「歴史の憧憬」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

「西国四十九薬師巡り」高室院・高野山真言宗 通称・小田原坊・和歌山県伊都郡高野町高野山・●小田原城主北条氏直公が潜居。

2019-01-19 06:26:10 | 西国四十九薬師巡り
「西国四十九薬師巡り」高室院・高野山真言宗 通称・小田原坊・和歌山県伊都郡高野町高野山・●小田原城主北条氏直公が潜居。今から約千二百年前、真言宗の宗祖弘法大師は、時の帝、嵯峨天皇の勅許を得られ、真言密教の根本道場として高野山を賜られました。それから約三百数十年後、村上天皇のご血統を引かれる房海僧正によって当院が創建され、当初は、智恵門院と呼ばれていましたが、後に高室院と改められ、今日に至っている。法燈は師資連綿として受け継がれ、第九世の大聖僧正は大和の国、天河弁財天の化現と伝えられるなど、多くの名僧を輩出している。また、学問寺として学侶の名室寺院の一つに数えられ、多くの学匠が生まれている。天平年間(一五七三~九一)、小田原城主北条氏直公が当院に潜居してから、北条家の菩提所として「小田原坊」と呼ばれるようになり、現在でも、関東の寺院、ご信者との御縁は深いのです。また、伊勢の藤堂家、土佐の山内家とも壇契を結んだ時期があった。当院の本堂は明治二十一年(一八八八)の大火に類焼し、昭和五十九年(一九八四)、弘法大師御入定千百五十年御遠忌の年に現在の本堂が再建された。本尊の薬師如来は、紀伊續風土記によると行基菩薩の御真作と伝えられ、重要文化財のため現在は高野山霊宝館に収められている。現在本堂に御安置の薬師如来は、京仏師江里氏の作である。明治になって、大乗院・発光院・蓮上院を合併し、寺宝としては、弘法大師御筆大威徳明王影・高野結界啓白文・十二天屏風・同御作帆揚不動尊(重文)を蔵している。高野山は海抜約九百メートル、大小、十六の峯々に囲まれた山上の盆地です。峯々は外八葉・内八葉と呼ばれ、あたかも蓮の花が開いたようで、まさに仏国土・密厳浄土と呼ぶにふさわしい地形といえる、当院は、高野山のほぼ中央に位置し、東の奥之院、西の大伽藍寺等、どこへ参拝するのにも便利である。境内は広く、マイカーでの巡拝にも十分な駐車スペースがある。※歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。

コメント

「西国四十九薬師巡り」温泉寺・高野山真言宗・669-6101・城崎温泉守護の自・城崎温泉は、地蔵菩薩

2016-11-04 04:18:53 | 西国四十九薬師巡り

「西国四十九薬師巡り」温泉寺・高野山真言宗・669-6101・城崎温泉守護の自・城崎温泉は、地蔵菩薩の化身といわれる道智上人が、衆生済度の大願を起こして諸国を巡錫の折り、養老元年(七一七)この但馬の地に来ました。当所鎮守四所明神の神託により、一千日間の祈願修行になし、養老四年(七二〇)温泉を開きました。(現在のまんだら湯)その後、大和長谷寺の観音と同木、同作の観音像を感得して、温泉寺を開創しました。天平十年(七三八)聖武天皇より城崎温泉の守護寺として末代山温泉寺の号を賜った名刹です。
現在、城崎温泉には百軒余りの旅館、ホテルがあり、それぞれに内湯がありますが、元来は外湯を中心に発展してきた温泉地であります。現在七ヶ所の外湯があり、「七湯めぐり」と称して浴客に人気があります。この七湯めぐりを七度(旅)することにより四十九の徳を得、終始苦難を免れるといわれています。
城崎温泉では元来入湯、湯治の諸人は先ず当山に参拝し、開祖道智上人の霊前に感謝を捧げ、「古式入湯作法」と言う入浴方法を授かった後に初めて外湯へ向かうのが慣わしでした。当山本尊は城崎温泉守護の本尊であり、湯治、入浴によって得られる効験は当山薬師如来の霊験であると諸人の信仰を集めておりました。
薬師堂前には境内より湧出の源泉「やくし湯」の湯飲み場があります。また門前には足湯もあり自由にご利用いただけます。西国薬師のご参拝、ご朱印を希望の方は、山門を入り薬師堂にご参拝ください。ロープウェイを利用する必要はありません。時間に余裕のある方は、ロープウェイにて本堂へもご参拝ください。
本堂は、室町時代の代表的建造物で重要文化財に指定されています。また本尊十一面観音(秘仏)、千手観音など多数の仏像、文化財を安置しています。本堂横には、城崎美術館があり、温泉寺所蔵の仏像、仏画、古文書などが展示してあります。★歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。
コメント