「歴史の憧憬」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

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京都七福神めぐり。福禄寿(延寿福楽)・赤山禅院、比叡山の西麓のある延暦寺の塔頭

2016-11-22 04:18:24 | 七福神めぐり

京都七福神めぐり。
福禄寿(延寿福楽)・赤山禅院、比叡山の西麓のある延暦寺の塔頭。慈覚大師円仁の遺命によって仁和四年(888)天台座主安慧が創建。本尊は陰陽道の祖・泰山府君(赤山明神)かけ寄せの神として、京都の表鬼門にあったために、王城鎮守、方除けの神として信仰が厚かった。拝殿屋根の瓦掘の神猿が京都御所見守っている。★歴史が伝える伝統文化。未来に語る継
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京都古社寺探訪:妙円寺・松ヶ崎大黒天・京都七福神妙円寺(みょうえんじ)は、五山の送り火「妙法」で知られる松ヶ崎東山の麓にある日蓮宗の寺院。

2016-11-21 04:31:44 | 七福神めぐり
京都古社寺探訪:妙円寺・松ヶ崎大黒天・京都七福神
妙円寺(みょうえんじ)は、五山の送り火「妙法」で知られる松ヶ崎東山の麓にある日蓮宗の寺院。 1616年(元和2年)、日英による創建。 もとは本涌寺(現在の涌泉寺)内にあった日英の隠居所。 本尊の大黒天は、伝教大師最澄の作といわれ「松ヶ崎大黒天」の名で親しまれている。 1969年(昭和44年)1月、火災に見舞われたが、大黒天像は難を免れたことから「火中出現火伏守護の大黒天」としても信仰されている。 60日ごとの甲子(きのえね)の日には、大黒天像が開帳され多くの参拝者で賑わう。★歴史が伝える伝統文化。未来に語る継ぐ。
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淡路島七福神めぐり 恵美酒神・万福寺・えびすさんは左手に鯛を「めでたい」「芽が出る」

2016-11-19 04:24:59 | 七福神めぐり
淡路島七福神めぐり
恵美酒神・万福寺・えびすさんは左手に鯛を「めでたい」「芽が出る」の意味がある。芽が大樹になってよい兆しをになって願いを叶える意味がある。万福寺の縁起は宝亀年間(770~)淳仁天皇の御陵と、御母当麻夫人の墓守を勤める僧侶の宿坊として創建されたのが始まりと言う。その後応永年間に当地に館を構えた加集氏によって堂塔が再興され、御陵の安穏と民衆の安泰を願って記念する寺として、本尊は大日如来が安置され祀られている。
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淡路島七福神めぐり 大黒天・八浄寺・大黒さんは「福労」と呼ばれ

2016-11-18 04:29:19 | 七福神めぐり
淡路島七福神めぐり

大黒天・八浄寺・大黒さんは「福労」と呼ばれ、苦労をいとわず積み重ねるために「ふくろ」でっす。大黒さんの「打ち出の小槌」“怠け者の心”“弱い心”邪悪な心“打ち出の小槌を振って払い払います。八浄寺の由来は応永年間(1395~)に心了法師によって阿弥陀仏如来を造立に始まる。延宝年間に盛奝上人によって再興され、隣接する八幡神社別当寺と合併し八浄寺と改称されて秘仏開運大黒天と不動明王の霊示によって拡大され親しまれて今日に至る。
★歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。
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淡路島七福神めぐり寿老人・宝生寺・寿老人は寿老人の持つモモは「西遊記」の孫悟空が桃の木の実を取って食し

2016-11-17 04:11:58 | 七福神めぐり

淡路島七福神めぐり
寿老人・宝生寺・寿老人は寿老人の持つモモは「西遊記」の孫悟空が桃の木の実を取って食したことから元気音戻したという。桃は元気の源の木とされていて長寿のシンボルとなっている。宝生寺の縁起は天平十三年(740)聖武天皇の勅名を受けて行基が淡路島に建立記念し、自ら刻んだ地蔵菩薩が始まりとされている。
淡路島七福神めぐり★歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。
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淡路島七福神めぐり 福禄寿・長林寺・福禄寿は「分を超えて求めることなく財を費さず」

2016-11-16 04:12:50 | 七福神めぐり
淡路島七福神めぐり

福禄寿・長林寺・福禄寿は「分を超えて求めることなく財を費さず」陰徳を積む者は福に恵まれる」福の縁に結ばれる。長林寺の縁起は天平9年(737)行基菩薩がこの地に七伽藍を創建し、本尊十一面観音菩薩像を安置創建したのが始まりと言う。
★歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。
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淡路島七福神めぐり 弁財天・智禅寺・弁財天

