年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

消費税を大幅に上げ、ステルス増税もどきを減税し、低所得者へは給付を

2021年11月15日 | 宅老のグチ
今度の選挙で多くの政党が、給付金とか消費税減税を公約としている。70過ぎても短時間労働で健康保険料も安かった。ところが退職して国民健康保険に切り替わると、急に負担が増える。今65歳で年金をもらうことを75歳まで後らすと少ない年金が2倍近くなるとファイナンシャルプランナ-が言っているがこれは財務省の見せ球で収入が増えると介護保険料・国民健康保険も75歳でも収入超過で3割負担となり、健康保険料も際限なく、3年ごとに限度額が上がる。その上介護保険料の制度設計の見直しも頻繁にある。これらは公務員でも退職すれば酷い仕組みと実感するだろう。もう税金を天下り先の団体に回す余裕がなくなる。75歳はこれから増え、病人もへ、介護者も増える。母の入っている特養も高齢介護人で支えられている。
 いくら給付しても身近な親族の介護情報で先行き不安は増す。母の介護で長生きする女性は30代から介護脱毛は必要と思う。30代ならレ―ザ―脱毛が簡単のようだ。運転免許更新も税金もどきと言える。すでに小銭は銀行で手数料を取るようになって、スマホのない老人は小銭で商店から嫌われる時代に入った。そのうち駅の券売機も現金のところが維持管理の問題で減るだろう。99円の税込価格も100円とかの切りの良い価格となろう。すでに電車賃は現金の方が高い。パスモやスイカは割引がある。首都高速は現金は距離に関係なく一律で高い。ETCは距離で安くなる。

 政府が力ずくでマイナンバ-を普及させようとしているが国民健康保険とか会社等の健康保険証に写真添付義務を負わせれば一気に進む。写真があれば国民健康保険証を借り、医療を受けることが出来なくなる。クレ-ムがあればマイナンバ-で代用できると言えばよい。写真付き国民健康保険証はマイナンバ-カードより高くすればよい。マイナンバ-と国民健康保険の不正使用を避けることが出来る。収入の低い人は役所で減免の承認を受け、負担を減らせばよい。すでに未成年はほとんど無料となりつつあって、財源は消費税増税しかない。
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今日で妹の遺骨が墓へ

2021年11月14日 | 宅老のグチ
4月末に妹が73歳で20年近く戦ったガンで亡くなった。それから6か月経って納骨となる。コロナで霊園が混んでいるようで、日曜日の霊園の集会室が人数と、時間制限があって、昨日遺骨のところでお別れした。すでに遺品は半分ぐらい減った。大物の冷蔵庫、洗濯機は家電量販店で廃棄してもらった。この2品と区の粗大ごみ(使えるが遺品ということ、部屋が狭いということでごみとなる)

 家電量販店の引き取りの方と少し話をする。やはり巡回している不用品引き取りの車は信用度が少ないという。金を払って処分を依頼しても、他人の空き地に不法投棄することもあるだろう。安いといっても、不法投棄すれば環境破壊に手を貸すことになる。今さえよければ、安くさえよければ、自分だけ良ければという考えはもう通用しなくなりつつある。
 まだ妹の遺品は多く、ブックオフにお願いするしかない気がする。それにしても、女性の小物が多く、銀座周辺の広告会社で35年近く働いていたので安物は見当たらないが、時代遅れという感じがする。
 あとはタンスが残っているがこれもすでに近所のところにお願いする予定。いやな思い出も時間というフィルターで記憶がぼやけ、いい思い出のみが鮮明に残る。それにしても抗がん剤治療のつらさでも、母への介護を生きがいとして、100歳を祝って、抗ガン剤治療を断念し、死去した。ガンということで死の準備時間はあったが、法律の知識が不足していて。今は家庭裁判所の判定待ちとなっている。それは妹の遺産が母へ行くのだが、認知症ということで簡単ではないようだ。もっと前に後見人を届け出いれば簡単だった。前もって話し合いが済んでいたのだが法的に処理しておけば、後の問題発生に心配はいらない。
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犬と泊まれるホテルの予約困難

