数十万年にわたって人類や動・植物たちを氷雪の中に閉じ込めてきた氷河期が終わり、温暖化が始まり、豊かな生態系が大地に拡がる中で、アブ・フレイラの“春”を謳歌していた狩猟採取民たちは、急激な環境変化に見舞われます。
ヤンガー・ドライアス(Younger Dryas:ヤンガー・ドリアス、新ドリアス期とも)と呼ばれる、今から1万2900年前から1万1500年前頃にかけて北半球の高緯度で起こった気候変動です。わずか数十年の間にグリーンランドの山頂部では現在よりも15℃寒冷となり、イギリスでは、年平均気温がおよそ-5℃に低下し、高地には氷原や氷河が形成され、氷河の先端が低地まで前進してきたのです。海洋から蒸発した水は、氷や雪となって高緯度の陸地にとどまったため、河川を通じて海に戻る水量が少なくなり、海から大気に供給される水蒸気が減少して、雪のない中緯度以南の地域でも、急激な乾燥が進行し、大地は大干ばつに見舞われたのです。深刻な日照りで人々はわずかな食料ですら手に入りにくくなり、定住化し、人口も増えていた彼らは、まさに存亡の危機を迎えたのです。
彗星の衝突がその原因ではないか、ともいわれるヤンガー・ドライアスの急激な寒冷化、乾燥化によってアブ・フレイラの初期の集落は放棄されてしまうのです。
アブ・フレイラから人々が去ったのはいまから1万2000年前頃といわれています。干ばつがいっそう深刻化したこの時期に、住民はこの村を見捨てたのです。ヤンガー・ドライアス期の終わりに再び温暖化が始まると、いまから1万1500年前頃、放棄されたテル(重層的に築かれたために丘状に盛り上がった遺跡)の上に、まったく異なった新たな定住地が出現*01したのです。
この新しいアブ・フレイラ(Abu Hureyra 2)は、初期のものよりもっと大規模な集落で、数千人の人口があったのではないか、といわれています。そしてこの新たな定住地に住みついた人々は、人類史上初めての、あらたなフェーズに踏み出した人々でもあったのです。農業栽培(あるいは牧畜も)の始まりです。それは狩猟採取時代の獲得経済から農耕時代の生産経済への大転換を意味していて、まさにヤンガー・ドライアスの衝撃が、人類に次なる一歩を踏み出させたものだった、といっていいでしょう。
そしてもうひとつ、石器などの道具の発明や火の使用などとともに人類のもっとも重要な発明と発見のひとつといっていいものが、このとき同時に作られ、使用されたのです。

Village on the Euphrates by AMT Moore, GC Hillman, and AJ Legge that was published by Oxford University Press in 2000
*01:古代文明と気候大変動-人類の運命を変えた二万年史/ブライアン・フェイガン/河出書房新社 東郷えりか訳 2005.06.20