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夢想④―1 リボン事件

2009-10-11 05:27:21 | 感想その他
 「翌日は、この決心(うそをつくことへの反省―引用者挿入)を実行しようと歩き出したわけだが、考えて、まず第一番に胸に浮かんでくるのは、少年時代についた一つの恐るべき虚言のことである。その思い出は僕の一生を悩まし、こうして老年に至るまで、さなぎだにさんざ痛めつけられた僕の心を、今もって悲しませにくるのである。それ自体すでに大きな罪悪であったが、おそらくは、それから生じた種々の結果によって、いっそう大きな罪悪となったに相違ない」「僕がその虚言を言おうとしたときの心的状態のみを考えてみるに、その虚言は、あの意地悪な羞恥心の結果でしかなかったのである。そして、その犠牲になった少女を害する目的で発せられたどころか、僕は天の面前で誓うことが出来る、この抵抗しがたい羞恥心が、むりやり、僕に虚言を吐かせたその瞬間においてさえ、もしその結果を僕一人に向けることが出来るものなら、僕は喜んで身命をささげたろうと」(青柳瑞穂訳)

 この恐るべき虚言について、自伝『告白』第一部第二巻(引用は井上究一郎訳)に詳しく書かれている。そこにも「四十年の後までも、この良心は苦しめられ、呵責の念は、弱まるどころか、年を取るにつれて、ますますひどくなっていく」と書かれている。ルソー、十六歳の頃である。下僕として仕えていたヴェルセリス夫人が亡くなったとき、その遺産の中の「ばら色と銀色の、小さな古リボン」が紛失する。それがルソーの持ち物から見つかり、厳しくみんなの前で問い詰められる。そのとき、ルソーはとっさに「マリオンがくれた」と白状する。「マリオンは器量が良かったばかりでなく、山国でなければ見当たらない生き生きとした血色、特に遠慮深くておとなしい様子は、見るからに人好きのする娘だった」。実は、ルソーはひそかにこの料理女が好きで、彼女の歓心を買おうと、リボンを盗んで所持していたのだ。ルソーは頑として自分を押し通す。素朴な料理女の無実は認められない。とうとう決着が付かずに、二人は解雇される。「若い男を誘惑する目的の盗みであり、それにうそと強情とが加わるのだから、そんな悪徳のそろった女は、いよいよ救われないということになる」。「私があの娘に好意を抱くあまり、あのようなことが起こったのだ。彼女のことがいつも念頭にあった。まっさきに頭に浮かんでくるものを捉えて言い訳をした。自分のしたいと思っていることを、彼女がしたと言って、つまり自分がリボンをやりたいという意志を持っていたから、彼女がくれたと言って、罪を着せたのだ」。
 自伝『告白』を書こうと思った動機の一つとして、このエピソードをルソーは挙げている。私は、この少年時代のエピソードを、読めば読むほど、深く考えさせられ、いつまでも不可解さが拭えないでいる。娘はみんなの前でこう言ったとルソーは記している。
 「ああ、ルソーさん、私はあなたを立派な方だと思っていましたのに。ひどい難題をおかけになるのね。でも、私はあなたのような立場でなくて良かったと思います」と。


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