2021年11月13日 | 宅老のグチ
コロナが収まりつつあって、失明した柴犬と最後になるかもしれない思い出旅行の計画で楽天で検索しても。多くのペット可のホテルが予約困難となっている。これではGOTOをしなくても良いのではないかと話した。かなり長い間自粛し、都内に引きこもっている内に柴犬が完全失明し、こちらも二度ほど入院し、いつまでも健康であるという自信が消えた。あの世には貯金は持ってゆけない。ここで使って経済を活性化しないと言い訳が心の叫びと聞こえる。これも死んだ妹の姿を見たからだろう。コロナがなければもっと記憶に残ったという思いがある。
 間も無く柴犬との別れが来ると思うがツンデレで映像に残しておくと共通の話となる。

 シルバ-パス利用の中心網が浅草なので、浅草寺の込み具合が気になる。まだ外国人観光客が少ないので昔の日本の雰囲気だがやはり日本人好みのお土産が目立たない。
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未出生児の(将来の)親を不安にするバラマキ政策。

2021年11月12日 | 宅老のグチ
今度の政府与党の給付金騒動は子供ない人には恩恵がない。さらに少子化で財政が厳しくなるのが予想されている。将来に子供産もうとしている女性がコロナワクチンの治験デ―タがないため、接種不安の噂でためらっている。その様な女性たちに高齢者と既に出産済の人を優遇することはこれから生まれ来る子供たちから、借金返済をしてもらうことになる。今の高齢者は現役の人たちからの資金移転で医療介護の費用を賄っている。このようなことから冷静な親なら無理して出産しなくても、養子という選択が広くなるだろう。今は抵抗があるが、明治日本は広く素性を隠すということを養子縁組で広く行われていた。有名な人は研究されているが非有名人は資料も残らず、言い伝えだけなので、小説になるしかない。最近の書評で遠藤正敬氏の本(犬神家の戸籍  -「血」と「家」の近代日本) で詳しく書いてあるようだ。
 今年も政府の財政バラマキ政策で有識者の不安は拡大し、大学で学ぶ女子学生は出産を望まなく、自分だけで良いと考えるだろう。
 従って社会全体で高齢者と子供の生活の維持を安定した財源確保しなければならない。景気の変動や仕事のDX化で消えることもあるだろう。やはり命を確保するには財源が必要で、消費税は大幅に増税し、庶民をごまかす増税は選択のある政策とするべきだろう。もう声の弱い会社員からの税金まがいの福祉金から高齢者の介護費用を賄いきれなくなった。
 高齢者の、免許更新で約1万円ほどかかる。全国一律で表向き高齢者の事故が多いからとしているが、今運転している高齢者は必要だから更新するので、あの講習内容では警察と教習所のぼったくりと思う。その理由として18歳人口が減り、新規の運転免許を得ようとしている人も減った。事故も減り、監視カメラで犯罪捜査も簡単になり、過激派も減り警察の仕事の質が変わった気がする。DXで多くの仕事が変わる。今度のコロナで運輸観光業界は悲惨だった。過去が好調だったため、DX化が遅れたようだ。ネット世界で平気で観光業者を介在させないで旅行予約が出来、ベストレ-トで安価に楽しめる。このようなことがあっても人は生きなばならない。この不安を防ぐには所得税では変動が激しく、さらに節税もあって平等ではない。もうじきTV宣伝でふるさと納税を強調する。でも節税になる人は所得税住民税を多額に収めている人で、少額の人は騙されている。不都合な真実である。
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義捐金の始まり・明治18年

