2011年4月14日-1
絵画技法の分類から抽象絵画へ
西田(2001: 122)は、パウル・クレーの作画構成の技法(作画構成法)を分類した主要な結果として、
1. 色面の段階的移行
2. 平行線によるフィギュレーション
3. 方形絵画と魔法の方陣[マジック・スクエア]による作画
4. 構造が生む多様なリズムの表現
5. 吹き付け(スパッタリング)による彩色法
6. 「層の高低による」水平線作画法
7. ダイナミックなポリフォニーと色彩のポリフォニー
8. パステルによる作画
9. さまざまな構成的コンポジションの道
を挙げている。
分類基準が錯綜しているように思う。
まず、8の「パステルによる作画」は、パステルという絵具に着目した分類である。クレーは水彩絵具や油彩絵具を使ったり、一つの画面にその他の色々な絵具を使っている場合がある。一つの作品の絵具構成という観点から分析するならば、面積割合で測定して、糊絵の具は40%とかの記述をすべきである。
層状に作られている場合にはたとえば、最下層は、兎膠に石膏とかカオリンだとか、その上の層はアクリルで、その上の層は油彩、その上の層はグロス・メディウム+雲母、最上層はアートグルーでの水干絵具と新岩彩、といったようになる。或る層で削る場合もあるだろう。
「フィギュレーション」とは「模様を施すこと」だとすると、2は、平行線によって模様を形成すること、だろうか。
平行線は輪郭線の一つだとすると、まず、輪郭線の有無または、画面のどの部分にあるか、という記述をすることになるだろう。
これは要素形態的か連続的形態か、あるいは線描的か色面的かの分類が先立つだろう。
離散的な記述を適用するならば、絵画とは或る一定の表面に色彩的物体(光でもよいが)を置くことである(定義)から、いくつかの正方形で区切って観測し、それぞれの面積についてどのような色(色相、明度、彩度)かを記載すればよい。
しかしそれは適切な格子面積で、あるいはいくつかの格子面積の大きさでやらなければ何も明らかにはできないだろう。そこで、プログラムを作って画像を分析するとよい。
実践的には時間節約的に、あるいは金銭節約的に、自らが生物測器となってやる手があるだろう。たとえば、要素を認識してその分布状態を記述するのである。要素形態が無い場合は、だんだら的だとか、色彩連続移行 gradation的である、とかと表現すればよい。
人は、個体(物体)認識をすることが多い。そして、それが何であるかの同定をする。何であるかわからないと、落ち着かないかもしれない。或る観測空間内で、個体であるかどうかは、(形態の)輪郭によって検出する(したがって検出されないようにするには、たとえば輪郭を背景に合致させることである)。
そしてこの輪郭は、線として表現されることが多い。輪郭線である(脳内認識システムでは、輪郭が際立つようになっているだろう。柱[コラム]構造)。
輪郭をぼやかすと、存在物はぼやっとした存在状態として受け取ることができる。それを幽玄的に感じる人もいるかもしれない。
以上から、暫定的結論として、絵画を物体として存在させるには、抽象的にするのがよいということである(なんという飛躍!)。
[標語] 絵画性で勝負、存在感で勝負、精神性でも勝負。それには、抽象絵画。
[N]
西田秀穂.2001.6.パウル・クレーの芸術??その画法と技法と??.250pp.東北大学出版会.
絵画技法の分類から抽象絵画へ
西田(2001: 122)は、パウル・クレーの作画構成の技法(作画構成法)を分類した主要な結果として、
1. 色面の段階的移行
2. 平行線によるフィギュレーション
3. 方形絵画と魔法の方陣[マジック・スクエア]による作画
4. 構造が生む多様なリズムの表現
5. 吹き付け(スパッタリング)による彩色法
6. 「層の高低による」水平線作画法
7. ダイナミックなポリフォニーと色彩のポリフォニー
8. パステルによる作画
9. さまざまな構成的コンポジションの道
を挙げている。
分類基準が錯綜しているように思う。
まず、8の「パステルによる作画」は、パステルという絵具に着目した分類である。クレーは水彩絵具や油彩絵具を使ったり、一つの画面にその他の色々な絵具を使っている場合がある。一つの作品の絵具構成という観点から分析するならば、面積割合で測定して、糊絵の具は40%とかの記述をすべきである。
層状に作られている場合にはたとえば、最下層は、兎膠に石膏とかカオリンだとか、その上の層はアクリルで、その上の層は油彩、その上の層はグロス・メディウム+雲母、最上層はアートグルーでの水干絵具と新岩彩、といったようになる。或る層で削る場合もあるだろう。
「フィギュレーション」とは「模様を施すこと」だとすると、2は、平行線によって模様を形成すること、だろうか。
平行線は輪郭線の一つだとすると、まず、輪郭線の有無または、画面のどの部分にあるか、という記述をすることになるだろう。
これは要素形態的か連続的形態か、あるいは線描的か色面的かの分類が先立つだろう。
離散的な記述を適用するならば、絵画とは或る一定の表面に色彩的物体(光でもよいが)を置くことである(定義)から、いくつかの正方形で区切って観測し、それぞれの面積についてどのような色(色相、明度、彩度)かを記載すればよい。
しかしそれは適切な格子面積で、あるいはいくつかの格子面積の大きさでやらなければ何も明らかにはできないだろう。そこで、プログラムを作って画像を分析するとよい。
実践的には時間節約的に、あるいは金銭節約的に、自らが生物測器となってやる手があるだろう。たとえば、要素を認識してその分布状態を記述するのである。要素形態が無い場合は、だんだら的だとか、色彩連続移行 gradation的である、とかと表現すればよい。
人は、個体(物体)認識をすることが多い。そして、それが何であるかの同定をする。何であるかわからないと、落ち着かないかもしれない。或る観測空間内で、個体であるかどうかは、(形態の)輪郭によって検出する(したがって検出されないようにするには、たとえば輪郭を背景に合致させることである)。
そしてこの輪郭は、線として表現されることが多い。輪郭線である(脳内認識システムでは、輪郭が際立つようになっているだろう。柱[コラム]構造)。
輪郭をぼやかすと、存在物はぼやっとした存在状態として受け取ることができる。それを幽玄的に感じる人もいるかもしれない。
以上から、暫定的結論として、絵画を物体として存在させるには、抽象的にするのがよいということである(なんという飛躍!)。
[標語] 絵画性で勝負、存在感で勝負、精神性でも勝負。それには、抽象絵画。
[N]
西田秀穂.2001.6.パウル・クレーの芸術??その画法と技法と??.250pp.東北大学出版会.