昨日の日曜日、山に出掛けました。街の桜は満開ですが、山の上はまだ固い蕾のままでした。「見ごろは次の週末あたりか」と思いつつ、どういう訳か太平記に出てくる児島高徳の話がふと頭に浮かびました。
鎌倉幕府への謀反を企てた後醍醐天皇が隠岐の島へ流されるのを、児島高徳は救おうとしましたが、果たせませんでした。せめて自分の忠節を示そうと、後醍醐天皇が道中泊まった宿から見える桜の木に漢詩の一節を刻みます。
その一節とは、
天莫空勾践(天勾践を虚しうすること莫れ)
時非無范蠡(時に范蠡無きにしも非ず)
これは、中国の春秋戦国時代、呉に敗れた越王勾践を范蠡が助け、逆に呉を滅ぼした故事にならい、後醍醐天皇にも范蠡のような臣下が現れると励ましたものです。
山で桜が咲いていなかったことと、児島高徳の話は全く関係ありませんが、「今日桜が見られなくても虚しく思うな、もうしばらくすれば見られないこともない」と読み替えてみたくなったのでしょう。
桜には少し早かったものの、足元に目をやればスミレの薄紫、ニリンソウの白い花々がちょうど盛りと咲いていました。
鎌倉幕府への謀反を企てた後醍醐天皇が隠岐の島へ流されるのを、
その一節とは、
天莫空勾践(天勾践を虚しうすること莫れ)
時非無范蠡(時に范蠡無きにしも非ず)
これは、中国の春秋戦国時代、呉に敗れた越王勾践を范蠡が助け、
山で桜が咲いていなかったことと、児島高徳の話は全く関係ありま
桜には少し早かったものの、足元に目をやればスミレの薄紫、ニリ