2021年11月11日 | 宅老のグチ
今大規模な災害が起きるとTVなどで義援金の募集が出る。マスコミによる義援金募集は新聞という媒体と広く世間が共感し義捐しようとする対象の事象が必要となる。新聞による義援金募集の始まりは明治18年の大阪の大洪水からと言われる。翌明治19年のノルマントン号事件の遭難死者に対する義捐募金がある。今は新聞等の表記は義援金となっているが義捐の捐は喜捨の意味がある。


磐梯山噴火  -災異から災害の科学へ- 
北原 糸子著 
 なぜこの本を読みだしたかというと、成島柳北の評伝本から繋がってきた。明治20年頃の条約改正の失敗が良く鹿鳴館の舞踏会の事を記述されているが、同時期のノルマントン号事件の英国人船長の裁判が隠れていた。新聞・政府等の情報操作で日本国民の怒りは収まった。この情報操作を詳しく書いてあるのが北原糸子氏の本だった。
 マスコミや政府の情報操作は今でも行われていて、515事件ではテロを起こした軍人に対して新聞は同情的で226事件では秘密裁判で同情報道を消した。戦後に226事件に参加した埼玉県の兵士の証言では栗原中尉に同情的であった。当時の農村部の不況はやむにやまれぬという気持ちをひこ起こしていたようだ。上官の命令は絶対と軍隊では教え込むか、226事件で陸軍の裁判で上官も間違うこともあるといって、参加した入隊したばかりの初年兵士を驚かせたようだ。

 コロナの忖度報道で、数字にもとずく根拠なき自主規制で最近の新規感染者の激減で、6次感染懸念を強調し、さらに鎖国ともいえる海外からの旅行客制限をまだ続けている。インフルエンザ感染も強調しているが2021年10月末のデ―タではインフルエンザの患者は去年と同じで激減している。2500円のインフルエンザワクチンはまだ打つ気がない。3次のコロナワクチン接種はインフルエンザワクチンと間隔を空けるように言われるが嘘をついているのが数字に出ていてまたオオカミ少年的になり、そして野党が無駄と言い、ワクチン産業が衰退する。ある程度無駄な準備も必要なのだ。
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樽から始まる大正年間の千葉県野田醤油の労働争議

2021年11月10日 | 宅老のグチ
日本の醤油業界のトップ企業となったのが大正6年に渋沢栄一に指導を受け、野田市の有力醤油企業が合併した。今の社名をキッコ-マンという。企業の近代化と労務の前近代性の軋轢とロシア革命の影響が日本に入り、それを危険視する経営者と組織化された労働者とに衝突があって、死者もで、労働者の子供の小学生の同盟休校さらに天皇陛下へ直訴問題もあって、一時は千葉県の警察官800名のうち300名ほどが野田に派遣され大労働問題となった。これを野田争議という。最後は昭和3年4月まで続いた8ケ月のストライキで労働者が敗北した。野田醤油争議は共同印刷争議と並んで、戦前最後の時期の労資の仁義なき戦いだった。 この結果は野田市民に深い傷があったと思われるが利根川と江戸川にはさまれた地域の住民には心に傷を残し、今は触れる人も少なくなった。
 この労働争議は経営の近代化を図る経営者と江戸時代からの雇用システムを維持しようとする人たちの対立から始まり、昭和に入って製造が樽詰めから瓶詰めに代わり、水運から鉄道輸送、トラック輸送と変わる時期に、労働組合が組合つぶしという疑念を持ち、なかなか解決しなかった。最後に組合幹部が天皇陛下への直訴問題から、野田の一企業の問題から治安維持の問題になるのを恐れ、ストを強行した労働組合の敗北となった。この問題が終わり渋沢栄一は死去し、日本の労使が戦争に向かってゆくことになる。
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図書館で涙する

