古民家ギャラリーうした・ガレッジ古本カフェ便り

古民家ギャラリーうしたと隣のガレッジ古本カフェで催している作品展、日々の発見!、書評、詩などを紹介していきます。

日本細末端真実紀行      椎名誠

2020-04-29 14:28:38 | 本の紹介
角川文庫   昭和59年

シーナさんが80年代の渋谷のスペイン坂にウスラ沢野

さんと共に降臨し、なにやらいたすという「渋谷スペイン

通りはハズカシ通り」。

他にも倉敷、八丈島、神戸異人館、飛騨高山などに出没し

実況中継風な切り口で旅して回る。

ひたすら旅というものがお好きなのだなあ、と思う

のだが、80年代というのはきっと日本も日本もそれなり

に旅して楽しかったのだろうなあ、と思うのだ。

そりゃ、シーナさんは文句を放言し尽くしているけれど、

それでも、そういいつつそれを楽しんでもいたと思うのだ。

昭和59年、僕は13歳だった。多感でまさに厨二病まっしぐら

のころの僕にこの本を読ませてやりたかった......合掌。

                  (鶴岡 卓哉)



















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断崖     鶴岡卓哉

2020-04-23 09:24:15 | 詩・ポエム
もうこの世とは絶縁しようと思う

この隔絶された世界で満月を見た

僕の喉はカラカラで体中に罅(ひび)が入っている

心の奥底で怪物達は哄笑して

僕をこの世から突き落とすのだ

すなわち僕はこの世には必要のない人間で

ただのバカどもの一人に過ぎないのだ

それとも隅ですすり泣く朝飯を怖がる

ただの愚弄された患者なのだ












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ジョン万作の逃亡     椎名誠

2020-04-22 15:12:20 | 小説の紹介
角川文庫   昭和59年

ボクは間違って考えていた、「ジョン万次郎」と「ジョン

万作」を間違えていたのだ。

「ジョン万作」とは犬の名前であり、ボクが想像していた

のとは全く違っていた。宗教がらみの構成のしっかりとした

凝ったつくりの話しだった。いや、これはすっきりと書かれていて

そのスゴさはちょっとわかりづらいかもしれないが、この作

品集に入っている作品すべてに「小説」の可能性に挑戦する

姿勢が見て取れる。

「悶絶エビフライライス」はハードパンチャーな作風ストーリー

なパンクだ。いや、これをパンクと言わずしてどうする、という

感じだ。この作品集の中で一推しである。

ただ、目に割り箸をツッコンで痛くないのかなあ、と思う。いや、

相当イタいはずだ。つまようじを頭に刺すのもイタいだろうしさ

あ。ああ、やっぱりこれはパンクだ......合掌。


















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熱風大陸 ダーウィンの海めざして  写真・山本皓一  椎名誠

2020-04-21 14:01:34 | 本の紹介
講談社文庫   1987年~1988年

気温が70度にもなろうかというようなところ、

オーストラリアを縦断していく。あやしい探検隊

としては、はじめて探検をしたんじゃないでしょうか、

というくらいの旅。

ボクは日本の夏でもイヤなので、きっとダメでしょうねえ。

でも、湿気はないみたいですね。ハエがいっぱいいるみた

いです、それもイヤですね。なぜそんなところにいこうと

思うのか、わかりかねますが、敬愛するシーナさんは、80

年代にいっちゃってるんですねえ。

また、夏がきますよぉ、ヤですねえ、暑いですよぉ。

あー、いつまでも冬だったらいいのに......合掌。























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でか足国探検記     椎名誠

2020-04-17 08:40:10 | 本の紹介
新潮文庫      1995年

ボクが雲古をたべる夢をみたりするのは異常では

ないのか、とつねづね思っていたのだが、シーナさん

もついに雲古を食う夢を見た、と書いておられて、そ

ーか、やはり雲古をたべる夢を見る人っていうのは、

サイノーがあるっていう証なんだな、と頷いたのだった。

そして、糞便学ともいうべき、クソに対する考察は興味深い。

もし人間がうさぎのようにころころした雲古をしたらどうな

るだろうか、などとボクは思った。ケツにも残らないし、数千

万年後の人間はそうなっているのかもしれぬ。

キタヴァ島で島民とサメ肉の焚火焼きを食し、うまい、という

言葉を教え合っているその様はつくづく美しいのであった。

わしは文明の象徴の直線と直角の世界で生きていくよ、それが

宿めだ......合掌。

                   (鶴岡卓哉)




















