集成・兵隊芸白兵

 平成21年開設の「兵隊芸白兵」というブログのリニューアル。
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霊魂の鐘を打つ人・杉田屋守伝(第28回・最後の広陵戦!リベンジの万能野手オッチャン)

2017-07-13 21:38:12 | 霊魂の鐘を打つ人・杉田屋守伝
 第12回山陽大会で事実上の決勝と目された広陵―柳井の一戦、スタメンは以下の通りです。
【先攻・柳井中学】
1番キャッチャー加島秋男・2番センター川本昇・3番ファースト久甫侃・4番サード杉田屋守・5番ピッチャー清水光長・6番レフト田中清人・7番セカンド鶴田英雄・8番ライト川近勝・9番ショート井上高明
【後攻・広陵中学】
1番セカンド牧野明治・2番ショート武智稔・3番サード角田隆良・4番キャッチャー吉岡米蔵・5番センター谷原博・6番ピッチャー田岡兵一・7番ライト三浦芳郎・8番ファースト山城健三・9番レフト中尾長

 柳井は打撃好調の加島、川本、久甫、オッチャンで打線の先頭を固め、早めの得点を企図した打順を組みます。
 対する広陵は、センバツから同打順の打者が1、7、9番だけという大幅な打線入れ替えを行い、必勝を期しました。

 試合は大方の予想通り、息詰まる投手戦となりました。
 センバツ優勝投手である広陵エース・田岡は初回から速球でひた押しに押し、また、変化球もシュート、ドロップと冴えわたり、好調柳井打線を封じ込めます。
 一方、体調が万全ではない柳井エース清水。本調子の投球ではないものの、コーナーを丹念に衝く投球で決定打を許さず、また、エースの力投をバックが守備で盛り立てます。  
 広陵は2、3、4回と、全て先頭打者がヒットで出塁するものの、主将の捕手加島がこれらのランナーの二盗を完全に封殺。得点圏への進塁を許しません。
 また3回裏には、広陵7番三浦のレフトフェンス際への大飛球を、柳井レフト田中が背走一番ダイビングキャッチするなど、柳井の好守に広陵はなかなか付け入るスキを見出すことができません。

 この試合、先制したのはセンバツ優勝校の広陵。5回裏には一死二・三塁の好機に7番三浦の犠牲フライを放ち、先制の1点を挙げます。
 しかしその後の広陵は、なかなか追加点を挙げることができません。7回裏にはノーアウト一・二塁のチャンスに加え、柳井の捕手加島が負傷退場、オッチャンが捕手に入るなど、絶好の追加点のチャンスを迎えながら、後続が続かず無得点。8回裏には1番牧野がヒットで出塁したものの、オッチャンに二盗を見事に刺されるなど、センバツ王者らしからぬ拙攻を重ねます。
 ここで注目してほしいのは、センバツでは急造捕手として、広陵に走られ放題に走られたオッチャンが、夏には普通に広陵の選手の盗塁を刺せるようになっていること。キャッチャーという専門の練習を要するポジションにいきなり座らされ、わずか数か月で本職以上の仕事をこなせる。しかも夏のちょっと前までは投手もさせられている…オッチャンのずば抜けた野球センスが伺えます。