2021年11月09日 | 陸軍特別操縦見習士官1期
予約制が無くなってもまだ人数制限のある都立中央図書館で下記の本を読んだ。

戦時下の滋賀師範 昭和18年の卒業生
滋賀県平和祈念館編 - 

 今の滋賀大学教育学部の前身だった、滋賀師範学校を昭和18年9月末に繰り上げ卒業した人たちの記憶を本にしてある。昭和14年に小学校教員養成の師範学校生が卒業して、5か月の短期兵役の特典が無くなった。そのため滋賀師範学校卒業生で昭和10年以降の卒業生の兵役状況が下記のようになっている。
昭和10年卒業 2名死亡
  12年   1名
  13年   1名
  14年   2名
  15年   36名死亡 短期兵役制度廃止
  16年   24名
  17年   36名
  18年   16名
  19年   0 本土決戦ということで、兵器なしで終戦時国内に配属
         従って戦死者はいなかった。
戦争とは生まれた年で決まる理不尽な運命を強いていた。
 1920年から後に生まれた子供は幼児の時から、恵まれない時代であった。
昭和18年6月から海軍は短期養成で飛行士を募集した。太平洋戦争の分岐点となったミッドウエー航空戦で多数の飛行機とパイロットを失った。そのため通常は数十人だった飛行士の募集が5200名となった。陸軍は7月から遅れて募集が始まり、特別操縦見習士官として1期生は2700名となった。

 この飛行士官の募集について、滋賀師範学校では学校からの勧奨は無かったようだが皇国国民を作る先生として、応募する方が自然の流れであった。師範学校に派遣されている陸軍の配属将校から(お前たちの人生は50年でなく、25年とだ)とあきらめるように言われていたようだ。(国を救うのはお前たちだ。)どうせ短い命なら、潔くという考えもあったようだ。
 危険性があって、飛行士試験に応募しない学生も、戦況の悪化は間も無く招集が来ると思っていたようだ。

 師範学校を昭和18年卒業し、生き残った人たちは今は96歳を過ぎつつある。多くは亡くなり、生き残っているわずかの人の記憶もあいまいになる年代となった。

 
 

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食規格の外圧

2021年11月08日 | 宅老のグチ
あまり知られていないが築地市場移転前に東京都の食の安全管理する職員が築地市場の温度管理の不備を心配していた。国際公約の実施期限が迫っていて、築地市場では絶対に温度管理・衛生管理が出来ない状態だった。
一応先進国と自負している日本が魚市場に関して途上国並みの市場ということがオリンピックで世界中に露見することを心配していた。今豊洲へ移転し、水産卸売場は10度、水産仲卸は20度で閉鎖施設となっている。青果は25度以下で閉鎖環境となっている。
 2021年7月31日日本経済新聞の夕刊報道ではオリンピック食堂でのタマゴ・肉などの家畜飼育基準が欧米より緩く、株式投資に不適格という。
 日本は価格の安さを強調する国で欧米の動物福祉から来る基準に慣れないし、気にしてはいなかった。しかし株式を上場している食品企業はこれからこの問題解決に悩むだろう。何しろ動物福祉という考えが馴染みがない。衣料品でも中国のウィグル問題で対応に苦慮した企業が日本で続出した。今後も中国で食品を製造していて、日本以外の国に輸出するとき問題が生じるかもしれない。
 1億人という日本の人口が欧米の食とか環境の規格が異なることを気にしていなかった。せっかく日本の各地にある農林水産試験場で開発した品種等も国内には特許を申請しても、世界に出るとは思わず申請もれ、呼称ももれ、いざ輸出しようとしたら、ブランドが使えず、さりとて売れるかどうかが解からず引きこもりの国となってしまった。これはアメリカが日本にやられたパタ―ンに似ている。日本はアメリカの長所短所を研究した。今はアジアの国で日本の失敗を研究し、バブルとなっている不動産でも良く耐えている。


