たわ言

思いつくまま

民生委員

2014-05-24 15:52:30 | 日記
朝、5時半に家を出て、農産物直売所に行った。一番乗りかと思ったが誰もいなかった。今日は休みだった。 火・木・土が定日なのだが本業のお茶が忙しくなるこの時期は、休みがはいる。店の前の黒板に書いてあるのでいつも行っている人にはわかるが、時々しかいかない者にはわからない。

 折り返して畑に行った。畑は水浸し、定量水位よりブロック1枚積み増しをしても上から流れこんでくる。田植え用に池の樋を抜く初日だ。そのうち、家の裏通りの用水路から道に流れだしてくる。やっとのこと畑の他の人と二人で鉄板を捲り、詰まっているゴミ木の葉、草、ビニール袋を取って水が流れるようになった。 二人は大したことをやったと思ったが、町の人、農家の人は「詰まったのでっしゃろ。例年のことです。その家がやったらよい。」誰かがやらにゃいかんことだけど、自分に被害が来なければ騒がない。私らにとっては大きな仕事をしたと思っていたのに。

 昼寝から起き風呂の掃除をしていたら、民生委員のご来訪を仰いだ。何時も月末に来てくれているらしいが、留守にしていて久しぶりにお会いした。


 民生委員の前身は低所得層の救済、地域の社会福祉事業の活動で、大正6・7年に端を発し、昭和11年に勅令「方面委員会」で全国的展開となって、昭和23年に法律となって、社会として必要な活動を行うものとして、特別職の地方公務員として身分保障される民間の奉仕者である。  私には感じなかったが今となっては、父は方面委員から民生委員を通うじて50余年携わってきた。

 その人は当該市町村にに選挙権を有する、「人格識見高く、広く社会の実情に通じ、且つ社会福祉の前進に熱意のある者」の中から、知事または中核市の市長が推薦し、厚生大臣が委嘱する人物である。
 そうゆう有難い人にお世話になっている。有難いことか。否か。 もちろん有難いというほかはない。

 この町では2年毎か・毎年か、民生委員が交代している。この自治会には、そういう「人格識見高く、広く社会の実情に通じ、且つ社会福祉の前進に熱意のある者」が多士済々。 選ぶのに困難なほどいるんだなー。  この町の発展のためにはこの上もない限りだ。私たちは安心して生活できる。

 そこで私たちの今日の溝掃除は何たる小さいことか。    今日はそこまで。       まいる  
コメント
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