詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

鍋山ふみえ「蝶の未知」

2015-10-12 09:35:55 | 現代詩講座
鍋山ふみえ「蝶の未知」(現代詩講座@リードカフェ、2015年09月30日)

 鍋山ふみえ「蝶の未知」はイメージの変化におもしろいものがある。

いつもの通り道
わたしの目の前を
蝶が飛ぶ

上へ上へ
蝶は昇っていく
すこし翅が傷んでいるのか
ゆっくりと

さっきまで
たましいを乗せていた
小刻みに震えるうすい翅

上界には
生まれようとしている
光のアスパラガス
芒の穂ほどける
ルリ色の芯
しんしん雪降る遠方 

でも 
ほんとうのところ
蝶は
下へと降りていたのかもしれない

沈みくだると
ぽつぽつ地下茎 
渓流の聞こえ
壊死した根っこ
焦げた虫の翅

足を踏み入れる
湿ったふかみどりの苔
内側を撫でる
天蓋は暗がりの中

わたしは草をかき分ける
靴を脱ぐ
露に濡れる足の裏
足もとから背を輝かせて 
バッタが飛び出す

 受講者の感想を聞いてみた。

<受講者1>蝶の羽が光に透きとおる感じ。
      四連目は最初に読んだときは緑のイメージ。
      二度目はいのちのことかなと思って読んだ。
      いのちが循環する。
      ことばの展開の仕方がおもしろい。
<受講者2>タイトルの「未知」は「未知数」。未来の不安な感じ。
      三連目は、「いまは魂を乗せていない」と読んだ。
<受講者3>最後に「わたし」が出てくるのがおもしろい。蝶がいなくなる。
      書き方が不思議。
      でもタイトルが気に入らない。「未知」は「道」という感じが……。
<受講者4>四連目の「光のアスパラガス」が好き。
      「上界」と「下界」の対比、生と死の対比がある。
      「未知」は死後のこと。蝶はそれを知らない。

 ことばを読むというのは、「意味」を読むこと。
 これは、ある「常識」になっているかもしれない。詩を読むときも、どうしても「意味」を読んでしまう。
 「蝶」「昇る」「傷」「魂」は、どうしても「死」を連想させる。「未知」はしらない、わからない世界。そして、それはたしかに「死」につながる。
 これを「蝶は/下へと降りていたのかもしれない」とつないでゆくとき、そこに受講生のひとりが言った「いのちの循環」が見えてくる。「下へ」というのは「生まれ変わる」ためにくぐりぬける「場」を指し示している。
 そういう「意味」とは別に四連目の「光のアスパラガス」以下の展開を、私も非常におもしろいと思った。六連目の「ぽつぽつ地下茎」以下も飛躍があっておもしろい。
 これを受講者は、どう読んだか。筆者の鍋山には、途中で「意見を言わないで、最後に聞くから」と言って、みんなの読み方を聞いてみた。

<受講者1>北海道のイメージ。
<受講者2>緑とルリ色が美しい。
<受講者3>「地下」「壊死」「焦げた」が死のイメージ。
<受講者4>光のイメージ。

 何度か「イメージ」ということばが出てきた。みんな、ことばを映像にして把握し直している。もっとほかの読み方はないだろうか。

<質  問>耳をすましてみて。何か聞こえない?
<受講者1>?

 実は、四連目と六連目は「しりとり」でできている。ことばが飛躍するとき、末尾の音を次の行の頭で繰り返している。なかに「芯(しん)/しんしん」「茎(けい)/渓(けい)流」という二音の「しりとり」も含まれる。
 鍋山に口止めしたのは途中で「しりとり」という種明かしをされると全員の反応を聞けなくなるからである。
 ことばは「意味」(イメージのゲシュタルト?)をめざして動くが、その動きを「しりとり」を入れることで、かき乱している。「しりとり」だと、どうしてもことばの選択が限定される。その「限定」を通ることで、無理が生まれる。その無理が「飛躍」につながる。飛躍がイメージを活性化させる。

 蝶が死に(夏がおわり)、バッタに生まれ変わる(秋がはじまる)。その季節の変化、いのちの変化を「意味」だけではなく、途中に「音遊び」を取り入れることで、ことばをかきまぜている。その部分だけ、別の「音楽」にして楽しんでいる。
 詩を読むとき(聞くとき)、少し耳をすますとおもしろい「音楽」が聞こえるときがある。

*

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