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息子、帰る。

2014-05-08 23:31:31 | 日々の生活

5/8

 あと二日で息子は生後4ヶ月。これまでのことをざっとまとめてみようと思う。

 1/10に生まれた息子は40日ほど岐阜大学医学部附属病院(以下岐大病院)のNICUで過ごした。NICUというのは予定日より早く生まれ発育が十分でなかったり何らかの疾患を抱えたりして生まれてきた赤ちゃんが入る治療室だ。ウチの息子の場合は予定日より2ヶ月弱、1508gという低体重で生まれてきたためにここで過ごすことになった。呼吸や室温、湿度といったものを管理してもらい標準的な赤ちゃん並みの体重まで発育するまでここで過ごすことになる。もっとも技術の進歩はめざましく、体重以外はこれといって不安要素のない息子はNICUのナースさん達と楽しく暮らしていたようだ。インターネットで検索をかけると1000gを切って生まれてきて元気に成長している子供たちの話なんてザラでウチの息子が順調に成長していくことは今の世となっては奇跡でもなんでもない。ありがたい時代に息子は生まれた。

 とはいっても僕達親からすれば彼のNICU暮らしはハラハラドキドキもので、面会に行ってやれ「さっきまで元気に起きていました」とか「今日はミルクを10cc飲みました」などという話を聞かせてもらうたびやきもきしながら保育器の中の息子を覗き込んだり、手だけを入れて頭をなでたりしていた。

 NICUから出てもよい、ということになると保育器からも卒業で、NICUと棟続きのGCUというところに移る。心拍数や飽和度などを表示するモニターもNICUより一回り小さくなり、更にウチの息子は繋がれてもいなかったりで退院へのカウントダウンといったところだ。

 そうして2/20息子は無事岐大病院を退院した。最後の一晩は嫁が病院に泊まりこんで彼を世話した。今後の予行演習、ということだ。息子と嫁は名古屋の実家に里帰りした。その後僕は休みのたびに嫁の実家を訪問する、という生活になった。3日おきや4日おきに息子と対面することになるわけだが明らかに大きくなっていく。それを実感できるのがうれしかった。

 嫁と息子が名古屋で2ヶ月あまりを過ごした4/23、僕が名古屋へ迎えにいきこうして大野町での親子の生活が始まった。息子は夜中も突然泣き出しミルクをせがむ。嫁は慣れた様子でミルクを飲ませる。僕は必死の思いで起きてそれを手伝う。そんな毎日の繰り返しで今に至っている。

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そして父になる。

2014-02-23 08:30:28 | 日々の生活

さかのぼること 1/10

 「その日」は突然やってきた。

 嫁がそれまでかかっていた産婦人科の診察で転院を勧められ岐阜大学医学部附属病院(以下岐大病院)への紹介状を書いてもらったのが8日。この日は初診のはずだった。僕はといえば別件で出先にいて用事を済ませた11時過ぎに携帯が鳴る。「入院することになった」というものだった。

 はじめは検査入院みたいなものだろうと考えた。自宅には何があってもいいようにと随分前から一通りの入院のための荷造りがしてあってそれを車に詰め込んで母と一緒に岐大病院に向かう。転院を勧められる前から道順などはリサーチしてある。ここまでは万全だ。

 駐車場に到着すると嫁が出向いてきていて僕たちに手を振って出迎えてくれる。整理しておくと嫁は自分でクルマを運転してここへ来た。入院ともなれば帰りはどうなるかわからない、ということで僕と母は母のクルマでここへ来た。僕は嫁のクルマで自宅に戻ればよい、という計算だ。これまた万全の体制だ。

 昼食をどうしたのかはよくは覚えていない。自宅で食べてから出発したのかそれとも岐大病院構内にあるローソンで調達したのか・・・ちなみに病院内にはタリーズ・コーヒーまである。とにかく母と嫁と僕、3人そろったところで入院手続きのため4階東病棟というところに行き受付を済ませる。すぐに個室に案内される。普通個室への入院は患者の意向を汲んで手配されるものだと思うのだが思えばこのことがこれから起こる嵐のような出来事を示唆していたのだろう。ナースステーションにも近い。

