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日本人は祖国に帰る

2018-09-01 18:17:18 | 歴史と政治

なぜ「日本人は帰る」のか

 

永井津記夫

 

 

  2002年の夏休みに私はオーストラリアのシドニーに半月滞在した。私の勤めていた高校では毎夏、希望する生徒をシドニー市内の家庭にホームステイさせ、オーストラリア・カトリック大学が用意する語学研修プログラムを受講させるという英語の体験学習を実施していた。私は生徒の付き添いという形で、退職した六十代半ばの夫婦の家にホームステイすることになった。

 朝9時に生徒が大学の所定の場所に集合するのをチェックし終えると、後は現地の大学が用意した語学研修プログラム教員に引き渡すのが私の仕事だった。その教員は小学校の教員をしていて定年退職したばかりの二人の白人女性だった。

 午後3時頃に授業が終わると生徒はホームステイ先に帰るので、特に問題がなければ私も市内の店などに立ち寄ったりしてからホームステイ先に帰った。

 私のホームステイ先は、定年退職した夫婦の家庭であった。子どもは一男一女(注1)であったが、それぞれ結婚して独立をしていて夫婦だけで暮らしていた。ご主人のマルコムさんも奥さんのキャロルさんも話し好きで、好人物であった。キャロルさんの先祖はイギリス本国からオーストラリアに初めて送られた囚人(政治犯)の子孫ということで彼女はそれを誇りとしていた。

 私は、特別な用事のないかぎり、毎日7時前には北シドニー駅からバスで40分ほどのマルコム家に帰宅した。夕食をとりながら、私はマルコム夫妻と会話を楽しんだ。

 マルコムさんはプロテスタントであり、奥さんのキャロルさんはカトリックということで、結婚時には親に強く反対されたことを明かした。同じキリスト教徒でも宗派がちがうと結婚はしにくいようである。私が日本の仏教に言及し、いくつかの宗派があると言うと、「宗派がちがっていても結婚できるのか」との質問がでた。「通常、できる」と答えるとかなり驚いた様子だった。結婚差別に関連して、日本に今なお存在する「差別」「在日朝鮮人差別」 問題に言及すると、二人は大きな関心を示した。

 夕食後はテレビを楽しんだ。マルコムさんはラグビーの熱狂的ファンであり、ラグビーの試合のあるときは常にテレビの前で大声を出してひいきのティームを応援した。おそらく、ラグビーは日本のプロ野球のような地位を占めているのだろう。いつもは温厚なマルコムさんがテレビの前で興奮する姿を見るのは愉快だった。「This referee is unfair.」と言っては、不快感をあらわにした。別の部屋で他の番組を見ていたキャロルさんに「He was angry with the referee.」と言うと、「He always is. (いつもそうなのよ)」という返事がかえってきた。「He always is.」というのは教科書などでも時々目にする表現であるが、現実の会話で出くわして面白かった。

 ある日、私はシドニー市内に東洋人がひじょうに多くいることを話題にした。場所によっては、半分以上が東洋系の人々で占められていたのだ。

 マルコムさんは次のように言った。

 君が20年前に来ていたらほとんど白人しかみなかったと思う。ここ十年ほどで急激に東洋系が増えてきたんです。韓国人も中国人もタイ人もベトナム人もオーストラリアに来ると、まったく帰らない。けっして帰らない。でも、日本人は何年かするとみんな日本に帰ってしまう。みんな帰る

 私はこの発言を聞いて、すぐその理由をある程度推察できたがそれは彼には言わなかった。

 日本人はなぜ日本に帰るのか。なぜ、祖国を捨てないのか。逆に、日本以外の東洋人は(西洋人、アフリカ人も例外ではないが)簡単に祖国を捨てるのか。

 祖国を出てオーストラリアに住みついている東洋系の人々は祖国に住むことに対する嫌悪感があったのだろう。絶望していた人もいるだろう。このような場合、自分の国に対する嫌悪度が限度を超し、他によりましな国が見つかれば祖国を捨てることができる。

 韓国の若者の中には自国を“ヘル朝鮮”と呼ぶ者がいる。自国を“ヘル(地獄)”と考えていれば、自国を捨てるのはたやすいであろう(注2)。“地獄”からはだれでも脱出できるのなら脱出するはずである。

