アメリカ軍の榴弾砲(BBC)
NATO諸国の直接的戦闘関与が進む
ロシア・ウクライナ戦争へ、NATO諸国の直接的戦闘関与の動きが進んでいる。5月30日、アメリカのジョー・バイデン大統領 は、アメリカが供与した兵器でウクライナがロシア国内の標的を攻撃することを限定的に認めた。ただし、標的は北東部ハルキウ州周辺に限るという。そして、ドイツの ドイツのヘーベシュトライト政府報道官は31日、ロシアの侵攻を受けるウクライナが、自衛目的で独政府が供与した武器でロシア領を攻撃することを認めたと発表した。 それ以前に、英国、フランスは、同様にロシア領への攻撃を認めている。さらに、かねてから、フランス軍のウクライナ派兵の必要性を強調していたフランスのマクロン大統領は、30日に訓練教官をウクライナに派遣する計画を明らかにした。オランダのハンケ・ブルーインス・スロット外相も31日、ウクライナが供与されたF-16戦闘機でロシアの軍事目標を攻撃することを許可し、 「自衛権があるなら、武器の使用に国境はない。これは一般原則だ」と述べた。
NATO諸国は、ウクライナへ最新兵器を供与しても、その兵器を使用し、ロシア領土内を攻撃することを許可してこなかった。ロシアが、その動きをNATOの参戦と捉え、直接交戦に発展することを危惧したからである。しかし、ウクライナの劣勢は続き、現状では好転する見込みがないため、直接交戦の危険性を犯してでも、一歩踏み込んだ軍事支援を行わざるを得なくなったのである。
ロシア軍の再編・強化
このロシア領内へのNATO供与の武器攻撃の許可を始め、さらなる軍事支援強化には、ウクライナの劣勢の原因が、砲弾不足に見られるように、ウクライナが使用している武器・弾薬の量と質がロシア側より劣っているからであり、それをNATO諸国がロシアに負けない質と量を供与すれば、ウクライナ軍は挽回でき、ロシア軍を排撃できるという前提がある。しかし、それが可能なのだろうか?
アメリカ国防省専門ニュースサイトDefense Newsは、「『彼らは復活した』:ロシアはいかにして西側諸国を驚かせ、軍事力を再建したのか」という記事を載せている。
2022年2月の進攻当初、プーチンは完全に判断を誤り、ウクライナのキーウ政権は短期に崩壊すると見込んでいた。だから、ウクライナを軍事占領できるほどの強大な軍事力を持たずに、狂気に満ちた「特別軍事作戦」を実行したのだ。その脆弱な軍事力は、すぐに露呈し、ウクライナ軍の反攻で、戦況はロシア側に極めて不利なものになった。
しかし、2024年にはロシアは、「彼らは復活」したのである。アメリカ軍最高司令官のCQブラウン将軍が言うように、「ロシアは積極的に軍事力を再編した。」 のである。
それは第一に、軍事生産能力の「西側諸国を驚かせる」ほどの強化である。ロシアは、国防費を3倍に増やしたが、NATO諸国より低賃金なので、軍事産業従事者も20%増加し、アメリカと比べても、より多くの兵器弾薬を購入でき、装甲車両、ミサイル、砲弾等を急速に増大さることができた。
第二に、それを可能にする「ロシアが金銭的制裁を回避する能力を持っていること 」であり、西側の制裁にもかかわらず、GDPを2023年には3%増加させるなど、戦争継続経済体制を作り上げた。
第三には、徴兵制の強化・拡大による兵力の増強であり、プーチンの強権体制が、それを速やかに可能にしたのである。
一部の報道では、現在のロシアの砲弾の製造能力は、アメリカを含む全NATO諸国の砲弾製造能力を上回るというものもある。これらの報道は、ほとんどが確認がとれないものであり、未確認に属するが、ロシアの戦争継続体制アは、西側諸国が予想しているものより、強化されていることに間違いはない。
確実なのは、泥沼の戦争が終わらないことだけ
2022年3月~4月に、ロシアとウクライナのイスタンブールでの和平交渉は、ほとんど決まりかけたが、英国のボリス・ジョンソンがキーウを訪問し、戦争を継続するよう説得したことは、複数の報道で明らかになっている。
2024年4月27のドイツ誌Die Weltは、その詳細情報を入手し、掲載している。ロシアは領土の征服ではなく、国境に関する安全保障の保証を求め、そこで要求したのは、ウクライナの「永世中立」だという。具体的には、すべての軍事同盟を放棄し、ウクライナ領土への外国軍の駐留を禁止し、兵器を削減するが、欧州連合加盟の選択肢は許容する。その見返りとして、モスクワは2月24日以来占領していた地域から軍隊を撤退させ、ウクライナへの攻撃を止め、キエフが要請した安全保障支援メカニズムに同意する。ウクライナへの侵略があった場合、国連安全保障理事会のメンバーが防衛にあたる。 (Le Monde diplomatiqueから引用)
この和平が達成されていたら、現在の戦争はなかったことになる。それを妨害したのが、ボリス・ジョンソンなのである。ジョンソンのキーフ訪問には、アメリカ政府の意向もあったことが報道されているが、その判断は、今となっては、ロシア軍の実力の過小評価よることは明らかだ。
ウクライナへのNATO諸国の軍事支援で、短期間でロシア軍をウクライナ領土から排撃できると、英国もアメリカも考えたのだ。だから、和平案では、ウクライナの一部地域にロシア領となることになるが、それを軍事力で排除できると考えたのである。それが、2年経過した今では、むしろウクライナ軍は劣勢に置かれており、「勝てる見込み」などまったくない。
それでも、NATO諸国は軍事支援の強化で、ロシア軍のウクライナ領土からの排撃を目指している。ここでのウクライナ領土には、ロシアの侵攻前の、1954年以前にはロシア共和国の管轄だったクリミア半島も、ロシアに親密性のあるウクライナ人で構成するドンパス地域も含まれる。
軍事支援だけでロシア軍を排撃できるという見通しは、2年間は完全に誤算だったのだが、今後のさらなる軍事支援の強化でも誤算でないという保証はまったくない。それが誤算ならば、第三次大戦を覚悟したNATO軍の派兵しか道はない。
NATO諸国も、ロシア並みの軍事優先政策を採り、戦闘機を含む大量の最新鋭武器弾薬をウクライナへ供与すれば、数年後には、ウクライナ軍はロシア軍を排撃できるかもしれない。しかし、NATO諸国は社会福祉予算を激減させ、軍事予算に充てなければならない。例え、ロシア軍がウクライナから撤退したとしても、ロシア・NATO諸国の軍事的対立はなくなるどころか、ロシアは国家の存亡を賭けて、軍事力の強化に励むだろう。それは、指導者がプーチンでなくとも、同じことである。この戦争が、プーチンであってもなくても、NATOのロシア領接近という、ロシア側が抱く脅威が根底にあるからである。
始めたのはロシアであり、その責任を免れないとしても、そもそも、最悪は核兵器も応酬の危険性をはらむこの戦争に、勝者などないのである。確実なのは、西側が支援するウクライナ人は死に続け、国土は破壊され続けるということだけである。