 ひとまず病室に入るとすぐに医師の先生がやってきた。多少早口で僕たちに言う。「お母さんの体にこれ以上の負担をかけないためにも妊娠を終わらせましょう。」 字面で意味はわかっても頭の芯で理解する、ということができなかった。僕なりに言葉を選んで「それは今日生まれるということですか?」と尋ねると「そうです。帝王切開を行います。」という答えが返ってきた。今日僕と嫁の息子が生まれる・・・

 軽く眩暈を起こしたことをよく覚えている。予定日よりも2ヶ月弱早い。でも嫁は大したもので動揺しているようなそぶりは微塵も見せなかった。2時過ぎに手術ということらしい。1時間後だ。名古屋に住む義母に連絡をとると駆けつけるということで義母をどのように迎えにいくか?なんてことにも頭を巡らせる。手術が終わって嫁が戻ってくるまでに2時間ほどかかるということだ。

 そこから嫁が手術室に向かうまではそれこそ嵐のような展開で手術着に着替えたり胎児の心音を拾うための機材をつけたり、手術や入院に関する説明を僕が受けたりであっという間に嫁は移動式のベッドに横になり手術室に消えていった。僕が右足首を骨折して手術したときとは大違いだ。

 病室で待つ間、母とはいろいろな話をした。9年前に他界した父のこと、親になることへの心構えなど。だけど会話は断続的で二人とも落ち着かない。ツイッターにも「待つことがつらいとは思わないんだけどとにかく落ち着かない。」とつぶやいている。

 嫁が手術室に消えて1時間とすこし経った頃、母が病室の外が少し騒がしいのに気づき外へ出てみる。そこには小児科のスタッフに運ばれている1台の保育器があり中には小さな男の赤ちゃんがいた。小児科の先生は「無事に生まれました。これからいろいろ検査をしなくてはいけませんがひとまずは元気です。」と僕に説明し保育器を止めて中の赤ちゃんを見せてくれた。「何グラムですか?」と尋ねると「1508gです。」との答え。はじめ僕は1580gと聞き違えてしまった。この病室の隣はNICUになっているので保育器はここを通ることになる。母が気づかなければ見逃すところだった。保育器に入った息子はNICUへと消えていった。

 それからしばらくして手術を終えた嫁がベッドに乗せられて戻ってきた。部分麻酔なので意識もしっかりしている「お疲れ様、ありがとう。息子は元気そうだったよ」と声をかけ労をねぎらう。嫁もホッとしたような感じだった。それからしばらくして父親の僕がNICUに呼ばれる。病室にきた看護師さんから「先生からお父さんに説明がありますのでNICUに来ていただけますか?」という声掛けだったと思う。こうして僕は第三者から「お父さん」と呼ばれてしまった。気持ちをグッとシフトアップしてNICUに向かう。NICUへの入り方、携帯を機内モードにしておけば写真などをとるのはOKなどと説明を受ける。外で待っている嫁や母や義母のためなんとしてでも動画をとらねばならない、変な使命感に燃えていたことをよく覚えている。

 NICUで聞いた先生からの説明は体重のことを除けば順調そのものということでホッとして保育器のなかの息子を覗いてみる。こうして僕は父親になった。早速10秒ほどカメラを回した。世の中のお父さんがよくやっている光景だ。嫁の病室に戻り駆けつけた義母や母、義兄に動画を見せそれにみんなが顔を緩めたそのとき、父親になった自分を実感した。これから新しい日々が始まる。

 

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想いを新たにする。

2014-01-02 22:36:33 | 日々の生活

1/2

新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

2013年、結局手書きのブログは2回だけになってしまった。仕事が忙しいというのもあるが一番の理由は嫁の妊娠。

 

そう、僕はこの春父親になることになった。

 

いわゆる歳がいってからの初子なので諸々のことが非常にデリケート。早いうちからネット上での発表は年が明けてから、と決めていた。なかなか一人でサッカー観戦に行けるような状況ではなくなってしまい昨年のサッカー観戦はなんと1日。県リーグの試合を続けて2試合観ただけに終わってしまった。そんな中、J3創設、JFL再編、FC岐阜セカンドの大活躍、トップはご存知のとおり・・・と例年にも増していろいろなことがおきるものだから取り残された感が半端ない。だけどこのトシでパパ(あえてこの際パパという表現を使うが)になる重圧というかぎこちなさの前ではすべてをキャンセルせざるを得なかった、というのがここまでの正直な感想だ。

