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シュタイナーとゴルゴタの秘蹟

2012-02-03 06:21:33 | エッセイ
 ここ一年間、断続的にルドルフ・シュタイナーの著作や伝記・入門書などを読んでいる。膨大な量の著作のすべてを読み通すほど、現在の私には、余裕がない。そこで主要な著作に限られてしまうのもやむを得ない。
彼が、ベルクソンだとか、フッサールとまったくの同時代人であり、そのくせ、ほとんどその間互いに思想的な意味での交流はなかったと考えられる。だが、彼の著作「死後の生活」(『シュタイナーの死者の書』の題で高橋巌氏の訳がある)で、ベルクソンの名前をあげる程度にふれているから、まったく知らなかったわけではなかろう。
 巨視的な観点から言えば、三者は共通の雰囲気を持っているように私は感じている。ベルクソンが心霊術に興味を持っていたことは以前に書いたことがある。実際、ベルクソン哲学の営為は、物質と精神の二元論を一元論的に超克することにあったから、ハイデッガーなどのように、人間の在り方=実存にいつまでもとどまっていられなかったのだ。個を超える系統樹的な霊的な世界像や宗教的偉人の行動を必要とした。その哲学は、本来的には、認識論を越えて、実体験的なものが不可欠であったのだが、最後まで理論と哲学の境界にとどまった。同じことは、フッサールの超越論的哲学についても言えよう。
 一方、霊能者であるシュタイナーは、あっさりと哲学的な限界を越えて見せて、まったく逆の位置である霊的な世界から、理論と哲学を明晰に説明して見せたと言える。足場を現象的現実から超越論的な視線をさらに超えて、一挙に、霊的な世界へと足場を転換させたのである。この一線を越えたために、シュタイナーは、哲学者からオカルティストとして相手にされなくなる。
 だが、ここで重要なことは、オカルティストにもかかわらず、現実と哲学的な枠組みである論理を手放さない。それどころか、シュタイナーは、自分の霊能者としての体験や信念を決して押し付けずに、慎重に回避して哲学的な認識論にとどまると言える。彼の霊学は、信仰を必要とせず、認識の体験をきわめる立場を堅持する。私の推測にすぎないが、西洋心霊術の研究は、キリスト教の強力な支配下にあって、信仰や狂信と結びつくことなく、交霊や降霊、つまり霊を観ることに集中したのではないか。
 シュタイナーの主要な著作を読むと、理論の要のところに、「ゴルゴタの秘蹟」が出てくる。周知のように、ゴルゴタの丘でイエス・キリストは十字架にかけられて処刑された。この事件は、キリスト教神学にとっても最重要の信仰的救済の要石であるが、シュタイナー霊学においても、神つまり霊=精神が物質世界と結びつけられる唯一最大の秘蹟であった。霊界と人間世界を結びつける象徴的な事件なのだ。
ゴルゴタの秘蹟は、キリスト教徒にとって、聖書を読み、神から直接語りかけられる、神の言葉として潔白なおのれの心で接する信仰告白の場なのである。歴史的な事件としては、十字架の上での神の死を信じるかどうか、問われる、救済の試金石にほかならない。
 実は、古代ギリシア・ヘブライ文化を継承するヨーロッパにおいて、エクリチュールの思想の成立とバイブルに神の言葉を読み取る秘蹟とが密接に関係している。何度も、定義を繰り返してきたが、エクリチュールとは、文字で書いたものである、と同時に、書くという行為・読む行為を含む包括概念なのだ。エクリチュールは、頭にあることを真摯に物質であるペンと紙を使って表現する、一種の降霊術なのだ。もちろん、書いたものを読み取る行為も含めて。
 精神と物質を結びつけようとするベルクソン哲学も現象学的還元――ありのままの現象それ自体描くという意味で――のフッサール哲学も、そしてシュタイナーの霊学もエクリチュールの思想下にあると言える。ついでなので、エクリチュールの思想が明確な形で確立されたのは、ジャン・ジャック・ルソーの『告白』であると私は思っていることを付記しておきたい。
 シュタイナーの魅力は、エクリチュールの思想を踏襲するところにある。現在、手に入れることのできる二冊の入門書(講談社新書・ちくま新書)が、いずれも、霊界の位置から離れて、彼の誠実で控えめな人柄や認識論に終始し、シュタイナーの霊能者としての体験や霊界について、ほとんど他人事のように、記述している。おそらく、オカルティストにとってはきわめて不満であろうが、私には納得できる。
「秋の中で/感覚の興奮が鎮まる。/外光の輝きの中に/霧の暗いヴェールが 拡がる。/遠くから冬の眠りが 姿を現す。/夏は 私の中に/すっかり身を委ねた。」(シュタイナー『魂のこよみ』高橋巌訳)
 捉えられないもの(精神)があるという前提に立たなければ、捉えられるもの(物質)が存在するとは、論理的に言えないのではないか? シュタイナーはこの疑問に答えてくれる。