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三野村 深川区西大工町

2021年11月07日 | 宅老のグチ
NHKの大河ドラマで渋沢栄一と三井の大番頭三野村利左エ門の金融での戦いがあります。三野村合名会社は三野村利左エ門の子孫の資産管理会社で今でも大江戸線清澄白川駅の小名木川水門近くにあって、昭和20年3月10日の米軍空襲では2階建てのコンクリ-トの建物内で付近の多数の住民の命を救ったようです。墨田区本所1-4の事をこのブログに書いて、そこの人から元の持ち主が三野村合名会社と聞き、日暮里繊維問屋街で商売をしている人に確認したところ、やはり三野村から買い取ったという。本所1-4の現況を確認したところ、今は大京という会社が11階建ての集合住宅を建設中でした。今はバブル時と似ていて都内の風景が激変中で、日暮里であった人からもっと早くくれば、三野村との経緯が知り得たことを知る。99歳で昨年亡くなったという。急がねば情報入手先が消える。
 墨田区曳舟図書館で司書の方から、昭和6年頃の地籍台帳で厩橋1-4は深川区西大工町の三野村合資会社の所有であった。そこで今の清澄2-8にある三野村株式会社と同一かどうかの確認を江東区深川図書館郷土資料室で明治45年の地籍台帳と地図から同一と思われる。しかし関東大震災前の地図で震災後の地図から、建物は震災後に建設され清洲橋通りに面して今でも残っている。
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親の想いを感じる

2021年11月07日 | 陸軍特別操縦見習士官1期
9歳の時、父親を亡くし、早65年となる。父親の60回忌を出来る人や幸せというがそこまで兄弟がグレずに育ったのは母を支援してくれた周囲の力があってのことと感じる。今の若い人が失敗で一家心中するのは希望が見えないと見ている。当時はまだテレビが出始めたときで、父の自慢は町内で割と早くテレビが入った。当時の給与が月給1万円を下回っていて記憶では17万円ほどであった。
 何もわからず育ったが今となって漏れ聞く父の思いはあるようだ。断片的に母から戦争の話を聞くが、戦後に生き残るのが必死で今は苦しい思いが残っているようだ。母の顔に刻まれたシワは苦労と喜びの戦歴と思う。

 母から漏れ聞く父の話は今では認知症になっているため確認できない。若いときからの話と最近の話が混じって、さらに脚色があって真実とは思えない話もある。その中でも徴兵検査で偏平足ということで不合格となったことを言い伝えとして残っている。昭和20年2月1日に横須賀の海軍に入隊したのだが、20歳の検査時期はまだ大陸での紛争もなく、軍隊では不必要な人材だったと思われる。東京の下町で陸軍納入の漬物業者のところで働いていた。当然軍隊の内部状況は自然に入っていて、特攻に行ってしまった叔父が陸軍特別操縦見習士官の試験には(不合格)を示唆した可能性がある。どんな試験でも競争率が1倍を超えていれば、落ちるのは簡単である。生母に軍隊の受験を知らせないかったと思われる。
  昭和18年9月8日に毎日新聞埼玉版に埼玉師範学校から陸軍10名、海軍23名、浦和高校から2名、重複合格1名となっている。つまり昭和18年9月繰り上げ卒業となった、男子埼玉師範学校生139名中、33名が飛行機の士官試験に合格した。
 高田英夫著(陸軍特別操縦見習士官よもやま話)から師範学校の出身の隊員が多いと書かれている。当時は予科練の歌で海軍航空隊の方が人気があって、競争率も高く、海軍は10倍を超え、陸軍は締め切り期間を延長しても5倍程度だった。全国各地の師範学校には陸軍出身の軍事教練の教官が派遣されていて、海軍との応募の差を埋めるため師範学校の生徒に応募のノルマがあったと思われる。真面目と評価されていた叔父は受験志願書を教官経由で提出せざるを得なかったと思われる。試験は受けるけど、密かな想いで不合格を画策し、落ちた。そのため生母には受験したことを伝えず、学徒出陣ということでごまかした様だ。これで同期の特操一期生と軍歴が異なることになる。他の一期生は昭和18年10月1日だが叔父の軍歴は11月1日から熊谷の飛行学校に入隊となった。もしかすると受験自体もなく、海軍にも合格した埼玉師範学校生のため、急遽教官によって、追加受験を強制されたかもしれない。この時期叔父は小学校でチョットだけ教員をしていて、後に小学生の慰問文が自宅に送られたという。
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入院食慣れで