以上が2013年の僕の現実。

で、年を越して本日1/2早速、ということでベビー用品店の初売りに行ってきた。これまでもベビー用品店には何度か行っているのだけどどうにも慣れない。仕事柄、平日に行くことが多いので普段はどこもお客さんが少ないなぁというのが正直な印象だ。数量限定の福袋に目を付けて開店前に並ぼうと思い立ち8時前に出発。途中コメダ珈琲店で朝食をとり、開店30分前に先頭に並ぶことが出来た。3年前にも夫婦でこんな事をしているのだけどこのときは3番手。意気込みの差、ということになるのだろうか?おかげでお目当ての商品を購入することができた。ちなみに嫁には車の中で待機してもらい開店と同時に店に入ってもらった。

家に戻って購入した服を改めて見てみると小さい。なにもかもが小さい。本当にこの服に袖を通す家族が増えるのだろうか?と思ったりもする。実感が沸かない部分もまだある。だけど大きくなった嫁のお腹を見たり、時折触らせてもらったときに感じるお腹の中の子の動きを感じたりすると、月並みだけど「しっかりしなければ」という想いに駆られてくる。そんな我が家の2014年の始まりだ。

あらためまして本年もどうぞよろしくお願いします。

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引越しをする。

2013-06-10 22:25:28 | 日々の生活

ツイッターの自動投稿を除けば半年ぶりのエントリーになってしまった。もちろんそれなりの理由はある。

3/20

僕たち夫婦は瑞穂市から15kmほど北に行った揖斐郡大野町にある実家に引っ越すことにした。僕は長男で実家には母が一人で暮らしている・・・と書けば大体の事情は察してもらえるだろう。どこにでもある話だとは思う。帰る実家がある、というのは幸せなことだ。

 3/20というのは一連の引越し作業の大詰めの日。これより前から荷物を少しずつせっせと運んでは設置していらないものを捨てる、という作業を繰り返していた。たいした荷物はないので運ぶのはともかく捨てるという作業が壮絶だ。「断捨離」とはよくいったもので・・・

 それで、まぁ引っ越してからも部屋の整理をしつつものを捨てつつなんて1ヶ月くらいすれば落ち着くだろう、というのが甘かった。つまづいたのはネット回線の開設。しばらく母一人だったものだからこの家はネット契約を解約していた。一方僕は瑞穂市に住んでいたときの契約を移動する、という選択をしなかった。あくまで新規で契約すればいいというつもりだったのだがこれが全くの裏目にでて申し込みが遅々として進まない。結局開設に漕ぎつけたのは引越しから2ヵ月後の5月の終わりのこと。この一件に疲れ果てスマホからツイッターやらFacebookからしばらく遠ざかってしまった。1日のつぶやきが「おはようございます。」と「さて寝る。」だけだったなんて日が何日も続いた。

 悪いことだけではない。画像のとおり自分の部屋らしきものをゲットした。ここに自宅に置いてあったギターも置いたりすればとりあえず雰囲気も出る。出ることは出るのだが画像奥のストラトキャスターは長年手入れをしていなかったこともありブリッジが腐食しかかっている。これをきれいにするのにまたまた時間がかかる。仕上げた後は一念発起して弦高を思い切り低めにしてなおかつオクターブピッチをバッチリ合わそうなどとするものだから泥沼にはまる・・・

 こうして3ヵ月近くがあっというまに過ぎてしまった。引越しとは全く大変なのである。

 こんな調子だからサッカー観戦どころではなかった。ようやく昨日時間が取れてどれどれと検討した挙句観にいったのが大垣南公園の岐阜県リーグだったというわけ。この引越しを締めくくるのにまだまだやらなくてはならないことはあるのだけど。とりあえず拙ブログで「生きてます」とアピールできるくらいのゆとりは出来た、という次第だ。

 

 

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年末から正月を振り返る。

2013-01-07 23:46:28 | 日々の生活

 2013年、遅ればせながらあけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 

 さて毎年一発目、となると年末から正月にかけての出来事を綴っている。が、今年はほぼ仕事に忙殺され4年続けた名古屋柳橋への正月食品の買出しもこの年末は断念した。来年はなんとしても復活させたい。

