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《生命/生物、生活》を、システム的かつ体系的に、分析し総合し統合する。射程域:哲学、美術音楽詩、政治経済社会、秘教

地球温暖化懐疑論批判は正しいか?

2010年04月21日 16時06分16秒 | 生命生物生活哲学
地球温暖化懐疑論批判は正しいか?

傲慢もゴーマンも、かまさないでね
 パチャウリIPCC議長らは、ヒマラヤ氷河消失に関するIPCCの主張に疑問を呈した研究者に対して、voodoo scienceだとか、非科学的(英語は?)だとか、ののしったらしい。もしそうなら、そのようなレッテル張りをすることのほうが、根拠を言わずに批判を一蹴するという態度だという点で、反科学的antiscientificである。何年か前の『科学』の地球温暖化特集号での明日香壽川氏らの発言からは、地球温暖化懐疑論をたんに馬鹿にするような態度が感じられた。

偽科学 pseudoscience
 「擬似」とは、「本物によく似ていてまぎらわしいこと」(大辞泉)とあるので、本物に似てるほどいいのではないかと思うこともあろうから、訳としてまぎらわしい。pseudo-は、偽りのとかニセのという意味ということだから、pseudoscienceは疑似科学(正しくは、擬似科学)ではなく、偽科学と訳すことにする。

 Mario Bunge (2003: 233)によれば、pseudoscience 偽科学とは、
  「科学的基礎が欠けているのに科学的だとして売りこまれる教義または実践」
である。科学的基礎とはなにかが問題だが、基本は理論によって現実を予測し、計算結果などを経験的な試験と合致するかどうか、という科学者共同体(これも半開的だが)での相互批判的営為である。

 まず理論内部の整合性が必要であり、重要なのは、現実との照合である。予測という時間的な外挿をする場合には、メカニズム的理論もしくはモデルであることが望ましく、精度や観測費用とのかねあいとなるが、なんらかのテストが可能であることが肝心である。
 技術(特異的方法)が科学的と呼ばれるための条件については、Mahner & Bunge『生物哲学の基礎』96頁を見よ。科学的、半科学的、あるいは非科学的に分類される。「非科学的nonscientific」は、ののしり言葉ではない。科学的方法については、『生物哲学の基礎』97頁を見よ。

 地球は一つだからテストできないので数値計算で済ませ、過去のデータの再現性が高いからそのモデルによる予測は当たるとするのは、信頼性がない。当たるかもしれないが、当たらないかもしれない。
 江守正多氏は、北極振動やエルニーニョによって、北半球での近年の寒さを説明している(そして全地球気温は低くなっていないとする)。しかし、被害は(寒冷化によるものであれ温暖化によるものであれ)地域的なことがらである。では、気候モデルは、北極振動なども取り入れているのか? そして、そのことは後づけ的説明ではなく、まえもって予測して結果は的中したのか? 

[A]
明日香壽川・河宮未知生・高橋潔・吉村純・江守正多・伊勢武史・増田耕一・野沢徹・川村賢二・山本政一郎.2009?.地球温暖化懐疑論批判(IR3S/TIGS叢書No.1).81pp.〔pdfダウンロードサイト http://www.ir3s.u-tokyo.ac.jp/sosho〕

 これを批判したらしい(未読)のが、「『地球温暖化懐疑論批判』の誤謬」として
  「東北大学の明日香壽川の個人的レポート『温暖化問題懐疑論へのコメント』を下敷きに、多少手を加えた程度の、非常に安直な内容の冊子である。その結果、内容的には自然科学の書籍というには余りにも自然科学的に低レベルであり、ほとんど著者の思い込み・思いつきと、人為的CO2地球温暖化仮説に対して疑問を提起する論者に対する誹謗・中傷に満ちた極めて低俗な内容となっている。」
と述べる、
http://env01.cool.ne.jp/global_warming/ir3s_index.htm
近藤邦明氏である。

 日本学術会議 公開シンポジウム「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)問題の検証と今後の科学の課題」が、2010年4月30日(金)13:00から開催される。開催趣旨は、
  「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)をめぐる問題(Climate-gate, IPCC-gates)について、科学的観点から事実関係を明らかにし、その情報と認識を共有すること、そして、今後このような問題が生じないためのIPCCの科学的作業の在り方、社会と政策への情報提供の倫理性、科学者の行動規範などについて討議する。」
とある。
 trickの意味の誤解だ、言った、言わない、データの精度がどうのこうの、決着がつきにくくてそのうちうやむやになるようなこれらのややこしいことは副次的なことである。また、懐疑論を批判するよりも、政府予算をたくさん使っている地球温暖化仮説や模擬simulation計算モデルのほうの確証または反確証disconfirmationをしてほしい。なお、或る主張が正しいとも正しくないとも、(たとえば統計学的に)どちらとも言えないといったことは、この世界で(いわば雑音が多いから)よくあることである。
 IPCCの第一次評価報告書(1988, 1990, 1992)からすでに20年近く経っている、はたして、地球温暖化仮説はどのような種類と程度で試験testされ、確証されたconfirmedのか?