 ここまでの試合展開としては、完全に広陵が主導権を取り、柳井が堅守でなんとか耐えている、というものでしたが、柳井は最終回、ついに千載一遇の反撃のチャンスを迎えます。
 9回表、柳井の先頭打者・3番久甫はストレートの四球で出塁。続くオッチャンもショート強襲の内野安打で続き、無死一・二塁。ここで5番の清水がエンドランを決め、清水だけがアウトとなり、一死二・三塁と一打同点、あわよくば逆転のチャンスを迎えます。
 このシビれる局面で真っ先に心が折れたのは…なんと広陵エースの田岡でした。
 このチャンスで打席に立った6番田中へのサインはスクイズ!柳井の名将・鈴木監督は、センバツ準決勝で田岡が見せた、フィールディングの悪さを忘れていませんでした。
 田中は初球を見事、ピッチャー前に転がします。しかし、田岡はこのなんでもないバントゴロを弾いてしまい、三塁ランナー久甫は悠々のホームイン。センバツ準決勝のときにも同様のシーンがあり、その際には主審の佐伯達夫から「滑り込まなかったからお前はアウトだ」などと、因縁にも似たジャッジを下された久甫でしたが、今度は完璧なセーフで同点としました。柳井はなおも、一死一・三塁のチャンス。
 鈴木監督はこの機を逃さず、7番鶴田にも連続のスクイズを指示。鶴田はこれまた見事に、三塁線上に勢いを殺した見事なバントを決めます。田岡がマウンドから猛然とダッシュ、これを処理しようとしましたが、またまたタマは田岡のグラブを弾き、三塁ランナーのオッチャンは一気にホームへ。柳井、ついに勝ち越しの1点をもぎ取ります。
 最終回での連続得点に、押せ押せムードに沸き返る柳井ベンチと応援団。しかしさすがはセンバツの覇者広陵、捕手吉岡の見事な三塁牽制球で田中を憤死させ、8番川近をショートフライに打ち取り、柳井にそれ以上の得点を与えません。

 広陵最後の攻撃となる9回裏は、打順良く2番武智から。一人出れば、センバツで優勝と栄冠をほしいままにした強力クリーンナップが控えています。
 しかしこの日の清水には、1点のリードがあれば十分でした。
 広陵の山崎数信監督は、きょう2打席ノーヒット1三振と、清水の前に分が悪い武智を下げ、大浜静を代打に送ります。
 しかし大浜は三振に倒れ、強打の3番角田もショートフライ。4番吉岡はサードゴロ…エース清水は見事最終回を3人で片付け、宿敵広陵を倒したのです。
 柳井は前年夏の山陽大会準決勝で、前々年夏全国優勝の広島商業を倒しておりますが、この夏の準決勝でもセンバツ優勝チームの広陵を食うという、2年連続のジャイアントキリングを見せつけたのです。

 「春全国優勝の広陵が柳井にまたしても敗れる」の報は、広島市内の野球ファン、とりわけ広陵ファンを震駭、落胆させました。試合前「広陵が負けたら、ワシャあ腹を切る」といきまいたていたファンがおり、引込みがつかなくなって本当に切腹してしまったそうです。幸い一命は取り留めたそうですが。

 柳井の昨年のチームカラーを表現するなら「基本プレーの徹底とスモールベースボールの堅持、あとは初出場独特の騎虎の勢い」でしたが、この年の柳井はさらにそこから長足の進歩を遂げ、各人が勝利に向かって何ができるかを考え、実践できるチームになっていました。そして、その「チームの成長」を象徴する存在こそが、打って、投げて、守ってと何をやらせても不屈の闘志で完璧にやり遂げるオッチャンでした。
 翌日の新聞でも、オッチャンは一等高い評価を受けております。
「柳井は昨年の精悍と猪突振りはないが、遊撃二塁がやや物足らない外はよく充実したチームで杉田屋の上達振りは特筆に値し、加島、清水、久甫は一軍のスターといえる。」(大正15年8月6日大阪朝日新聞)

 柳井、2年連続の甲子園まであとひとつ!

【第28回参考文献】
・「柳井高等学校野球部史」柳井高等学校野球部史編集委員会
・「山口県高校野球史」山口県高等学校野球連盟
・「ホームラン2016年9月号臨時増刊 歴代春夏甲子園メンバー表大全集」
廣済堂出版
・「毎日グラフ特別増刊 センバツ野球60年史」毎日新聞社
・朝日新聞 広島の50大会史(昭和43年5月22,23日付。朝日新聞デジタル「バーチャル高校野球」内掲載)