「歴史の回想」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

「高僧名僧伝・重源」アマゾン・グーグル・楽天・電子書籍紹介。角川電子書籍・BOOK★WALKER電」

2020-06-19 05:49:01 | 投稿済C

「高僧名僧伝・重源」アマゾン電子書籍紹介。角川電子書籍・BOOK★WALKER電」
重源(1121年~1206年)平安末期から鎌倉初期に活躍した僧。勧進上人。房号は俊乗房、または南無阿弥陀仏と自称した。1181年(養和元)61歳で初代東大寺勧進職となってから没するまで、広範囲な勧進活動による資金調達や渡来人技術者の編成によって、治承・寿永の内乱後の社会復興に努めた。平氏が焼き払った東大寺の再建を始め、浄土寺など各地に寺院を創建・営繕し、所領経営、交通路・港湾・池溝整備など多くの成果をあげた。前半生は不明な点も多く、紀氏の出身、左馬允季重の子で俗名重定といったらしい。13歳で醍醐寺で出家、のち四国や大峰山・熊野・御嶽・葛城など聖地・霊山を回って修行を積み、勧進活動を行った。学僧というより、衆生救済のために宗教的実践を行う聖であった。1176年(安元2)の高野山延寿院の鐘に「勧進入唐三度上人重源とあるが、入宋回数についての確証はない。陳和卿らの宋人技術者や石工の伊氏らを率いて大仏様と言われる新たな建築様式を導入したのは入宋経験からであろう。「支度第一の俊乗房」と評された。生涯の事績については、晩年に著された。「南無阿弥仏作善集」に詳しい。建永元年6月5日に東大寺で没する。重源の墓と言われる三角五輪塔が残されている。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