2021年11月06日 | 宅老のグチ
気温が下がり、散歩しても汗をかかなくなった。そのため量販店で購入している総菜の味が変わった様に感じる。塩分がやけに多いという感覚。引きこもり状態で運動をしなければ塩分摂取の必要量は減る。入院中に低塩食事に慣らされ、最後には血圧が150から128程度まで下がった。家に帰るとまた塩分取り放題となるがどうも体調が変化した様だ。

 コロナのテレビ番組を見ていると、非常事態宣言が解除さてても、新規感染者が増えず、根拠なき不安煽り学者が戸惑っている。何しろ科学的根拠で非常事態を宣言していないので減り始めると解除の根拠がなく、ヤマ勘しかない。再度の感染拡大を恐れ、まだマスク開放になっていないと電車・バスの乗客を見ていると感じる。先月末の渋谷の大混雑していたハロ-ウィン騒動もマスク姿が多いと感じる。おっかなびっくりで出かけるがまだマスクは必需品となっているようだ。これならワクチン接種不安と非接種の言い訳不要となる。
 ためらいが事なかれで、言い訳できない日本の指導者の自信のなさだろう。これでは景気回復はない。何しろ自己防衛しかない。周囲の高齢化がひしひしと感じ、長生きリスクに対応するには情報収集しかない。新聞についている折込広告での高齢者施設はかなり高く、毎月の経費も増えるだろう。ところが老女は長生きで、年金も少ない。母の入っている特養は女性が85%で男性は15%で、さらに平均年齢は女性の方が高い。ところが家庭にいたため年金は少ない。これでは給付されても貯金になるしかないだろう。
 選挙も終わって、来年度予算の時期だが、どうやらアメリカの温暖化による雨不足がアメリカ産のコメが不足し、さらに輸送費が上昇し、為替が円安となれば米国の名前は返上しないといけない気がする。ジャポニカ種のコメの内外価格差が消える。これでは関税引き下げを口実として、農林水産族の予算獲得大義名分が消える。これからは戦前の様に食料保護主義となる気がする。

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コロナと金(カネ.キン)は政治思想はないし、忖度もないし、思惑もない

