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系統樹⊆分類樹、であり、多くの場合、分類樹<系統樹、である

2011年01月26日 18時36分31秒 | 生命生物生活哲学
2011年1月26日-5
系統樹⊆分類樹、であり、多くの場合、分類樹<系統樹、である

 ⊆:包含関係と等価関係
 <:先行関係

 本来は、((在るとして)系統なるものを表示するものとして、(在るとして))系統樹なるもの分類樹(たとえば樹木図 dendrogram)を等価だとみなすところに、大きな錯誤がある(→分岐学派の二重の錯誤)。


 系統樹とは、推定したものならば、分類樹を錯誤的に見なしたものである。
 よって、

  分類樹⊆系統樹

、であり、おそらく、したがって多くの場合、

  分類樹<系統樹

、である。[QED]

 
例示:

 或るいくつかの派閥が(或る存在的空間に)存在し、それらの派閥の構成者は_Homo sapiens_というタクソンに属し、かつ、どの構成者も入会と退会が構成者の自由意志によって届け出によって決定されるものとする。創設者もまた出入り自由であり、とどのつまり、或る派閥が派閥であるのは、次のとき、そして次のときに限る。

規定:

 1. 或る派閥は、一度命名されれば、([ここでは時間無関係であるから、「永遠に」は無意味な語であるが]いわば永遠に、或る存在的派閥空間に)存在する。

 2. よって、命名者が存在する。したがって、或る命名者は、或る派閥を派閥とみなした最初の者であり、かつ、一つ以上の派閥を命名した者である。命名したとたんに、脱会してもよい。命名という行為の結果だけによって、派閥は存在する。属員は無くても良い。そうすると、現在は存在しないが、過去に属員が存在したときに、その属員を同定できる(むろん、或るその時に属していたということ)。
  或る命名者が、自分を属員 memberとする、あるいは属員となることを承諾した他の者を属員とする(命名行為と所属とは別物である)派閥が創設され、aと命名されたとする。[続く]

 
 ではこれらの派閥(派閥は構築体である)とは、タクソンという部類に属するのであろうか?
 では、(過去にも、未来にも)属員無くして、命名した場合はどうであろうか?
 構築体が属員の場合は、どう扱えばよいか? 差異はあるのか?