詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

吉田博「光る海」

2020-10-26 10:57:20 | その他(音楽、小説etc)


吉田博「光る海」(「没後70年 吉田博展」福岡県立美術館、2020年10月25日)

 吉田博の版画は浮世絵と違い「線」が強調されていない。「線」がないとさえ言える。「面」で全体が構成される。
 「光る海」は舟の帆の処理に「輪郭線」があるが、これはむしろ珍しい印象がある。「光る海」を含む「瀬戸内海集」では、ほぼおなじ構図の時間とともに変わる海と空の色の変化をとらえたものが人気のようだ。私の隣で、高齢の夫婦が「やっぱり、朝がいちばんいいよねえ」「これが見たかったんだよ」などと話している。たしかに美しい。
 しかし、私は「光る海」がいちばん気に入った。
 海に乱反射する光の帯が鮮烈だ。セザンヌの塗り残しの白いキャンバスの輝きのように、ほんとうに光っている。この光を吉田は「丸鑿」の彫り痕で表現している。彫り痕の「丸み」が海のなめらかな(静かな)うねりにぴったり重なる。光を見ているのか、海を見ているのか。区別がなくなる。もちろん区別はないのだが。
 私はふつう「絵」に目を近づけるということはしないが、思わず目を近づけ、その反射の一つ一つの「彫りの深さ」「彫るときのスピード」が見えないものだろうかと、立ち止まってしまった。どうしたらこの軽快さが実現できるのだろう。
 「完成された作品」のなかに隠れている「過程」の美しさ、と書いてしまうと違うのだろうけれど、この「丸鑿」の彫り痕をそのままつかうという発想と、それを実現してしまう彫りの力に、こころを、というより「肉体」そのものを刺戟された。あ、彫ってみたいという気持ちになるのだ。
 私は一時期、「版画」にあこがれたことがある。とくに「丸鑿」をつかって彫っているとき、その彫りが重なりながら変化する「面」に非常に愛着を感じた。彫ったときと、刷り上がったときの印象が違うのも興味深かった。狙いどおりにならない。特別に勉強したわけでもないのだからあたりまえのことなのだが、なんとなく、こういうことを仕事にしてみたいなあとあこがれたのである。あれやこれやしていう内に、級友たちの才能に打ちのめされ、私はこういう世界には向いていないとあきらめてしまったのだが、そんなことも思い出したりした。
 専門家から見れば、もっといろいろな技法が見えるのだろう。たとえば「渓流」の水の流れ、泡立つ感じの表現には非常に根気のいる刀さばきが必要なのだと思うが、それは素人の私にはわからない。しかし、「光る海」の「丸鑿の痕」は私のような素人でもわかる。すぐにでも真似して彫ってみたいと思わせるものがある。「肉体が刺戟される」というのは、そういう意味である。版木と彫刻刀を買いに行こうかな、と私はほんとうに思ってしまった。版画をあきらめながらも、私はかなりの長い間、年賀状の絵を版画で彫っていた。彫らなくなってからも、かなりの期間、彫刻刀を手離さずにいた。中学生がつかう程度の彫刻刀だが。

 あ、どんどん、作品から離れてしまう。でも、感想というものは、そういうものだろうと思う。純粋に作品についてだけ語ることなどできない。



 この展覧会では、刷り上がった作品と同時に「版木」も展示されていた。ただ残念なのは、ガラスが表面をおおっていて、「彫り」の「肉体」の感じがわからない。ガラスに私の顔が映ってしまって、何がなんだかわからない。
 また、この展覧会では版画作品のほかに、水彩画、スケッチ(画帳)も展示されている。福岡県立美術館が所蔵する油絵は四階で見ることもできる。そういう「吉田の全体像(?)」を見たあとで思うのだが、とくに画帳のスケッチを見たあとで思うのだが、こんなに「手の速い」吉田が「版画」に向かった不思議さ、である。
 版画は非常に手間がかかる。私のような素人の彫ったものでも(素人の彫ったものだからかもしれないが)、刷りを重ねると(年賀状などたかがしれているが)、版木が歪んでくる。版木を最初に彫った状態に保ち続けるだけでもたいへんである。重ね刷りも紙が縮むので調整がむずかしいだろう。専門の「職人」がいるのだろうけれど。
 で、ふたたび「光る海」にもどるのだが。
 その手間のかかる仕事のなかで、「丸鑿」の処理が際立って見えるのである。その部分は、ともかく「速い」だろうと思う。ていねいに彫ることには間違いないだろうが、ゆっくりだと光の反射が弱くなるような気がする。一瞬で、ぱっと彫らないといけない。白い光のそばにある波自身の黒い影(森鴎外なら黒く光った、と言うだろうか)と比較するとわかりやすい。凸の形に彫り残すのは一瞬ではできない。光の反射の彫りは一瞬の判断に任されている。

 それとは別に、不思議に感じたのは、多くの作品に共通するのだが、「視線の高さ」が私の「視線」よりも妙に高い。吉田の身長がどれくらいだったのか知らないが、どの風景を見ても、これはどこから見たんだろうと感じる。椅子か何かの上に立ってなら、こういう世界が見えるかもしれない。少し小高いところからなら、こういう世界が見えるかもしれない、とは思うが。全体を描いたあと、フレーミングを変えているのかもしれない、というようなことも思った。不思議な「間接性」の中を吉田は生きていると感じた。


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