2021年11月05日 | 宅老のグチ
中国検索システムの百度を使って、さらに自動翻訳(とても日本語としてまだ不十分だが)で中国国内の検閲から逃れているニュ-スを見ているとコロナと金は手ごわく、さらに不倫情報も手ごわい。海外に出たことのある人は中国言論検閲を逆手にとって、検閲が発動するまでに拡散させる方法をあみ出した様だ。
 明治日本の薩長政権下の報道機関への言論弾圧は次々と反政府の政府批判の言論の方法をあみ出した。演説が弾圧されると、演説を歌詞にして、宴会の席などのはやるようにした。今の歌謡曲が演歌と言われるのは演説の歌から始まり、土佐(高知)の自由民権運動の(よしや武士・明治10年)が起源かもしれない。民権数え歌も今では変化して伝わる。
 中国の最近の不動産神話の状況から、百度の中では日本の不動産の崩壊の歴史が詳しく解説があって、彼らの見解では日本の空き家がいかに安くても買ってはいけないと記述があった。日本人でも買わない負動産は金を浪費するだけで、高くても東京のような都市を買うべきと書いてあった。その理由として、下げれば売れるということに尽きる。
 最近の論調の変化はコロナのゲリラ的な感染拡大で、多くは中国と外国との接点の場からコロナが広まっているようだ。監視カメラもマスクで追跡不十分で後追い隔離で不要な人まで隔離し、経済を疑心暗鬼にしている。日本でも中国でもワクチン効果が切れ始めていて、ゲリラ的な感染拡大はまだ続くだろう。結果として、日本の緩いコロナ対策が効果があったことになる。しかし長いコロナ不安が日本で続いていて、マスク姿は地方で感染者のゼロが続いてもまだ消えない。
 特に事なかれの公共の場の椅子にバツが残っていて、老人の座る場が減っている。また老人ホ―ムでも面会制限があって解除の話もない。
 量販店のトイレに手洗いのところに空気で手を乾かす仕組みもコロナをまき散らすといって使用禁止となっているが解除の話は見えない。何かブラック校則のようで、おかしいと思っていても声をあげる人はまだないようだ。
 アメリカのアップルの店舗で顧客のマスク義務が消えた。日本でも外国のチェ-ン店から顧客の店舗内マスク義務は消える気がする。
 政府が給付金を再度ばらまきそうだが、また国と付き合いのある会社に入札という形式をとり、書類不備・経験不十分ということで中間搾取・天下り先支援となるのだろうか。1年前に給付されて、マイナンバ-と振り込み口座を結び付ければ早い給付が出来るし、詐欺師の活躍の場も減る。この議論は与野党とマスコミの責任でもある。銀行口座が一つしかないという人は少ないと思う。日本の金融口座は人口の何倍もある。一年半も遊んでいてまた給付で遅れる。そして数年後の新規感染病でも給付のシステムは出来ていない気がする。野党も臨時雇用を増やし、公務員の配置転換を阻止しているとと見たい。ある程度のベテランの公務員は新聞の遊軍記者の様に非常時要員として待機する時代に来たようだ。
 
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片目生活が3日だけで

2021年11月04日 | 宅老のグチ
先月急に片目が異常となり、不自由となった。幸い片目が明いていたのだが同じ体なので明いている目も塞がる心配もあって急遽入院した。仕事をしていないので休む決断は簡単だった。これが仕事をしていたらと考えるとゾットした。電車バス移動でも視野が狭く、首振りで確認しながら行動し疲れた。
 家の老犬が失明し、家族が出かけると不安になるらしく、しきりに吠えて所在確認をしているようだ。目で確認できず、臭いで行動しているので、首を持ち上げ空気を吸い、位置情報を求めているようだ。

 片目でも障害と感じるのに、後天的失明はどの様な気分だろう。柳生十兵衛が片目が傷ついたとき、残りの目をかばったという。まだそんな気分にはなれない。感染者数が激減しても、、ただマスクなしでは電車等の公共交通機関には乗れそうにない。いつマスクなしが解禁されるのだろうか。自分の予想では梅の咲くころだろう。春は梅の開花からやってくる。
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盲導犬ならぬ盲導人

2021年11月03日 | 宅老のグチ
13歳になる柴犬が両目が失明し、今は散歩では盲導人で定期コ-スをめぐる。臭いでいつもの場所で尿とウンチをする。出会う犬に失明しているのでほとんど気が付かないが相手が騒いでから気が付くようだ。歩き方も前より老犬という歩き方となった。柴犬の平均寿命からそろそろ別れの時期が迫っていると感じる。
 散歩の途中に電信柱に油断しているとぶつかる。パラオリンピックの長距離ランナーの伴走者のような気分である。時たま抱きしめると暖かい。最近は寝ている時が多い。
 犬でも生活の一員となっているので老いは悲しい。日常の家族の会話でも犬がいないと沈黙となる。何気ない動作で家族の会話に変化を与える。親族が猫の世話をするため、北海道へ行くという。何か保護者が長期入院ということで猫の生活支援という。よく聞くと親族のもめ事が猫の飼い方から始まったらしい。

