つきみそう

平成元年に出版した処女歌集の名

W家その後

2019-04-15 | 岐阜県

 昨日は恒例の同窓会ランチ。先日いろいろ届けて下さったW君にはお礼を申し述べ、その後のW家のことも聞きました。岐阜の古物商は弁柄の格子戸は引き取らなかったのに、京都の古物商は軽トラに積み込んで持って行ったそうです。時代劇の建物にでも使用するのでしょうか。彼自身の家にも軽トラ7台運ばれたそうです。灯篭は庭師さんの仕事ですから、まだこれかららしいです。総桐のタンスは、一部はご自宅へ。古物商も喜んで引き取ったとか・・・たくさん蔵にありました。

 茶室があったW家には、炭を入れる特別のタンスまであったそうです。白炭とかいろいろありますが、種類別に収納するのだそうです。これは珍しいので、ご自宅へ引き取られました。

 どうやらお祖父さまも文化人たったらしく、茶道もたしなみ、謡曲本も万葉集も使われていたようです。それに川合玉堂からの手紙まであると聞き、驚いてしまいました。吉良上野介の茶会記までも・・・

 古文書は地元の図書館が引き取り、これから整理して陳列するようです。家の周囲の土塀は、近くの「切通し陣屋」から移築されたもの。これも長屋門や蔵とともに廃棄されることが惜しまれます。蔵の中の漆器は価値のあるものと思っていたのですが、古物商は見向きもしないとか・・・私たちの観点とは少し違います。

 

この日のバイキング

天ぷらにしたらよいとK君が配布 初体験でしたがまずまずの味

 

国立博物館庭のハナモモ(9日撮影)                          ヒメモクレン

博物館庭

 

コメント (4)
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