 年末といえば一つ大きな買い物をした。エレキギター。ギブソンの下位ブランドのエピフォン製のレスポール・ジュニア。限定モデルでそろそろどこも在庫切れという状況になってきたため満を持して嫁を説き伏せ購入した。

 なんとこれで¥9900。年末特価だが通常でもイチサンパーくらいで売られていた。流石にこの値段ゆえにボルトオンネックだしピックアップもP-90タイプではなくハムバッカーだがこの割り切りはサウンド面やトラブル対策という点ではこのほうが安心できる。

 拙ブログではほとんど触れたことはないが学生の頃はずーーーっとバンドをやっていた。ただ就職してからはギターに触る機会も減って行ったし結婚してからは実家にギターをおいてきたこともありギターを弾くことは皆無だった。何故ギターから離れていったかといえば早い話がそんなにうまくはないからだ。FC岐阜を応援するようになってからしばらくの間、チャントのMIDIデータを作りネットで告知する、という活動をしていたがこれはどちらかといえばベースやDTMの素養のほうが役に立った。だからサポ仲間から尋ねられれば「どちらかといえばベーシスト」と答えていたように思う。

 だけど改めて始めるならギターがいいと思ったし、それなら指の長くない自分にはミディアムスケールのギターがいいし、PUの切り替えや大胆なアーミングはしないだろ、ということでこのシンプルなギターを選んだ。とはいえ最後までレスポールスタンダードと迷ったのも事実だ。もちろん「けいおん!」の影響である。VOXのアンプも購入して少しずつ練習を開始した。案の定最初は指が全く動かなかった訳だが、チャントのMIDIデータ作成で譜面を起こしながら打ち込んでいたせいか体全体のリズム感は結構残っているような気がした。このアンバランスが厄介でもあるのだろうけど少しずつ取り戻して行こうと思う。ちなみに最初に選んだ課題曲は「けいおん!」のエンディングテーマだ。

 

 さて、年が明けてからはうれしい再会があった。

 「今そこにあるサッカーを愛せ!」のスローガンで知られるJFLホンダロックのサポーターにして下部リーグサポ界屈指の活動家ロック総統。実は今をさること19年前の1993年の暮れにとある現場で一緒に仕事をしていたことがつい最近判明し、彼が岐阜を通りかかるというので一緒にご飯を食べようというになった。早速仲間をかき集め岐阜市内のレストランでお食事会を開催した。いわゆる「訓辞を受ける」というやつである。

 J1を頂点とする日本のサッカー界は何度目かの変革期に来ているようだ。繰り返しでてくる秋春制のハナシや降って沸いてきた「J3」。そんな中で身近にあるサッカークラブを通して僕らがどう人生を豊かなものにしていけばいいのか?ということについて総統は熱く語ってくれた。しかし本当にボキャブラリーが豊富な人だ。エネルギーがみなぎっている。同い年としては負けていられない。

 僕は仕事のこともあり、岐阜サポというくくりでははっきりいって楽隠居の身だ。御気楽である。その立場に甘えて思っていることを書くと、岐阜のひとはどうにも「内輪へ内輪へ」と内部に向けて圧力を高めて行く傾向があるように思う。浜松などでいう「やらまいか精神」とは好対照だ。こう論評を始めると「俺たちは俺たちのできることをやる」とか「続けていくことが大事」などと反論をする人も多いのだがソコがまた岐阜らしい。「楽しむことが大事」なんてのも同様だ。

 ただし、サポーターがクラブのために何が出来るかといえば僕はやはり「クラブ存在のアピール」だと考えている。観客増のための広報活動の一翼を担っているといってもいいだろう。勝利を目指しての応援もそれが観客増につながらなければ台無しだ。ソコをうまくやってこそ熱い戦いとクラブの発展が連動するというものだ。このことはどんなカテゴリーにいるクラブとサポーターにも当てはまるだろう。

 ハナシの主眼をここに据えたとき「内輪へ内輪へ」(それも大事なのだけど)とは別のエネルギーの使い方を考えていかないといけないのだろうな、と仲間が総統と語り合うのをみていて考えた。「総統と対話したよー」とか「総統が岐阜に来てくれたよー」だけで終わらせてしまったのでは実にもったいない。それくらい充実したひと時を過ごすことができた。

