集成・兵隊芸白兵

 平成21年開設の「兵隊芸白兵」というブログのリニューアル。
 旧ブログ同様、昔の話、兵隊の道の話を続行します!

【改訂版】「ゆっくりしてってね!」は実戦を制する?

2020-09-29 04:32:10 | 格闘技のお話
 前回、略同様のタイトルで記事を書きましたが、時が経つにつれ、読み返すにつれ、支離滅裂でトンチンカンなことを書いたな…と恥ずかしくなってきましたので、このたび再度勉強しなおしましたので、内容を全面改訂し、お届け致します。

 武道のみならず、よろずの極意に通じる道とは「弱い力でゆっくり」だそうですが、ではなぜ、それがよろずの極意に通じるのかということを冒頭、運動生理学的観点から考えていきたいと思います。
 そうしないと、以後のお話がただの経験則か、「私はこう思う」という個人的感想に終わってしまうからです。

 人体におけるよろずの動きはすべて、筋肉の収縮と伸展により構成されており、このことに例外は一切存在しません。
 人体運動のメインとなる筋収縮は、大脳から発せられた「収縮しろ!」という電気信号を運動ニューロン(運動神経)が伝え、その指示に従って、ひとつの運動ニューロンにくっついている数十~2000本の筋繊維が収縮する、という機序によって行われています。
 ちなみに、ひとつの運動神経~それが支配する筋肉に至るダンゴのことを「運動単位」といいます。以後この言葉がチョコチョコ出てきますので、覚えて頂ければ幸いです。
 で、「運動単位」は強い力を発揮すればするほど多く動員され、弱い力であればその真逆の現象が起きます。繊細な動きであればあるほど、運動単位は少なくなる。当たり前といえばごく当たり前のことなのですが、意外とこの点が、こと「戦うトレーニング」においては見逃されがち…というより、過小に認識されているのです。

 先ほどお話しした運動ニューロンの発達に最も有益なのは「ヘッブの法則」。
 カナダの心理学者ドナルド・ヘッブが提唱したもので、ウィキペディア先生によると同法則は「ニューロン間の接合部であるシナプスにおいて、シナプス前ニューロンの繰り返し発火によってシナプス後ニューロンに発火が起こると、そのシナプスの伝達効率が増強される。また逆に、発火が長期間起こらないと、そのシナプスの伝達効率は減退するというもの」。もっとザックリした言い方をすれば、「同じ動作を繰り返すことで運動神経が自らを最適化する=運動神経と筋繊維との間のつながりが強化される」というもの。
 要するに、「同じ動作を繰り返せば、その動作で使う運動神経が発達し、その動作が上達していくよ」ということです。
 これは武道・格闘技の動作のみならず、人生ヨロズのことに該当するでしょう。

 この「ヘッブの法則」をふまえたうえで、ここから「弱い力で、ゆっくり」の真意を探ります。

 運動神経と筋繊維との相関関係に関し、いまひとつ無視できない原理原則があります。それは「サイズの原理」。
 これは「人体における活動は、運動単位の小さいものから順番に動員されていく」というもので、よほどの例外を除き、人体のヨロズの活動はこの原理から逃れることはできません。
(なお「例外」は、筋トレにおけるエキセントリック収縮局面だけです。)
 人体の中にある筋肉は、持久力系の遅筋繊維と、瞬発力系の速筋繊維の2種類があり、運動単位の小さいもののほとんどは、遅筋繊維とくっついています。
 速筋繊維を動員するためには、最大筋力の50%以上(65~70%1RM。ベンチプレスMAXが100キロのヒトが、70キロを上げるくらいの出力イメージを持ってください)が必要…これはかなりの高出力であり、武道・格闘技系のトレーニングにあって、ここまでの出力を必要とする局面は珍しいといえましょう。
 このあたりに「弱い力でゆっくり」を理解する要素があります。

 武道・格闘技の技能習得には「ヘッブの法則」に基づいて反復訓練を行い、その動作に関与する運動神経を発達させ、運動単位を増やしていくことが不可欠で、しかもその「反復」は「正確に、たくさん」ということを常に念頭に置かなければなりません。
 実はワタクシ、空手の師匠…とはいっても直接の師匠ではなく、センセイのセンセイみたいな方に、「技の反復練習では、どのように負荷をかけて行けばいいんでしょうか?」といった、今から考えると無知蒙昧&バカとしかいいようのない質問をしてしまったことがあります。
 師匠は哀れな子羊を諭すように、優しくこうおっしゃいました。
「技の練習は負荷なんてかける必要はありません。正確にやることが、最も高い負荷になるんです。」
 嗚呼、今にして師匠の師匠がかけてくださったやさしいお言葉の真意をようやく知りました。不肖の孫弟子をお許しください。
 よく、ゴルフをやっているオヤジが単なる思い付きで、「そうだ、スイング練習のときに負荷をかけたら、いいトレーニングになるぞ!」とか言って、ダンベルでスイングをしたりするアレなんかは、「正確に、たくさん」を大きく損壊する愚行中の愚行であり、以前のワタクシと全く同じバカさ加減だと断じていいものです。それはさておき。

