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遠ざかるものを前に〈行分け〉

2016-04-26 05:52:05 | 感想その他
救急車は初めてではない
母が交通事故で病院に運ばれながら、
その傍らに同乗したのが八年前
今は、自分が拘束具に身を固められ、仰向けで運ばれた
友人と喫茶店に入ろうとして、風で飛んできた透明なアクリル板に、
両足を掬われ、後頭部を撃った
意識はしっかりしていた、体はまったく反応しない

かつて、盛岡での宿泊に困り
夜分ようやく探り当てた網張温泉の国民宿舎
翌早朝、
紺碧の魔に立ちすくみ、スポイトで吸い上げられるように
目前の秀麗な岩塊に、山の装備も考えず
スニーカーのまま登山を開始し
ごつごつした岩また岩に悪戦苦闘してたどり着いた頂上
盛岡に宮沢賢治の資料を探しにやって来た一人旅
予定外の岩手山登山となった
山頂から麓は、登り路とは裏腹に、草原のようななめらかさ
賢治の童話「土神と狐」の舞台が繰り広がる清涼な絶景
登ってきたのも無茶であった、
一見、なめらかに見えるスロープを道は考えず
鳥が滑空するように降りることを考えた
乗るか逸るか、投げやりな悪癖、宿業の因果に囚われ--
結果は無残であった
仰向けのままで動けない
薄雲がゆっくりと行き交う途方もなく遠い大空に魅入った
腰を守るために使った両腕は
痺れたまま、診断は頸椎のひどいヘルニア
騙しだまし今日までたどり着いた
長い時間のスパンで痺れと痛みはやや収まった
握力が極端に減退して、ドアのぶは回せない
ペンで細かな文字が書けない
重い荷物は持てない
「今後の転倒、即・車椅子」と医者の警告

心配げに見下ろす友人や店員の視線を意識しながら、
動けない体で、五、六分ほど、経過
救急車が呼ばれ、友人が同乗し運ばれた
当日の検査で、頭には異常ないとの診断
その夜から、両手両足の痺れと痛みに眠れない
かつての頸椎ヘルニアの悪化
**
体と意識の分離体験は、いずれも軽い脳震盪であったろう。
この繰り返された空白にすべてが、集約されている。
残り少ない人生、
垣間見た空の高さに封印された距離を
少しでも縮めるために、
一枚の紙のような空白に書き続けたい。

先行して働きかけるな、
送り出すな、
立て
自分の中に――

(詩はパウル・ツェラン、訳は、森治氏)

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