まみむめもノオト
山田百合子
前髪をかきあげる。愁いを含んだ黒い瞳、
それがあたし。突如として、叫ぶ。それで終
しまい。だから、ぼっそり、ま・み・む・め
・も、。何が終ったのか、何も終りはしない
、何も始まりはしないのだから。たぶん、あ
たしは、歩き出している、例えば、東山のふ
もと、疎水に沿った道を。どこかのかつてあ
ったカフェテラス。石段を下りていくと、藤
が咲き乱れていて、あたしは昏倒する。それ
で終しまい。だけど、何も流れ出しはしない
。ただ あたしの血、肉の血が騒ぎ立てる。
みち
風にゆられて、あたしは舗道をふむ、例えば
洛北、北山通りを西ヘ。ほどなく、ブランデ
ーを手にして、と落ちこんでいるあたし。そ
して、いつしか、まみむめもが踊り狂う。や
さしいやさしい、(ま・み・む・め・も)た
ち。はなれられない。あたしはひょっとして
、まみむめも、ではないか。あたしは、あた
しに巣食う(ま)や(み)や(む)や(め)
や(も)たちをほめ讃え、愛撫してやる、あ
たしがあたしでなくなるまで。
山田百合子 戯言集(1979)『死体病理解剖 × ・・・・・ノオト』より
http://www.k4.dion.ne.jp/~rainbow3/yamada/zaregoto.htm