 「正確」と「たくさん」を同時に満たそうと思った場合、その運動は間違いなく、運動単位の少ないもののほうが有為であることに疑いはありません。
 弱い力で「正確に、たくさん」を繰り返すことで、運動神経の発達と最適化が漸進的に進みます。
 技は正確に施術すればするほど、技自体が持つ「威力」に正比例することは論を俟ちませんから、「正確に、たくさん」はいわゆる「技神技に至る」ための、遠いようで実は一番近い一本道だったりするわけです。
(ただ、反復練習の実施にあってはこの「正確にやる」を履行するのがいちばん困難です。自分ではなかなかわかりにくい。かつて武道技の伝授方法が、師匠と弟子のマンツーマン方式だったのも頷けます)

 また、実際に立ち会った場合にあっても、「弱い力でゆっくり」は意外な威力を発揮します。
(なお、以下はワタクシの単なる考察であり、また、施術する人が「実戦」というもののありようを熟知した方である、という前提でお話しします。
 従って、格闘技のドシロウトさんや、「実戦」に一家言なき方がいきなり「弱い力でゆっくり」を実戦で供与した場合、どういう末路を迎えるかというのは言うまでもありませんので、その点はご了知下さいませ。)

 いわゆる実戦においては、「弱い力で、ゆっくり」動き出すことの重要性について、以下のように挙げることができると思います。
① 自らの地歩をしっかり確実に作ることができるので、実戦において自分を最も窮地に追い込む転倒やスリップの危険性が確実に低減する
②実戦にあって重要な、「自分のエネルギーをロスなく相手に投射すること」を正確に実施しやすくなる
③可能な限りゆっくり動くことで上体のブレをなくし、相手にいわゆる「技の起こり」を読ませないようにすることができる
④そのほか、いわゆる実戦においてよくある「頭に血が上る」ことに起因する自爆行為を低減させることができる

 以上、くどくどと長く記載しましたが、「弱い力でゆっくり」は神経系の発達に有為…つまり、非日常的な動きを合理化するにはかなりの有効性がある、ということを以て、本稿のシメとさせて頂きたく存じます。
 

3 コメント

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Unknown (老骨武道オヤジ)
2020-09-29 16:48:10
弱い力で“正しい技を”ゆっくり反復する・・“”の語句を私なら加筆いたします。実はこの“正しい技”がちゃんと理解できるかが実に難しい!人並みの素質&凡人努力型の人間は“正しい技”を老境に至っても見せることが出来る師につかないと無理ですね・・チャンチャン!!
Unknown (老骨武道オヤジ)
2020-09-29 17:02:48
スミマセン!他の文節に“正確に”という語句がちゃんと入ってましたね、「弱い力でゆっくり」のフレーズが目立ちすぎてついついコメしちゃいました、失敬!!
いえいえ、ありがとうございます! (周防平民珍山)
2020-09-29 20:56:39
 老骨武道オヤジさま、ぜんぜん謝られることはございません!むしろ、毎度毎度細かいところまで読み込んでいただき、この点につきましては本当に、感謝以外の何物でもございません。いつもいつも、本当にありがとうございますm(__)m。

 大変な余談ではございますが、ワタクシがアマレスをガッチガチに習っておりました29歳のころ、同じ道場でお昼にやっていたご婦人用太極拳のクラスに、アマレス仲間2人と参加しましたが…ワタクシは芦原会館にいたため、「腰を落とし、ゆっくり動く」ことに慣れていたためなんとか持ちましたが、ほかの2人はアマレスで鍛えていたにも関わらず、全く質の違う「腰を落としてゆっくり動く」に耐えられず、簡化24式の套路を3回繰り返しただけで、足腰がガッタガタになっていたのを思い出しました。

 「弱い力でゆっくり、そして正確」は、運動強度的にもバカにならないというより、「運動強度をそれ以上上げられない」という要素もあったんだな、なんて思ったりもしました。

 またよろしく、ご指導ご鞭撻お願いいたします!

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