 困難が予想されるが逃げることもできる、という点では「久しぶりに始めたギター」に通じるものがある。そんなことを考えた年末年始だった。

 

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師走を振り返る。

2012-01-03 22:16:33 | 日々の生活

 2012年 1月3日 新年明けましておめでとうございます。

 すっかり更新が滞ってしまってはいる拙ブログだが調べてみると2009年は1月6日に年明け初めての更新をしているので本日更新しているのはまずまずといったところか・・・

 年末年始関係ないような仕事に転職してしまったので休暇をゆっくり過ごすとかいうことは無くなってしまったが大晦日未明の名古屋柳橋への正月食品買出しだけはなんとか時間を作ることが出来た。

 12/31の2時過ぎに自宅を出発して3時半くらいに現地へ到着。すでに周辺の駐車場は埋まりつつある。多少離れた場所でも空いた駐車場を見つけたらさっさと停めるのが得策だ。海産物の他には寿司屋に玉子焼きを納めている業者のお店で厚焼き玉子を購入するのが恒例になっている。

 

この玉子焼きの行列がすごくてお店独自に警備員を雇って行列を整理している。マグロのブロックを売っているお店などでもこんなことはない。上の写真の右から3列くらいが玉子焼きのための行列だ。この列に取り付くだけでも大変だ。

 なんとか玉子焼きをはじめ必要なものを買い込んだら界隈の串かつ屋さんの露店で串かつを買って食べる。ここ最近なかなか行けていないのだが土手味噌につけていただくこの串かつはやっぱり名古屋の味だ。

 5時過ぎには現場を離脱。テレビの中継が入るような時間に居てはいよいよ身動きが取れなくなる。4年連続で通っていると駐車場のことも含めこういったノウハウが身に付居てくるものだ。

 4年といえばFC岐阜がJリーグに上がってからずっと、というわけだ。こちらは4年続けていてもノウハウなどとは縁遠いどうにも危なっかしい状況が続いている・・・と締めてしまってはせっかくの食品も台無しなので目を瞑ることにした。さて今年はどうなるか?

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薄墨桜を見物する。2011

2011-04-21 02:00:00 | 日々の生活

 4/20

 嫁ともども仕事が休みだ。というわけで本巣市根尾にある薄墨桜を今年も見物に行ってきた。2年連続2回目。ちなみに昨年は松葉杖をついていた。たしか日曜日・・・つまり17日にウチの近くを走っている道路が大混雑していたはずだ。あれがピークだとしたら今日だってまだ花は咲いているだろう。薄墨桜はソメイヨシノではなかったはずなので開花期は少し遅めのはずだ。

 昨年はピークの日曜日に行ったものだから渋滞にモロに嵌って難儀した。今年は平日なので大丈夫だろう。それでも朝7時半には自宅を出発することにした。朝食は適当にコンビニ調達だ。

 さすがに道中は空いていた。反対車線は通勤ラッシュで流れが悪い。こんなシチュエーションに身を置くとシフト制勤務も悪くないのかな?と思う。結局1時間強で薄墨公園に到着した。クルマもほとんど来ておらず絶好の場所に停めることができた。とはいえ後続のクルマも結構いる。交通整理の警備員がたくさん配置についている。

 

  今年の薄墨桜はこんなだった。コンパクトデジカメを片手に人が入らない構図を探して撮ってみた。

 ちなみに昨年はこんな感じ。4/11

 花は少しずつ散り始めていて。それがまたいい。多分今度の日曜日くらいまでは十分楽しめると思う。来年もぜひ行ってみようと思っている。

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自粛する。

2011-03-22 01:50:38 | 日々の生活

 3/21

 東日本を襲った震災から10日間が過ぎた。この間、僕は拙ブログでのオリジナルのエントリーは控えていた・・・といっては聞こえがいいが、Twitterでは意見やら感想やらネタやらさまざまなことをつぶやいていたし、1日ごとのまとめは自動投稿されるし何も考えたり感じていなかったわけでは決して無い。

 ただなんとなく(どこのブログや日記でもそうだろうが)今回の震災を取り上げないわけにはいかないだろうなぁ。でも何を語ろう?なんてことを考えたりしていた。

 僕が以前勤めていた会社では、~業界の特徴でもあるけれども~ オリジナルのTシャツやウィンドブレーカーやタオルを取引先の各社が作っていて、僕はことあるごとにそれらをいただいていたりしていたのでそれをキャスター付きの大きなリュックに詰めて非常持出し袋を作る、ということを数年前からやっていた。そのリュックは確かFC岐阜の地域決勝1次ラウンドに合わせて購入したものなので購入は4年半くらい前になるだろうか?