2016-11-15 04:14:27 | 七福神めぐり
淡路島七福神めぐり

弁財天・智禅寺・弁財天は河川の流れる音の“音楽の神”音律が狂うと聞きつらく、言葉使いも
なにげない言葉使いにも人を傷つけたり励ましたり思いやる知恵の言葉が幸せ生むものです。
智禅寺の由来は本尊大日如来像を安置し、仏法有縁の修行道場として開かれた。脇侍に祭祀する地蔵菩薩像には太古の歴史がしのばれる。★歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。
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淡路島七福神めぐり 毘沙門天・覚住寺・毘沙門天さんは金の鎧のいでたちの毘沙門天さんは金の鎧で魔

2016-11-14 04:22:16 | 七福神めぐり
淡路島七福神めぐり
毘沙門天・覚住寺・毘沙門天さんは金の鎧のいでたちの毘沙門天さんは金の鎧で魔を寄せつけず、悪行煩悩を押さえつけ、清く、正しく、力強く生きる勇気の守護神が毘沙門天さんです。覚住寺は推古朝の頃に聖徳太子の勅詔によって創建されたという。この寺は淡路島でも最古の寺院と言う。
★歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。
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淡路島7福神めぐり・長林寺

2016-04-23 04:10:56 | 七福神めぐり
淡路島七福神めぐり

福禄寿・長林寺・福禄寿は「分を超えて求めることなく財を費さず」陰徳を積む者は福に恵まれる」福の縁に結ばれる。長林寺の縁起は天平9年(737)行基菩薩がこの地に七伽藍を創建し、本尊十一面観音菩薩像を安置創建したのが始まりと言う。
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淡路島七福神めぐり・大黒天・八浄寺

2016-04-21 04:14:32 | 七福神めぐり
淡路島七福神めぐり・大黒天・八浄寺・大黒さんは「福労」と呼ばれ、苦労をいとわず積み重ねるために「ふくろ」でっす。大黒さんの「打ち出の小槌」“怠け者の心”“弱い心”邪悪な心“打ち出の小槌を振って払い払います。八浄寺の由来は応永年間(1395~)に心了法師によって阿弥陀仏如来を造立に始まる。延宝年間に盛上人によって再興され、隣接する八幡神社別当寺と合併し八浄寺と改称されて秘仏開運大黒天と不動明王の霊示によって拡大され親しまれて今日に至る。
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淡路島七福神めぐり 毘沙門天・覚住寺

2016-04-10 05:04:49 | 七福神めぐり
淡路島七福神めぐり

毘沙門天・覚住寺・毘沙門天さんは金の鎧のいでたちの毘沙門天さんは金の鎧で魔を寄せつけず、悪行煩悩を押さえつけ、清く、正しく、力強く生きる勇気の守護神が毘沙門天さんです。覚住寺は推古朝の頃に聖徳太子の勅詔によって創建されたという。この寺は淡路島でも最古の寺院と言う。
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淡路島七福神めぐり 恵美酒神・万福寺

2016-03-01 04:28:43 | 七福神めぐり
淡路島七福神めぐり

恵美酒神・万福寺・えびすさんは左手に鯛を「めでたい」「芽が出る」の意味がある。芽が大樹になってよい兆しをになって願いを叶える意味がある。万福寺の縁起は宝亀年間(770~)淳仁天皇の御陵と、御母当麻夫人の墓守を勤める僧侶の宿坊として創建されたのが始まりと言う。その後応永年間に当地に館を構えた加集氏によって堂塔が再興され、御陵の安穏と民衆の安泰を願って記念する寺として、本尊は大日如来が安置され祀られている。
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淡路島七福神めぐり・大黒天・八浄寺・

2016-02-29 04:27:44 | 七福神めぐり
大黒天・八浄寺・大黒さんは「福労」と呼ばれ、苦労をいとわず積み重ねるために「ふくろ」でっす。大黒さんの「打ち出の小槌」“怠け者の心”“弱い心”邪悪な心“打ち出の小槌を振って払い払います。八浄寺の由来は応永年間(1395~)に心了法師によって阿弥陀仏如来を造立に始まる。延宝年間に盛上人によって再興され、隣接する八幡神社別当寺と合併し八浄寺と改称されて秘仏開運大黒天と不動明王の霊示によって拡大され親しまれて今日に至る。
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京都七福神めぐり。 寿老人(不老長寿)・革堂(行願寺

2016-02-28 05:39:22 | 七福神めぐり

京都七福神めぐり。

寿老人(不老長寿)・革堂(行願寺)天台宗。西国三十三カ寺札所。俗人の頃鹿を射止めた行円は仏心を起こし、寛弘元年(1004)この寺を建立、千手建立された。当初、今の上京区にあったが、移転と消失を繰り返し現在地に建立されたという。

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