テキスト主体

懐中電灯と双眼鏡と写真機を
テキスト主体で語ろうとする
(当然、その他についても、語ったりする)

競馬シリーズ

2012-05-19 16:58:23 | 本、小説、漫画、動画、映画、音楽等
ディック・フランシスの描く、競馬界にまつわる犯罪ミステリです。

菊地 光氏の優れた日本語訳で、燦然と緑に輝く背表紙の二文字の熟語のみのタイトルがならぶ、一大連作なのです。

もともと、犯罪ミステリは、ジュブナイルから古典、さまざまな本を十代で読み尽くしたので、いまさらな感で、競馬シリーズには食指を動かさずにいたのですが、ライアル、ヒギンズ等の訳で菊地 光氏の訳本が好きで、その菊地氏が精魂を傾けたシリーズということで読み始めました。一旦読み始めると、あっという間に文庫シリーズ全巻を読み尽くしました。当時はフランシスも菊地もまだまだ円熟のまま勢いの衰えることなく作品を発表し続けていて、待ち遠しく本屋に通ったモノでした。

特に鮮烈な思いがあるのは、「利腕」が文庫になったときです。
作品ごとに主人公や、作品の背景を鮮やかに変化させる競馬シリーズの中で、隻腕の元障害競馬騎手の私立探偵、シッド・ハレーが初期の「大穴」以来の再登場となる作品で、以前に拙ブログでも読了感がお気に入りの本だと紹介したことがありますが、細かなプロットやあらすじさえ忘れた今でも、最後の2ページは明瞭に憶えています。

弱さに心の内側を打ちのめされながらも、自己蔑視をする羽目にだけは陥るまいとする、主人公のギリギリの矜持、おそらく誰にもあるだろう己の弱点を、頼りないほどにも思える微かな信念で克服し、ひとまわり上の自己を形作る、心理描写、そのラストに心震えました。

競馬シリーズでは登場するそれぞれの主人公に深い共感を覚え、犯罪ミステリと云うよりは、冒険小説めいた展開の作品が多いのですが、菊地 光の翻訳の真髄がここに極まれり、という感想をもっています。
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