はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 番外編 しゃれこうべの辻 その12

2023年04月27日 09時58分49秒 | 臥龍的陣番外編 しゃれこうべの辻
「末っ子、もうひとつ、言っておかねばならぬことがある」
雲が怪訝そうな顔をすると、敬は親しげに、雲の頭を軽く叩いた。
「おまえだけには話しておこう。
じつは、わたしは今日、戻ってきたのではないのだ。
もっと以前に常山真定に戻ってきていたのだよ。
決まりがわるくて姿を出せなくてね。
でも姿を見せることができて、すっきりした。
顔を出そうと思ったのは、おまえが昔の自分に見えて仕方がなかったからさ。
ついでに、おもしろいことをしてやろう。
わたしは洛陽で、すこしばかり占術をかじってきたのだ。おまえの未来を占ってやろう」


占いなんて、ぞっとしない。
断ろうと思ったが、敬は雲の意思をまったく無視して、その顎をぐい、と掴むと、じっくりと、その顔をながめはじめた。
雲は思った。
自分が次兄に、未来のおのれの風貌を見ているように、次兄も自分に、かつての自分の姿を重ねているのだろうか。
だとしたら、いまの次兄の目に映る自分は、どんなふうなのだろう。


「おまえはいま、岐路に立っている。
一歩、どちらかに進んでしまえば、二度と戻ることはできないから、よく聞け。
おまえの目の前には、いま二つの道がある。
片方の行き先は、あそこだ」
敬は、土塁の前にひろがる、常山真定の街を指した。
「袁家の婿となって、幸福で平坦な道を行くこと。
この道を進めば、おまえはこの土地から離れることなく、一生を家族に囲まれて、退屈だが穏やかに過ごすことができる。
なに、不安がることはない。おまえが兄上のようになるとはかぎらぬ。
これはこれで、よい運勢だ」


雲はがっかりした。
やはり、一生ここなのか。


「まあ、待て。結論を出すのは早い。
道は二つあるのだと言っただろう。
ただ、もう一方は、恐怖と、危険に満ちた道だ。
報われることも少なく、涙を噛み殺して、前に進むような苦難の連続となるだろう。
冒険と戦いの毎日だ。わくわくするであろうが、死と直面する毎日でもある。
だが、この道の行く手は、まばゆい光に包まれている。
おまえのすべての労苦は、この光によって救われるだろう」


光、などと言われても、ぴんとこない。
なにを意味するものなのだろうか。


「どちらへ向かおうとも、寿命は同じ。
ただ、到達する幸福の種類がちがう。
日々のささやかな生活に幸福を見出すか、光によってもたらされる、魂の充足を願うか、どちらを選ぶかだ。
まあ、熟慮するのだな」


似たような面差しをしている人間から、ふたつの運命があると占われるのも奇妙だと、雲は思った。
とはいえ、敬がからかっている、というふうでもない。
どちらも寿命が同じというのならば、ささやかな幸福に支えられる道と、冒険と戦いの果てに、光が待つ道では、辛い思いをしなくてすむぶん、前者のほうがいいに決まっている。
だが…


「雲よ、おまえの出した答えを、わたしは聞かないでおく。
だが、これだけは覚えておくがいい。
お前がどちらかを選べば、選ばれなかったほうとは、決別することになるだろう。
そういう宿命なのだ。
おまえの持てる勇気、すべてを使って選べ。
そして、選ばれなかった者、捨てられた者の怨嗟に耳を傾けてはならぬ。
おまえの選んだ道の途中に、わたしがいるかどうかはわからぬから、二度と会えないかもしれないな」


それはさびしいな、と雲は思った。
はじめて、なんでも相談できそうな大人に出会えたのに、それが兄だというのに、もう別れの時がきたというのか。
敬は急に手を伸ばし、包み込むように、雲をぎゅっと抱きしめた。
旅慣れた兄の体からは、大地の土煙と、陽射しの匂いがした。


立ち去りぎわ、敬は言った。
「お前がもし、苦難の道を進む決心をしたのならば、僭越ではあるが、わたしがおまえにあざなを授けよう。
戦場に出たならば、『子龍』と名乗るといい。
なぜか、だと? 格好いいではないか。
わたしの字は叔斉などというつまらない字だが、『子龍』はよい。
雲と龍とでうまく意味もつながるし、おまえが鳥よりも高く飛ぶことのできる龍となって、はやく光にたどり着けるように、という願いもこめてある。
これはいま、思いついたのだが」
そう言って、敬は、わたしは、こじつけの天才なのだ、と声をたてて笑った。


自分によく似た面差しに浮かぶ笑みはひどく温かく、そしてどこか懐かしさを思わせるものであった。
「わたしの贈り物は、以上だ。さらばだ、末っ子、達者でな」
そう言って、次兄は来たときと同じように、飄々と去っていった。


雲は動くことができず、しばらく、闇に溶けていく、敬のうしろ姿を見送っていた。
おそらく、これが、次兄の姿を見ることができる、最後の機会だろう、という予感がした。


ふと、頬に冷たいものが触れて、見あげると、黒い雲のうねる空から、ちらほらと雪が舞い降りてきた。
本格的な冬がやってきたのだ。


つづく


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