の片方に電話をしてみたが、案の定断られた。
その夜。マーティは今夜もデートは諦めて母親の作った夕食にパク付いた。そんな息子を見ながらテレサは、トミーに聞かされたダンスホールの話をする。
『“上玉”が来るそうよ、行ってみたら』
『母さん、そこにはもう何度も行ったことがあるよ。でもダメなんだ。俺は諦めたよ。一生独身、子供は居ない、それが俺の人生さ。もう、ほっといてくれ』
思わず大きな声を出してしまったが、泣き出した母親の手前、マーティはアンジーとダンスホールに繰り出すことにしたのだった・・・。
後に「ホスピタル (1971)」や「ネットワーク (1976)」でアカデミー賞の脚本賞を獲ったパディ・チャイエフスキーのTVドラマを映画化したもので、チャイエフスキーはこの作品でも脚色賞を受賞したそうです。
監督はデルバート・マン。ソフィア・ローレンが出たユージン・オニール原作、アーウィン・ショウ脚本の「楡の木蔭の欲望(1958)」とか、ドリス・デイのコメディ「恋人よ帰れ(1961)」、「ミンクの手ざわり(1962)」なんかはテレビで観た記憶がある。スザンナ・ヨーク主演の「ジェーン・エア(1970)」は、封切りを何かとの併映で観たような気もするなぁ。
マーティの彼女になるのは、アンジーと行ったダンスホールで知り合うクララ。学校で化学の教師をしている彼女も、冴えない容貌から彼氏が出来ない悩みを持っていて、その夜も妹夫婦に誘われて義弟の知り合いの医者とカップルになる予定だったのに、医者は初めて会うクララにさっぱり魅力を感じなかった。たまたま会場で知人女性を見つけた彼は、ホールに独りでいる男性に声を掛け、金を支払ってクララを譲ろうと考えた。最初に声をかけられたのがマーティだったという次第。マーティは、そんな気の毒な事は出来ないと断ったが、すると医者は別の男に声を掛けた。
一部始終を見ていたマーティが、全てを察知して落ち込むクララに声を掛けたのが最初の出逢いだった。
クララに扮したベッツィ・ブレアは決してブスではないですが、ダサイ服装やら大人しい髪型でもてない女性をらしく演じてました。
元々がTVドラマらしく、色々な要素を盛り込みながらコンパクトな構成になっています。
嫁と姑の問題はトミー夫婦の事だけではなく、マーティにも微妙に絡んでくるのが面白い。すなわち、当初はもてない息子を心配していた母親が、その後息子に彼女が出来そうになったら、掌を返すように彼女の悪口を言い出す。姉の不幸を目の当たりにしたせいでもありますが、東西を問わず、今も昔も人間には変わらない葛藤があるようですね。
マーティとクララには仕事上の懸案事項があり、二人がお互いにそれを相談できるまでになる様子も、恋の進展に真実味を持たせるのと同時に、当時の世相を反映しているようで興味深いです。
▼(ネタバレ注意)
記事の書き始めに、この映画はわずか二日間の出来事だと書きました。
土曜の夜に二人は出逢い、マーテイが彼女を家まで送って翌日のデートの約束をする。翌日曜日に約束通りデートをし、二人は恋人同士になれるのか。ここが最後のポイントですね。
『午前中は、叔母さんの引っ越しの手伝いもあるし、午後2時半に電話をするよ』
それが、マーティの約束でした。
日曜日、いつもの仲間と会うと、アンジーはクララを“しょうもない女”と呼び、マーティにやめとけと言う。昼間見たことがあるのか、あれはどうみても50歳だぞ。みんなにそう言われると、なんだかこれ以上付き合うのはみっともない気もしてくる。
さて、マーティは約束通り2時半にクララに電話するのか・・・。
あっけないけど、あれでいいんでしょうね。
ウン、あれでいいのだ。
▲(解除)
1955年度のアカデミー賞では、作品賞、脚色賞以外にも監督賞と主演男優賞を受賞し、助演男優賞(マンテル)、助演女優賞(ブレア)、撮影賞(白黒)、美術監督・装置賞(白黒)にノミネートされたそうです。
ついでにカンヌ国際映画祭でパルム・ドール、NY批評家協会賞の作品賞も獲っちゃった。
それにしてもなぁ。55年には「エデンの東」も「旅情」も作られたのに、どちらも作品賞にノミネートされなかったなんて。なんだかなぁ。
尚、製作会社は独立プロダクション、ヘクト=ランカスター・プロ。ヘクトはハロルド・ヘクト、ランカスターは名優バート・ランカスターでした。予告編の動画(↓)は、バートさんの解説付きですよん。
・お薦め度【★★★★=友達にも薦めて】
どうなっちゃうんでしょうねぇ。
マーティもトミーと同じようにアパートに引っ越すんでしょうか。
あの家に同居となると、カテリーナさんもいらっしゃるしですねぇ。
すんなりと行きそうにないし、気になりますねぇ・・・
ホントホント、全然不細工じゃないですよね。
ネットで再確認したら、ブレアさんは今年3月に故人となられたようです。
合掌
55年は不作の年だと聞いていたんですが、「エデンの東」や「旅情」も同じ年だったんですね。どちらも記事を書いているのに気付きませんでした。なさけない・・・。
この作品は身近な感じがして和むので、わたしも好きです。
ホームドラマの様だと思っていたけど、本当に元はドラマだったとは。それにしてはよく纏まってますよね。
ラストは唐突でしたが、後からニマニマしちゃうような嬉しい終わり方でしたね。
ずうずうしくやってまいりました。(- -)
最近TBの入りがよろしいようで。(笑)
>あっけないけど、あれでいいんでしょうね。
思いを巡らす余韻を残して私はあれは
あれでいいと思って観終わりましたけどね。
ベッツィ・ブレアってG・ケリーの奥方
だったんですか!~(驚)
「うちのママは世界一」のドナ・リードの
派手さを抜いた感じ、と私は記憶してます。
地味ですけどなかなか理知的美人だと
私は思うけど。^^