どーでもいい祝日を増やさないで有給休暇の計画付与を義務化しないと

2020年10月05日 | 社労士

地元広報誌には国際交流員のコラムが毎回乗っていますが、多くの方が1年未満という短い期間ながら、なかなか興味深いニッポンの不思議を指摘しています。
アメリカユタ州出身のジョナサンさん(男性、たぶん20代)は、
日本では、「日本には四季がある」という言葉をよくきくが、ヨーロッパや北アメリカ、オーストラリアや東アジアなど、様々な国にも四季があるのに、なぜわざわざ日本人は四季を強調するのか?と疑問を投げかけていました。
ジョナサンさんは、自分なりに、教育現場で重要視されているのか?長い鎖国のせいか?など、いろいろ考えてみたけど、どれもしっくりきませんでした。しかし、調べていくうちに、「なぜ四季を強調するのか?」ではなく、「四季は日本ではどういう意味を持つのか?」と聞くべきだと気付きました。

日本では季節の移り変わりで1年の時間の経過を感じていて、新聞やテレビではさくら前線や紅葉前線などに始まり、さまざまな季節の行事がニュースになる。季節ごとに決まった花の花見を楽しみ、旬の食材はたとえその季節以外に手に入るものでも、旬の季節に食べる。季語は小説や俳句、音楽、水墨画などの芸術に取り入れられている。花火とスイカがないと夏らしくない、こたつとミカンがないと冬らしくないと感じる人もいるでしょう。

そうそうそう!言われてみたらその通りだ。
外国の人の目を通すととても鮮やかにわかる。

で、ジョナサンさんの祖国アメリカはどうかというと…
アメリカでは季節ではなく、祝日で1年の時間の経過を感じている。
だって!
ええっ??!!
そうなん??
バレンタイン、イースター、独立記念日、ハロウィン、感謝祭、クリスマスは、それぞれの祝日に行う行事や食べる物などが決まっていて、祝日の1か月前から、その祝日にちなんだものが店に並び、家や学校や仕事場でもその祝日にちなんだ行事が行われる。その盛大さを日本の祝日にたとえるとお正月ぐらいしかない。花火とBBQがないと独立記念日らしくない、ターキーとパンプキンパイがないと感謝祭らしくないと感じるのは日本の季節の感じ方と同じである。
ふーーーーん、そうなのか。
最後にジョナサンさんは、こう締めくくています。
異なる二つの文化を比べるとき、どれが正解かと考えるより、なぜこういう文化があるのかと考えるほうが理解は深まる。

ジョナサンさんにざぶとん10枚あげたいです。
私は日本の祝日のしょうもなさに常々疑問を抱いていました。
誰もがまだ祝日あったのか?2月に?なんだったっけ?と訝る神話かなにかにちなんだ建国記念日や海だの山だの、体育だの、敬老だの、それでいてメーデーは平日だったり、法律で祝日を決めてるといってもやけにデタラメだな、しかも、やたら数が多いじゃないか…とこう思っていたのです。
外国の祝日に比べると軽いノリだな…とか。
「せーので」じゃないと休みをとれない労働者への配慮から祝日を増やしてるのはわかるが、あまりにテキトーすぎないか…と思っていたが、それでいいんだ。
季節で時間の経過を感じるから海とか山なんだ。
でも祝日って、官庁だけじゃなく、学校なども影響を受けるし、そもそも労働者の多くはサービス業に従事していて、祝日が増えれば増えるほど困るよ。
日祝日はやってない保育所や学童が多いし、託児とかは割高になる。
「せーので」方式は、そのやり方が好きな日本人でも合わなくなっている。
有給休暇は労働者の自由を侵してまで義務化されたが、やっぱり計画付与も義務化しないと、またどーでもいい祝日が増えてしまうかもしれん…



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