INSIDE SORAMAME

私の頭の中のキオクを綴っていくつもりです・・

タイムリーヒット(49)

2013年08月16日 |   ┣ タイムリーヒット
(つづき)
おかげさまで、今回の記事が「INSIDE SORAMAME」の2,000件目。
ということで、「二」回「千」鳥橋に停車する「15番」のバス。

冒頭の画像は、「15番」の博多駅行きが停車する2回目の「千鳥橋」。


昭和の風情が漂うこの乗り場には、


「15番」のほか、「79番」もわずかに停車する。


ここから「千鳥橋」の交差点方面を臨んで、


右手には、西鉄観光バスの車庫。
3年前までは千代営業所(さらに昔は西鉄宮地岳線の新博多駅)だった場所。


車庫に沿って進むと、


「15番」の博多駅行きが停車する1回目の「千鳥橋」。
「千鳥橋」交差点を直進して石堂大橋方面に向かう路線をメインとして、交差点を左折するのが「15番」、右折して築港方面に向かうのが「4番」「21番」「25番」「25-1番」。


直進レーンが一つ増え、走行環境がやや改善した「千鳥橋」交差点。


昔は電車が走っていたんだなぁ…ということを思い起こさせる形状(市内電車廃止時はまだ5歳だったので、記憶はほんのわずかなのですが)。
ここを走っていた電車の代替路線「85番」については、「チラシのオモテ(25)」などで取り上げています。


「千鳥橋」…チューリップの「千鳥橋渋滞」という曲については、「久保団地入口」の記事で触れています。


「15番」の反対向き、ゆめタウン博多行きが停車する2回目の「千鳥橋」と、


1回目の千鳥橋。
かつてはこの乗り場から築港、天神、渡辺通一丁目方面に行くことができた。

なお、「15番」の歴史については、「西新四丁目」の記事で触れています。

1,000件目の記事から4年弱で2,000件に到達。
いつの日か3,000件に達することができるでしょうか。
2,001件目からも引き続き、よろしくお願いします。
(つづく)

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7 コメント

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2000th Anniversary (Kassy)
2013-08-15 23:44:37
こんにちは。

まずは2000本安打おめで…いや、累計記事2000本おめでとうございます!!
いつもいつも「目から鱗」な内容ばかりで、毎日のように感嘆しております。ワタシ、西鉄バス博士を自認したことはありませんけど、ワタシが持つ程度の知識は知識とは言えず、ホントにお恥ずかしい限りです(笑)。
soramameさんやちょんびんさんにもいろいろとご質問したいこともたんまりたまって参りましたので、またいつかやよい軒にでも(笑)。
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Unknown (Tokyo Chikushi)
2013-08-16 08:59:16
>3年前までは千代営業所(さらに昔は西鉄宮地岳線の新博多駅)だった場所。

昔は宮地岳線の新博多駅だった場所ですが、その頃の表記は「宮地嶽線」であったものと思われます。
また、さらにその前は、博多湾鉄道(湾鉄)の新博多駅であったはずです。その時代はおろか、宮地嶽線新博多駅の時代も私の出生前で、自分自身の記憶があるはずもありません。しかし、昭和40年前後になってもなお、宮地岳線沿線では、「湾鉄」の通称が聞かれていました。

さて、このバス停は、宮地嶽線から市電(市内電車)に変わった後もしばらくは「新博多」電停で、その後数年後に「千鳥橋」電停に改称されました。子ども心に、市電の一つの電停であるにも関わらず、また付近がそれほど繁華な土地でもないのに、何故「新博多」などと大仰な名称を名乗っているのだろうといぶかしんだものです。後になって宮地嶽線のターミナルであった名残と知り、なるほどと思ったものです。

千代営業所のあった場所は、市電時代には「西鉄モータース」という看板が掲げてあった記憶があります。市電となり、駅ではなく電停となっていたのですから、すでに駅機能は必要なくなっていたはずですので、宮地嶽線駅のあった場所を他用途に転用したのではないでしょうか。
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Unknown (青葉台神宮駅)
2013-08-18 15:33:05
こんにちは。
2000本おめでとうございます。

Tokyo Chikushi様の「西鉄モ-タ-ス」というのは千鳥橋ではなく、隣の千代五丁目(以前は 金平)で、バス停の副名称にもなっていました。千鳥橋は{西鉄マリン」あるいは「西鉄マリンライン」が副名称で、営業所の建物が店舗で、敷地にはバスではなくモ-ターボートがおいてありました。看板は西鉄の車輪マークを基にした船の操舵輪のマークが掲げられていました。
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Unknown (Tokyo Chikushi)
2013-08-18 18:09:24
青葉台神宮様 なるほど、西鉄モータースは千代五丁目バス停のところにあったわけですね。記憶が曖昧で失礼しました。

ただ、以前「金平」であったのは、千代五丁目ではなく、馬出三丁目だと思います。電車の路線の大半が廃止になり、循環線と貝塚線だけになった時に、名称が変更になった電停がありますが、この時「金平」から「馬出三丁目」へと電停名が変わりました。ほかに、「潟洲町」が「福高前」に変わりましたね。
電車の千鳥橋-金平(馬出三丁目)間は距離がとても長く、電車も息を吹き返したように高速で走っていました。バスに転換となった後に、間に千代五丁目バス停を新設したのではないでしょうか。
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Unknown (青葉台神宮駅)
2013-08-20 00:01:27
Tokyo Chikushi様ご指摘ありがとうございます。そうでした。馬出三丁目が金平で千代五丁目が東浜でした。現在の東浜バス停がゆめタウンの東隣りにあるので、つい馬出三丁目の方を東浜だったと勘違いをよくしてしまいます。すみませんでした。
千鳥橋は26番の急行が停車してましたが、多分その前身の門司行き急行時代から止まっていたのでしょうが、何でこんな中途半端な所に、と思っていました。その昔、新博多駅があったことを知ってからは納得したものです。
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Unknown (soramame)
2013-08-26 12:57:03
Kassyさん、こんにちは。
お返事が遅くなってすみません。

ありがとうございます。
私も、初めから知っていることを書いている訳ではなく、書いているうちに「そういえばそうだよね!」って目から鱗的に気付かされることが結構あります。

ぜひぜひまたやよい軒でも(笑)。
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Unknown (soramame)
2013-08-26 12:57:17
Tokyo Chikushiさん、青葉台神宮駅さん、こんにちは。
お返事が遅くなってすみません。

市電の記憶自体がかなりおぼろげな私なので、お二人のコメントでいろいろと勉強させていただきました。
ありがとうございます!
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