ウォーキングカメラマン

“お歩きさん”をした時に出くわした心に残った風景、光景、人物などを撮る!!

壺焼き店が並ぶ岬&大陸進出の拠点

2021-06-30 01:40:10 | 佐賀県

2021年5月3日(月)

波戸岬は、東松浦半島の北端にある岬であり、掘っ建て小屋のような建物にサザエの壺焼きの店がズラリと並ぶ。同じ半島にある名護屋城は、秀吉が大陸進出への拠点とした。

波戸岬。

波戸岬のビーチ。

なぜか韓国済州島の守り神の石像トルハルバンがビーチに2体あった。ここから西へまっすぐ行くと済州島に到着するからかな?

写真右側に海に突き出ているのは海中展望塔。昔、入場した時、メバルとスズメダイがたくさんいた記憶がある。今回は入場せず。

サザエの壺焼き小屋。波戸岬の目的はここ。たくさんの店が横一列に並んで生きたサザエをその場で壺焼きにしてくれる。サザエ3~4個で500円。他にアワビ、イカ焼きがある。

名護屋城。秀吉の朝鮮出兵の拠点の城。現在は石垣しか残ってない。全国より、辺鄙なこの地に伊達、徳川、前田等20万人が集められた。当時では大阪城に次ぐ規模の城。

天守閣があった場所。

天守台からの眺望。呼子大橋が見える。

天守台からの眺望。天守閣の基礎の跡かな。天守台には5層7階(地上6階、地下1階)の天守があった。

天守台から本丸(土手のように囲まれたところ)を眺望。

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イカが有名な日本三大朝市の街を歩く

2021-06-27 17:21:51 | 佐賀県

2021年5月3日(月)

唐津市呼子町は、佐賀県北西部にあり、玄海灘に面した天然の良港として栄えた。イカの活造りが有名であり、呼子の朝市は日本三大朝市のひとつに数えられる。

呼子港。呼子は玄界灘に面しリアス海岸を形成している東松浦半島北部の湾の奥に位置していて、天然の良港となっている。

いか活造りを提供する店がかなりある。

呼子朝市。輪島、勝浦とともに日本三大朝市のひとつ。昔、ここでマンボウの刺身を購入して食べたが、食感も色もナタデココのようで、まずかったが、今回はみかけなかった。

漁協で古くから栄えた街だけあり、朝市の通りを突き抜けてまっすぐ行くと古い風情のある街並みが残る。

 

 

集落は密集してるので、港にでる狭い路地がたくさんある。写真は港側から撮影。

呼子大橋。玄海灘に浮かぶ"加部島"と呼子の街を結ぶ。

港沿いの広い道路でイカや魚の天日干し。

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日本の磁器発祥の街を歩く

2021-06-26 01:25:39 | 佐賀県

2021年5月2日(日)

有田町は、佐賀県西部の内陸にある長崎県境の街。朝鮮出兵の際、朝鮮から連れて来た陶工によって日本で初めて磁器が焼かれた。磁器生産の中心の街並みは、重要伝統的建造物群保存地区。

 

JR上有田駅。重要伝統的建造物群保存地区である内山地区への最寄駅。JR佐世保線の無人駅であるが木造で雰囲気が良く、中にCAFEがある。

内山地区のメインストリート。有田焼で栄え、昔からの古い建物で、有田焼を販売するたくさんの商店があり、重要伝統的建造物群保存地区。

トンバイ塀の通り。窯を造る耐火レンガ(トンバイ)を利用した塀や建物が並ぶ通りで、内山地区のメインストリートから入った裏通り。

 

 

宮内庁御用達の深川製磁の工房。1900年のパリ万博に出品し海外でも評価を得た。現代風の工房でなく、昔の学校のような木造建築がいい味を出している。

深川製磁。やっぱりいい値段がついている。

 

 

陶山神社。鳥居、燈篭が有田焼でできている。この写真には写っていないが、狛犬も陶器。やきものの神様

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竜宮城のような門がある温泉街を歩く

2021-06-23 00:52:31 | 佐賀県

2021年5月2日(日)

武雄温泉は、1300年の歴史がある温泉で、歴史上の多くの偉人が入湯した記録が残っている。温泉街のシンボルは国の重要文化財に指定されている竜宮城のような楼門。

 

武雄温泉楼門。東京駅、日本銀行本店などを設計した佐賀県出身の建築家辰野金吾の設計。入湯券を見せると無料で楼に登ることができ、楼の内部にいるボランティアの方に説明してもらった。

武雄温泉新館。楼門を通り抜けたところにあり、楼門と同じく辰野金吾設計で国の重要文化財。無料で見ることができる武雄温泉の資料館になっている。

武雄温泉新館の2階内部。1階には資料が展示してある。

武雄温泉共同浴場。これも楼門を通り抜けたところにある。入湯したが美人の湯というだけあり、肌がツルツルになった。武雄温泉には豊臣秀吉、伊達政宗、吉田松陰など歴史上の人物も入湯。

武雄温泉の歓楽街。正面にシンボルの楼門が見える。

大型の温泉旅館も立ち並ぶ。

古い、重厚な洋風の建築物があった。昔の病院かな?

温泉街にある長崎街道物語公園。武雄は長崎街道の宿場町であった。

 

 

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酒蔵地区と茅葺屋根の地区が重要伝統的建造物群保存地区となった街を歩く

2021-06-20 23:46:39 | 佐賀県

2021年5月1日(土)

肥前浜宿(鹿島市)の”浜中町八本木宿“は酒蔵が多くあり、そこから川を渡った“浜庄津町浜金屋町“には茅葺屋根の家屋が多くあり、いずれも重要伝統的建造物群保存地区になった。

 

浜中町八本木宿の酒蔵通り。左の建物は、現在は観光案内所であるが、かつては宿場に置かれた旅人の荷物等を次の宿場へ中継する問屋で“継場“と言われた。

酒蔵通りには、酒、醤油などの醸造業で発展し、現在も約600mの通りに3軒の酒造会社がある。

白壁が美しい。

鹿島もやはり佐賀と同じように恵比寿さんを見かける。

酒蔵通りの西端付近にある酒蔵会社の玄関。

レンガ煙突での銘柄をPR。

酒蔵通りの裏は浜川という川が流れていて、向こう岸にはもうひとつの重要伝統的建造物群保存地区“浜庄津町浜金屋町"がある。

浜庄津町浜金屋町。浜川が有明海に注ぐ河口付近にある漁村集落で、茅葺の家屋が多数ある。

トタンを被せた茅葺屋根。茅葺の最もたくさんあるメインのところは工事中の足場が組んであったため、残念だがUPしない。

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