花・伊太利

日々の生活に関する備忘録です。

ユージン・スミスの廉直

2021-12-29 09:42:21 | Book
(※朝日新聞朝刊連載「折々のことば」風に)

 「ジャーナリストが目指すべきことは、自分の主観に責任を持つことだ」

 水俣病の実態を世界に伝えようとした写真家のユージン・スミスは、客観的であろうとするより、主観から逃れられない自分に責任を持てと言う。彼は、写真を見る人たちへの責任と、被写体への責任を果たせとも語った。自分の責任に対する覚悟があれば真摯さが生まれ、客観的な態度で対象と向き合うことになる。当時、学界の重鎮たちは科学の名の下、病の原因を海に捨てた爆薬だ、腐った魚を食べたため、あるいは農薬が海に流れ込んだとして、熊本大学医学部の有機水銀説を切り捨てた。さて、客観の皮をかぶった無責任は、今ものさばってはいないだろうか。

石井妙子著 「魂を撮ろう」(文芸春秋刊)から

自由であるために

2021-12-26 14:45:07 | Book
(※朝日新聞朝刊連載「折々のことば」風に)

 「みんなが自由であるためには、ちゃんと支え合わなきゃいけない」

 政情不安からフランス南部に移り住んだラオスのモン族は、ズッキーニ栽培というニッチを得る。それはニッチを探した結果ではなく、自由な生き方を優先した末にたどり着いたものだった。モンの人たちは指図され支配されることを嫌い、我慢できなくなれば住む場所を変える。ブルーオーシャンを求めて自分をアジャストさせるのとは逆に、ブルーオーシャンに巡り合うまで自分を貫く生き方だ。ただ、自由に生きるためにはセーフティーネットがなければならず、互いに支え合うことへの信頼が表裏一体をなしている。

「働くことの人類学」(黒鳥社刊)から

胃が違う

2021-12-25 14:54:25 | Book
(※朝日新聞朝刊連載「折々のことば」風に)

 「(牧畜民の交渉は)十分に両者が納得できるだろうところまで、徹底的に折衝していく」

 エチオピアの牧畜民「ダサネッチ」にとって意見が違うことは、「俺とお前は胃が違う」と表現される当たり前のこと。相手を論破するより、腹の中をとことん出し合い妥協点を見つけていく。そうしなければ自分たちの決定と感じられない。違うからこそ協力するために話し合おうと考える。日本でも「個の尊重」が言われる。しかし、相手の意見を尊重しているように見えて、違いに向き合うことを諦めて深く関わらないこと、あるいは無関心なことを正当化しているだけではないか、と文化人類学者の佐川徹さんは言う。これもまた耳に痛い言葉である。

「働くことの人類学」(黒鳥社刊)から

ルールぼけ

2021-12-23 19:01:00 | Book
(※朝日新聞朝刊連載「折々のことば」風に)

 「ルールなんだから守らなきゃいけないと思考停止」 

 ルールを決めて、それに従うやり方はブッシュマンになじまない、と文化人類学者の丸山淳子さんは言う。ブッシュマンは都度いちから話し合い、相手の考えを探りながら、合意を形成していく。私たちはと言えば、それを面倒くさく感じ、最初にルールを決めて、それを守っていく方がうまく回ると思っているし、慣れている。しかし、社会の安定性が崩れたらどうだろう、ルールが通用しなくなったらどうだろう?ルールを守る一方、実は思考を停止してはいないか。ブッシュマンは状況を見ながら、ちゃんと考える賢さがあるようだ。丸山さんの対談相手である同じく文化人類学者・松村圭一郎さんの指摘に耳が痛い。

「働くことの人類学」(黒鳥社刊)から

ひとつのことをしなきゃならないの?

2021-12-22 19:27:00 | Book
(※朝日新聞朝刊連載「折々のことば」風に)

  「新しいことが来たら古いことはやめるものだ」と思い込んでいた

 ブッシュマンは政府から定住化を促進され、キリンを獲っていた人がスーパーでフライドチキンを買うようになる。決まったところに住んで農業や牧畜をすることに抵抗はなく、病院や学校へも行くようになったものの、行きたい時には狩りにも行く。賃金労働で定期的な収入がある生活が良くて、狩猟採集生活は遅れている、そんな思い込みがあるのではないかと、文化人類学者・丸山淳子さんは気づく。その時々でやりたいことをする、ブッシュマンの生き方は、新しいものを取り入れ、古いものを捨てることに疑問を抱かなくなった私たちに解毒作用をもたらす。

「働くことの人類学」(黒鳥社刊)から