 結局キャスター付きとはいえリュックではなかなか役に立たない、ということでキャリーケースに買い換えてしまい、使い道の無くなったリュックの再利用ということではじめた非常持ち出し袋整備だったはずだ。

 今回、足りないものを補充しようと100円ショップで懐中電灯をひとつと単3電池のパックをふたつ買い足しリュックに詰めた。「これも買占めということになるのかな?」と思わないでもないが、僕としてはわきまえたつもりだ。いつぞやの「バナナダイエットブーム」でスーパーの棚からバナナが消えた、なんてことに比べればずいぶん真っ当だと思う。

 一方僕は転職をしてまだ日が浅く身動きが取れない状況が続いている。仕事は楽しいしやりがいもある。やらなければならないことはいくつもあり、地震が起きたそのときも仕事の一環で訪問先の玄関をまたいだそのときだった。ニュースは気になるもののミッションをこなさないといけない。ここは被災地ではないので、残酷かもしれないけれど日常は淡々と流れていく。こんな状況で今回の震災について何か書こうと思っても何も書けなかった。

 なにかできること、自分が今やるべきこと、とまぁこんな二つの狭間で揺れ動いていたこの10日間だったけれども今回は「気楽に綴る」というこのブログのスタンスに大いに甘えることにした。齢を重ねて少しはしたたかになったということだろう、多分。

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チャンカレに遭遇する。

2011-03-03 02:00:13 | 日々の生活
3/2

 13日ぶりの完全オフ日だ。なんとか気を張ってここまでもたせてきたが体力の限界は近い。先日Twitterであたった強力わかもともつぎ込んで乗り切ったという感じ。この日は嫁も休みだったので疲れきった体のメンテを行うため名古屋市守山区の竜泉寺の湯へ行ってきた。ここで温泉につかったりリフレクソロジーを施術してもらったりして明日以降に備えようというわけだ。

 正午ころに着いて温泉につかり昼食を摂り、リフレクソロジーをしてもらい、各種岩盤浴で汗を流しもう一度温泉につかって出てくると6時前。夕食も外食で、というわけでどこがよいか考えたとき「守山にはチャンカレがある」というのが閃いた。

 カレーのチャンピオン、最近テレビでの露出も多い金沢に本拠地を置くカレーのチェーン店だ。確かカツカレーが売りでキャベツが乗っている。まだまだ店舗数は少ないがそれでもココイチの本拠地である愛知県にも出店攻勢をかけてきた。早速行ってみることにした。

 Lジャンボカツカレーというのを頼んで出てきたのがコレ

券売機で食券を購入する、というスタイルだ。カレーに刺さっているのはフォークでこれでキャベツを絡めながら食べる。

 カレーのルーがココイチのと比べるとトロミがあり、普段自宅で作っているカレーとよく似た感じだ。あくまでトロミに関してのみだが。コクがあってなかなかおいしい。カツにはソースがかかっていた。

 機会があればまた行ってみたいとおもう。
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賞品が到着する。

2011-02-25 01:55:54 | 日々の生活
2/24

 仕事から帰宅すると宅配便の不在通知が届いている。送り主の欄には「強力わかもと忘新年会ツイートキャンペーン事務局」とある。

 先月twitterでふと目に留まった「ハッシュタグ#twienkaiをつけて忘年会や新年会に関してつぶやくと抽選で強力わかもとがあたる」というイベントで何の気なしにつぶやいたらあたったというわけだ。

 早速再配達の依頼をしてしばらく待つと画像のように事務局からのメッセージつきで強力わかもと300錠が僕の元に届いた。箱には英語表記で「STRONG WAKAMOTO」とも印字されている。さすがにこれは知らなかった。

 現在2匹目のどじょうを狙って奮闘中である。
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