分厚い文庫本で上下二巻に分かれた長編がある。裏表紙に書かれたコマーシャルコピーを読んでみよう。
「イギリスの中産階級に生まれ、オクスフォードを出た青年ニコラス・アーフェは、すでに人生にある種の虚しさを感じていた。ある女性とのエロティックな恋が終わったのをきっかけに、英語教師としてエーゲ海の孤島に渡る。そしてそこで不思議な老人コンヒスに出会う。次々に起きる、複雑怪奇な出来事――。サスペンスあふれる恋愛小説。冒険小説、そしてオカルティズム哲学の希有な物語」
面白い作品である。読者をぐいぐいとひきつける力があって、退屈する心配はない。著者の巧妙な仕掛けに知的な好奇心を大いに満足させられる。こうした小説の常としてストーリーや結末を書いてしまったのでは、興味は半減されてしまう。探求自体に醍醐味があるのだから。
しかし、本書にはある種の道しるべのようなものが必要かと思われる。油断すると全体が見えなくなって、読み終わって後で、著者の狙いが一向に掴めないということも大いに考えられる類の書物なのだ。それでも読後に、はぐらかされたようなすっきりとしない後味が残る。
本書、ファウルズの『魔術師』(小笠原豊樹訳・河出文庫)の面白みは、やはり、孤島の学校に教師として赴任した若いニコラスが、不思議な別荘でリリーとローザと名乗る二人の美女に出会い、彼の性的な欲求をもてあそばれ、自尊心がずたずたにそれて、放り出されるまでの物語が美しく詩的でさえあるドラマであることだろう。ニコラスに対する奇妙な裁判以降、やや観念的になり、読者として辛い展開の連続であるが、最後の数頁の結末は、見事としか言いようがない。
ちなみに、エーゲ海の孤島という舞台は、村上春樹の『遠い太鼓』でかなり詳しく書かれていて参考になる。具体的な根拠は言いにくいが、『ねじまき鳥クロニクル』を読んで、本書は村上好みの作品と思われた
「イギリスの中産階級に生まれ、オクスフォードを出た青年ニコラス・アーフェは、すでに人生にある種の虚しさを感じていた。ある女性とのエロティックな恋が終わったのをきっかけに、英語教師としてエーゲ海の孤島に渡る。そしてそこで不思議な老人コンヒスに出会う。次々に起きる、複雑怪奇な出来事――。サスペンスあふれる恋愛小説。冒険小説、そしてオカルティズム哲学の希有な物語」
面白い作品である。読者をぐいぐいとひきつける力があって、退屈する心配はない。著者の巧妙な仕掛けに知的な好奇心を大いに満足させられる。こうした小説の常としてストーリーや結末を書いてしまったのでは、興味は半減されてしまう。探求自体に醍醐味があるのだから。
しかし、本書にはある種の道しるべのようなものが必要かと思われる。油断すると全体が見えなくなって、読み終わって後で、著者の狙いが一向に掴めないということも大いに考えられる類の書物なのだ。それでも読後に、はぐらかされたようなすっきりとしない後味が残る。
本書、ファウルズの『魔術師』(小笠原豊樹訳・河出文庫)の面白みは、やはり、孤島の学校に教師として赴任した若いニコラスが、不思議な別荘でリリーとローザと名乗る二人の美女に出会い、彼の性的な欲求をもてあそばれ、自尊心がずたずたにそれて、放り出されるまでの物語が美しく詩的でさえあるドラマであることだろう。ニコラスに対する奇妙な裁判以降、やや観念的になり、読者として辛い展開の連続であるが、最後の数頁の結末は、見事としか言いようがない。
ちなみに、エーゲ海の孤島という舞台は、村上春樹の『遠い太鼓』でかなり詳しく書かれていて参考になる。具体的な根拠は言いにくいが、『ねじまき鳥クロニクル』を読んで、本書は村上好みの作品と思われた