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ハマボウフウの花や風     椎名誠

2020-04-13 20:20:25 | 小説の紹介
文春文庫    1991年

「倉庫作業員」や「皿洗い」はいってみれば、プロレタリアート

ともいうべき労働小説であると思うのだが、椎名節も影を潜め

実にマジメに小説しているのだった。

「倉庫~」は山田洋次監督によって「息子」という映画になり、

「三羽のアヒル」は自身監督によって映画化されたという。

どれも大なり小なり私小説という形をとっているらしい。

うーん、なんだプロレタリアートもこんな風な切り口にすれば

読み物としておもしろくなるんだ、と納得した。

しみじみと人はそれぞれ人生というものを生きているのだなあ

、と思ったのだった......合掌。













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わたしの旅に何をする。     宮田珠己

2020-04-11 11:05:53 | 本の紹介
幻冬舎文庫    2000年

何度か取り上げさせていただいた宮田珠己さんだ。

珠己さんは「たまき」と呼んで、男であるということだ。

また、珠己さん自身をタマキングと呼び、読者ファンを

タマキンガーというらしい。しらなかった。じゃあ、僕は

タマキンガーというわけか。

これは、珠己さんが執筆一本でやっていこうと決意

されるころの話しだ。

スーパーポジティブな珠己さんだが、まさにキング、傍

若無人である。

これを読んでいると、もっと心理的に攻めて生きていっても

いいのではなかろうか、と元気がでてくるんである。

もっとお気楽に、自分は殿である、と思い込んで生きていく

のもアリなのでは、いや、僕の場合ははた迷惑なだけか、

やっぱりね、と思いつつ、いやいや、それではいかん、などと

ほざいているのであった......合掌。































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土星を見るひと      椎名誠

2020-04-07 11:22:54 | 本の紹介
新潮文庫   1989年

7篇からなる私小説的短編集。

シーナさんは1985年ころから1994年までの十年間に

たぶん七十冊以上出しているのではないか。一年に9冊

ってときもあったとか。

そりゃ、それだけ出せば、重複してくるネタがたぶんにで

てくるわけでさ。もう僕くらい読み込んでいると(といっても、

僕より読んでいらっしゃる方も多いとは思いますが)、あっ、

これはあれだな、とか、すぐにわかってしまう。これはあの

人だ、とかね。冒頭の作品の「うねり」では、新たな手法で

攻めてくる。スーパーフィクションなのか、と思うような

作りだ。

同じモノを書く心境って言うのはどういうものがあるんだ

ろう。僕にはよく推察できないのだった。同じネタばかりやる

芸人とかね。そりゃ、ダメだろう。あっ、オレ、シーナさんディス

ってるわ、やばいやばい、そんなつもりじゃなかったんだけどな

......合掌。





































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少年の夏      椎名誠   写真・佐藤秀明

2020-04-05 10:58:59 | 本の紹介
新潮文庫   昭和62年

「岳物語」の中でもはなしとしてでてくるストーリー。

本文の中ではわからないようになっているが、ミッタンと

とったんという僕の中ではすごい有名な二人もでてくる、

あと岳くんね。

いわゆるスタンド・バイ・ミーだと思うのだが、男という

形で登場する野田さんの存在が大きいだろう。

三人の師になる人で、案内人というかね。まあ、人生の。

あぁ、僕にもこういうオトナとか友人がいたらなあ、と思う

のだが、よく考えたら僕にもその頃遊んでいた友達が

何人かいたことに思い至った。そうか、僕にもおったんやな、

としみじみ思った。あの夏の日の午後、少年の僕はなにを

思い描いていたんだろうなあ。あっ、庄内古川でする釣りの

ことで頭はいっぱいだった.......合掌。
















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