はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

井戸のなか その20

2013年08月20日 09時37分02秒 | 習作・井戸のなか
「嘘はついていないようだな」
「待って。ちょっと気になることがある」
孔明は言うと、何度も何度もぶるりと震えて、首をひねっている追いはぎにたずねた。
「おまえはどうして廃屋で会っている男女が訳ありだということを知っていたのだ? 拾った信にそういう内容が書いてあったのか」
すると、追いはぎはいたずらを見つけられた小僧のように決まり悪そうに笑って、それから、懐に隠していた一枚の手紙を差し出してきた。
受け取った孔明が文字を目で追うのを、一緒に徐庶も追いかけた。
手紙には夜更けになったらいつもの場所でお会いしましょうという内容で、だれかに見つかることを恐れていたのか、艶めいた文言は省かれて書かれている。
だが、さいごのほうにある一文が、徐庶と孔明をひきつけた。
そこには、『兄嫁であるあなたと会っているところを見つかったら拙い』とはっきり書かれていたのだ。

「不倫か」
不倫だの乱倫だのといった話がきらいな孔明は、とたんに眉をひそめた。
徐庶はというと、この宛名も差出人の名前もなにもない手紙の、その文字に引っかかっていた。
どうも見覚えのある文字なのである。男の文字で、全体がきつく右肩上がりに寄っている。
右肩につよく上がっている文字を書く人物というのは、出世欲のはげしい人物だと筆跡学にある。
そういう特徴のある文字を、さいきん、見たおぼえがあったのだ。

そうして、しばらくかんがえて、あっとなった。
張無忌だ。
曹操に仕官するといって旅立ったばかりの張無忌の文字だ。
それがわかると、徐庶の背筋は興奮と悪寒とでぞぞっとふるえた。
あの男の、兄嫁を盗んでいたという話は本当だったのだ。
井戸のなかの女は、張無忌の兄嫁にちがいない。

徐庶はさっそく事情を説明し、劉らとともに、襄陽の南の小路にある櫟のある廃屋へとむかった。
果たして、くだんの井戸はそこに静かに草木に埋もれてあった。
雨こそ降っていなかったが、そのあまりの夢のままの風景に徐庶はさすがに身震いした。
孔明はというと、やはり不気味におもったようだが、そこはそれ、肝が太く、死体を見つけるのをいやがっている劉に代わって、率先して刑吏たちに指示を出して井戸さらいをさせている。
そうしてほどなく、変わり果てたかわいそうな女の死体が見つかった。
上衣をはがされて、下着一枚で冷たい枯れ井戸のなかにいたのである。
医者がすぐに見つからなかったので、これまた医術のこころえのある孔明が検分したが、女のからだは腐敗がまだひどくなっておらず、そののどにはまだ鬱血した痕がくっきりのこっており、追いはぎのいうことが正しかったことが証明された。

ただちに劉は、出立したばかりの張無忌を追いかけたが、かれは追っ手がかかることを予測していたのか、それとも天意だったのか、とうとう追っ手は張無忌を見つけることはできなかった。
そればかりか、徐庶たちが屯所に帰ってみると、あの追いはぎは、牢のなかで事切れていた。
なにかを見て極度の恐怖にとらわれたような、それはそれは人間のものともおもわれないすさまじい形相であった。

つづく…


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。