 コロナの新規感染者数が根拠なく収まって、もうじき飲酒制限が終わって2週間たてば、悲観を煽るコロナリストの立場はどうなるのだろう。長い自粛で多くの人が人生観を変えた。今度の選挙で野党の高齢化が気になる。もちろん与党の方が高齢化しているのだが、気が付くと野党も高齢化している。批判だけの野党の議席が減った。築地移転騒動の時、都の職員は上層部の日替わり方針でも不満も出さず、築地の人の愚痴を聞いてくれた。多くの公務員は不満を外部には言えない。静かに退職金と、次の職場を確保する必要性がある。人口が減り、行政需要も福祉に代わる。これはサ-ビス業の感覚がないといけない。築地の移転騒動の時、若手の都の職員が増えたようだ。かっては嫌われた部門であった気がする。まあ生活保護の部門と見ていた気がする。仕方なく勤めていたと思っていた。ところが移転騒動のテレビの煽りで、都の顔の部門となった。

 野党の方は地方の首長経験者となり、行政の中でどう対応していくかを経験しないといけないとおもう。震災時の対応ミスで政権を渡してはいけないというトラウマを解消できないと思う。維新の方は行政経験から未経験の事を日々解消する経験を積んでいる。残りは外交と国防である。
 国会のアナログがまだ治る見込みがない。国民に三蜜回避を強いながら、まだFAX等のアナログで、質問事前通告を直さず、答弁不要の大臣を国会に座らせ、テレビ写りで暇そうなヤジ要員が三蜜している。時代劇を見ているようだ。令和のDX議会とは思えない。イギリスの議会は閑散としているのが見える。議論のない人は議場に入らないでモニタ-で見ている気がする。
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入院中に読んでいた本

2021年11月02日 | 宅老のグチ
入院中に読んでいた本。眼瞼下垂気味でも、片目が空いていたので、(僕たちの野田争議)とダニエル・v・ボツマン著(血塗られた慈悲、笞打つ帝国。  -江戸から明治へ、刑罰はいかに権力を変えたのか?-)をゲームの間に読んでいた。野田争議は特攻に行って亡くなった叔父が高校生の時期にキッコ-マンが支援し敷地を提供するなどしていた野田農工学校に通っていたので、争議の後の状況を知りたかった。今でも昭和の初めの野田の町は触れてほしくない争議のようだ。戦前の労働争議としてはスト期間が最長でかなり野田市民の中にしこりが残っていて、労働組合から会社へ寝返った人に暴力をふるったり硫酸を振りまいて失明された人もあった。町全体が疑心暗鬼の暗い時代だった。今は野田農工学校は千葉県立清水高校となって、キッコ-マンの労働者養成学校から普通の学校へ変わってしまったようだ。コロナが収まったらもう一度野田の図書館で郷土資料を調べてみたい。野田市民がスト後にどんな思いを残していたのだろうか。 

 もう一冊の本は、明治日本の最大の政治課題だった不平等条約の改正で、領事裁判権の問題が日本人裁判官によって、狭い不衛生な日本の監獄に収監される懸念があった。武士の世は拷問による自供が重要視されていて、多くの冤罪があった。さらに取り調べの番屋と牢獄の環境がひどく、明治に入っても多くの未決の人が取り調べ中に病死した。また収監中の食事も肉食と米食の懸念もあった。そこで上海とかシンガポ-ルに監獄の視察に行ったようで、日本人犯罪者と異国人犯罪者の収監を調べたようだ。地道な調査が日本の監獄制度を改善し、今では取り調べ中の病死も減ったようだ。それでも江戸時代からの刑事部門の自白尊重が続いていて、たまに冤罪がある。今は監視カメラが犯罪を抑止ていて、昔の犯行が科学の進歩で解明されるのもあるようだ。
 著書の最後の方に台湾と朝鮮の監獄が日本の植民地統治の仕組みが分かりやすく書かれている。監獄が統治と文明の象徴になっているようだ。

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