  日本人はなぜ祖国に帰るのか。それは、日本人の長い歴史の中で形成されてきた習性に近いものであろう。

 日本列島に現世人類、つまり、日本人の先祖を構成する人たちが住みはじめたのが紀元前38000年頃とされており、その後、紀元前220年頃までいろいろな部族が日本列島に到達して住みつき、次第に混血・融合して日本人が形成されたものと考えられる。紀元前221年に秦の始皇帝が中国の覇者となって中国を統一するまで、550年ほど続いた“春秋戦国時代”の戦乱を逃れて中国南部や朝鮮半島から難民化した人々(注3)がかなり日本に渡ってきたと私は推定している。もちろん、現在のシリア難民のような巨大な数ではなく、船で日本列島にたどり着くにしても日本海や東シナ海のような“巨大な”海の壁を越えなければならないから、当時の粗末な船と航海技術では渡海を決意しても成功率は高くはなかったと思われる。なんとか、日本列島にたどりつくことに成功した人たちはこの日本を“終ついの棲家すみかと定め、それが日本人の深層意識に深く、強く刻まれたものと考えてよい。

 このような経緯が「日本人は帰る」の根本原因であると私は推定した。「日本人は“終の棲家”である日本に帰る」のである。他には (深層意識として)もう行く場所がないのであろう。

 

 

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(注1) 娘さんは私が滞在中に1度実家に帰ってきた。マルコムさんは彼女を私に紹介した。20代半ばの肌のきれいな、やや気の弱そうな感じのする美人であった。彼女が帰ったあと、「あの娘は小学校から勉強ができなかったので大学には行かなかった」と彼は言い、そのあと少し彼女の不出来具合を私に率直に話したので教師の私はやや当惑した。「日本人の親ならなかなか自分の子どもの勉強のできないことを認めず、教師や学校のせいにすることも多いのに(オーストラリア白人の)彼は自分の娘の頭の悪さを率直に認めるのか」と内心思った。

 

(注2) 1997年に北朝鮮から韓国に亡命した高官の黄長燁が日本のテレビのインタビューで「だれも祖国を出ていきたくはないですよ。みんな祖国に帰りたいのです」というような趣旨の発言をしていたのを聞いたことがある。しかし、私はその発言を聞いて、なにか違和感をおぼえた。全面的に信用することはできない気がしたのである。黄の亡命後、多数の黄の親族が逮捕され強制収容所に送られたとされ、黄は自分の家族を含めて一族郎党(一説には3000名)が強制収容所送りになること(生命の保障がない)は分かっているのに、自らの安全のために祖国を捨てたのであり、そのような男の言い分など日本人の私にはあまり信じられなかったのである。

 

(注3) 春秋戦国時代(770 BC~221 BC)に朝鮮半島(と中国大陸南部)から難民化した人たちがかなり日本列島に渡ってきたと私は考えているが(この難民化した人たちが先に日本列島に住みついていた縄文人(ただし、この縄文人も一様ではなく数次にわたって日本にたどり着いた部族の混血と考えられる)と混血して今の日本人が生まれたと思われる)、この人たちは現在の朝鮮人と同じ種族ではないと思われる。日本に渡ってきた種族は玉突きのように戦乱状態の中で、大陸や朝鮮半島に残った種族に追い出された種族ではないだろうか。もちろん、平和裏に追い出されたわけではなく、激しい争い、殺し合いがあったと考えられる。

 前回のブログ「狡猾な二人の反日指導者」の中で私の祖父母や父母の世代が強い“朝鮮人差別意識”を持っていたことを示した。なぜ、かくも多くの日本人が朝鮮人に対して差別意識を持っているのか、と深く考えないわけにはいかなかった。その原因は1910年の日韓併合後に日本にやって来た朝鮮人の言動などに日本人が触れて、差別意識を持つようになったということもあるかもしれないが、それよりも日本人の深層意識(正確には、ユングの説く集合無意識、民族無意識)の中に現在朝鮮半島に住む連中に半島から追い出された(親兄弟や仲間が殺された)という意識が隠れているのではないか、と思ったことがある(だからといって日本人が朝鮮人に対して差別意識を持って良いというわけではない。韓国や中国の捏造した歴史教育、反日教育は“悪役日本”のイメージをつくり出し、実体験のない若者に日本に対する憎悪を植え付けているが、自国の破滅にもつながる愚かな政策である)。(2018年9月1日記)


※※ マルコムさんが「日本人はみな帰る」と言ったとき、その日本人たちが日本の会社からオーストラリアの支店に派遣されて来ており、生活の基盤が日本にあることを承知の上で発言している。オーストラリアの大学に勉強に来る日本人の学生も大学での勉強が終わるとほぼ日本に帰ってしまい、オーストラリアに定住しようとする日本人がほとんどいないことをマルコムさんは「日本人は帰る」と言っているのである。また、日本人の女性が現地のオーストラリア人と結婚して現地に定住することはなくはないが、それは次元がすこしちがう話である。 (9月2日追記)

 

 


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