スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

農林水産大臣賞典TCK女王盃&神学的観点

2015-01-21 19:18:36 | 地方競馬
 思わぬ少頭数でのレースとなった第18回TCK女王盃
 レッドクラウディアは鞭が入りましたがエスメラルディーナが楽々と追い抜いて先手を奪いました。レッドクラウディアが2番手で3番手にアクティビューティ,4番手にトロワボヌールで5番手はサンビスタとソーミラキュラスで併走。とはいえこの6頭はほとんど一団でのレース。最初の800mは51秒0で超スローペース。
 隊列にほとんど変動がないまま直線に。レッドクラウディアはエスメラルディーナの外,トロワボヌールは内へ。しかしレッドクラウディアの外からサンビスタがあっさりと差し,そのまま抜け出して快勝。一旦はレッドクラウディアが2番手でしたが,外から併せて伸びた2頭が差し切り,アクティビューティが2馬身半差で2着。ソーミラキュラスがクビ差で3着。
 優勝したサンビスタは前々走のJBCレディスクラシック以来の勝利で重賞3勝目。牝馬限定では明らかに力量上位ですし,牡馬相手の重賞でも勝てそうな馬。その力量差を明瞭に見せつけました。このペースでこれだけの差をつけたのはよほど力に差があったことの証明だと思います。父はスズカマンボ。母は2002年のフェアリーステークスを勝ったホワイトカーニバル。Sambistaはポルトガル語でサンバダンサー。
                         
 騎乗したのはイタリアのクリスチャン・デムーロ騎手で管理しているのは角居勝彦調教師。TCK女王盃は共に初勝利。

 ヤコービFriedrich Heinrich Jaobiが第一部公理一を難敵であると自覚していたかどうかは僕には不明です。それでも結果的に,それを射程に入れたような方法を用いたのは,ヤコービもまたライプニッツGottfried Wilhelm Leibnizと同様に,スピノザのよき理解者であったということの証明であるように僕は思います。そしてヤコービとライプニッツの相違のひとつに,第一部公理一が入っているか否かということを,ヤコービの意識を考慮に入れなければ,あげることができるのかもしれません。いずれにせよライプニッツは,論理的にスピノザの体系を崩壊させることが可能だと信じていたのですが,こうした方法に目を向けなかったように僕には思えますから,その意図は達成されなかったと僕は考えます。
 そしてこの当初の意図が達成されなかったという点が,今回の考察の最後の課題になります。これは正確にいうなら第一部定義三という題材とは離れることになってしまうのですが,ライプニッツの疑問が,第一部定義三をターゲットとしたものであったと現在の僕は理解していますので,関連事項として探求します。大前提となるのは,ヤコービもライプニッツも,単にその形而上学的観点ないしは哲学的思想の論理性そのものからスピノザを否定しようとしたわけではなく,むしろ神学的な観点がそのようにさせたのだということです。しかし一方でライプニッツが提出した解答というのが,神学的観点に相応しいものであったかどうか,僕には疑問が残る部分があるのです。いい換えればキリスト教的な神Deusの存在existentiaあるいは観念ideaを死守するという目的で,ライプニッツは独自の哲学を形成するに至ったと僕は考えているのですが,その意図が十分に成就されているようには思えない部分が僕にはあるのです。
                         
 まず,神学的な観点からすれば,神はどのようなものでなければならないのかを前提しておく必要があります。これについては,『宮廷人と異端者The Courtier and the Heretuc : Leibniz,Spinoza,and the Fate of God in the Modern World』から抜粋しておきましょう。ライプニッツは神が人格的なものであり,知性的な実体substantiaでなければならないと考えていました。いい換えれば,神は考えたり,意志したり,行動したりするものでなければならなかったと理解していいでしょう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする