緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

たまごとじそうめん作ってみた

2021-09-25 21:48:34 | グルメ
夜はだいぶ涼しくなってきた。もうすぐ秋本番をむかえる。
今日の昼に「たまごとじそうめん」を作ってみた。
なぜこのメニューなのかというと、ふと、子供の時、風邪などで学校を休んだときに母がよく作ってくれたのを思い出したからだ。

子どものときに母に作ってもらったそうめんの麺は、何本かピンクとかグリーンの麺が混じっていたものだった。
この麺をスーパーで探したが売っていなかった。
売っていたのは白一色のもの。ちょっとがっかりだ。
具はたまご以外になんだったか、思い出せなかった。
しかしこの記事を書いているたった今、古い記憶が蘇ってきた。何というかまぼこか知らないが、茶色いかもぼこを小さく切ったものが入っていたような気がする(もしかしてそうめんではなく、うどんのときだったか?)。
しかし調理する前に思い出すことが出来なかったので、今日作ったそうめんにはかまぼこは入っていない。
野菜はなんだったか思い出せない。
たぶん三つ葉だったかもしれないと思って、三つ葉を一袋買った。

材料はこれだ。



いたってシンプル。
まずは麺をゆでるために鍋いっぱいに水を入れて沸かす。
同時に麺つゆを作るために適量を入れた水も同時に沸かす。



湯が沸騰したら麺を入れる。
乾燥麺だ。一食ごとに帯で束ねてある。
1束では物足りないので2束ゆでることにした。ゆで時間1分半だと書いてある。結構短い。



ゆでている間に三つ葉を切る。



あっという間に1分半を過ぎる。
あわてて火をとめてザルに移し、冷水で洗う。



洗ったゆで麺を沸かした麺つゆに入れて、再びゆでる。





三つ葉を入れる。



続いてときたまごを入れる。



ときたまごが固まるまでゆでる。

いいあんばいになったところで火を止め、どんぶりに移す。完成。



味はどうか。
まず麺が柔らかすぎ。ゆで過ぎだ。
ビーフンみたいな感じか。
またたまごがいい具合に固まっていない。
子どもの時に食べさせてもらったそうめんとは全くの別物となってしまった。

たまごとじそうめん。結構難易度の高い料理だ。

デザートはこれだ。

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山陰・山陽・大和地方小旅行記(1)

2021-09-25 21:40:32 | 旅行
お盆休みに使わなかった計画年休3日間をこの9月のシルバーウイークに使って9連休にし、9月20日から22日にかけて2泊3日の小旅行に行ってきた。

旅行といっても一人旅であり、国内のちょっとしたものだ。
目的はJRのローカル線を中心に、今まで乗っていない路線に乗車し、その地域の空気に触れることである。
これまで少しずつ休みを利用して鉄道の旅に出かけ、JRの路線はざっとで全路線の7割くらいは乗ったかと思う。
あと3割の走破もこれから少しずつ続けていくつもりだ。
全線走破はいつになるだろう。

ローカル線はその地方の住民が乗車しているので、車窓から見る景色だけでなく乗客の言葉や態度、服装などからおよそその地域の雰囲気が感じられる。
また路線間の駅での待ち時間が1時間くらいになることもあるため、途中下車して実際にその地域を歩けばもっとそのローカルな空気に触れることができる。
そこには観光地化されていない、その土地が持つ、本来のありのままの姿を捉えることができる。
有名な観光地はたいがい、金儲けのためにの資本により、その地域の土着のものとは無関係のもので上塗りされていることが多い。
そういう所に行くとがっかりさせられることがある。
北海道の小樽などはその典型であろう。

今回行ってきたのは、山陰・山陽・大和地方の路線。





旅程表の概要は次のとおり。

【1日目:9月20日(月)快晴】
・東京⇒姫路:東海道新幹線
・姫路⇒鳥取:智頭急行線+因美線
・鳥取⇒津山:因美線、途中智頭にて諏訪酒造訪問
古い小汚い和室旅館に1泊

【2日目:9月21日(火)快晴】
・津山⇒新実:姫新線
・新実⇒総社:伯備線
・総社⇒岡山:吉備線(桃太郎線)
・岡山⇒津山:津山線
・津山⇒姫路:姫新線
ビジネス旅館のまあまあの和室に1泊

【3日目:9月22日(水)曇り時々晴れ、昼スコール】
・姫路⇒大阪:山陽本線
・大阪⇒法隆寺:大阪環状線+大和路線
 斑鳩町散策、法隆寺見学
・法隆寺⇒新大阪
・新大阪⇒東京

旅の模様は手帳に感じたことをできるだけ記録した。
この記録をもとにできるだけ忠実に記事に再現していきたい。



今回は残念なことに予期せすトラブルに遭遇した。
これについても記事に取り上げてみたい。

明日の合奏練習の練習があるので、この続きは次回にします(多分全部書き終わるのに1か月以上かかると思います。
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車買い替え

2021-09-24 22:56:11 | 
今日、新しい車(中古車)を引き取りに福島まで行ってきた。
久しぶりの高速。けっこう疲れた。

車は今までずっと同じメーカー、同じ車種しか乗ってこなかった。
今まで3台乗ってきたが、いずれもスズキのジムニーという軽の4輪駆動車だ。
数年前にモデルチェンジしたスタイルが当りで、人気が高く、新車の納車が何か月も待たされるほどだそうだ。
ご存知の方も多いと思う。

最初に乗ったのは型式がJA71の前期型でインタークーラーが無いタイプの車だった。
中古車で購入時の距離数は9万7千キロ。昭和62年製。5速マニュアルシフト。
550CCなのに車体が重いので、出だしはアクセルを全開にしてもなかなか加速してくれなかった。
エンジン音は独特で甲高い音だった。
アイドル時のエンジン音も気に入っていた。
この車で山梨の林道に行った帰りに、オルタネーターのベアリングが焼き付き、走行不能となってしまったことがあった。
当時JAFに入っていなかったので、公衆電話の電話帳からロードサービスを見つけ、車両積載車で整備工場まで運んでもらった。
夜遅かったので、終電はなく、その整備工場に行く途中の某駅前に止めてもらって近くのビジネスホテルに泊まった。
クレジットカードを持ってきていたのが幸いだった。
この車で北海道の実家までフェリー(大洗~苫小牧)で行き、北海道の林道を走ってきたことがあった。
オルタネーター、ウオーターポンプ、タイミングベルトなどを交換したが2年3か月乗って手放した。

次に乗りたくなって買ったのがSJ30という型式の車。昭和56製の1型の前期タイプ。
下の写真は実家に帰省したときに撮影したもの。



購入時の走行距離8万6千キロ。
エアコン無し。4速マニュアルシフト。
ダッシュボードが後期型の樹脂成型ではなく、鉄板のプレス品をボディと同色で塗装されたタイプだった。
4輪ともドラムブレーキで、効きが悪く、早くからブレーキをかけていないと前の車に追突する不安があった。
ブレーキを踏んでいるうちに、ブレーキの踏み代がだんだん無くなってくるので、ホイールの穴からドライバーを差し込んで、ギザギザの付いた歯車のようなアジャスターを時々回して踏み代を確保してあげなければならなかった。
この車の欠点はキャブレターだった。
中古車販売店から購入時、家に行く途中で、突然エンジンが止まってしまい、再始動してもアクセルを思いっきり吹かさないと動かないというトラブルに見舞われ、冷や汗をかきながらなんとか家までたどり着いた。
原因はキャブレターのジェットにガソリンタンクの底に堆積した錆やゴミが詰まってしまったことだった。
販売店で長い間、ガソリンを入れないで放置していたらしい。
翌日販売店に行き、キャブレターを清掃してもらったが、しばらくしてまた再発。
そこで近くの整備工場で再度、清掃してもらったが、林道の帰りにまた走行中にエンジンが止まる現象が起き、家に帰るまでの長い距離の間、信号待ちでもアクセルを吹かしながら、エンジンを止まらないようにしてなんとか家までたどり着いたことがあった。
翌日整備工場に持って行き、ガソリンタンクを洗浄してもらってからはしばらくこの症状は出なくなった。
しかし2年くらい経ってから、また走行中にエンジンが止まってしまうアクシデントが起きた。
この時は完全に道路で立ち往生してしまい、レッカーで運んでもらった。
もうこの車を手放すことにしたが、この状態では次の車(今日下取りに出した型式:JA11 5型)を購入する販売店までたどり着けるかわからないでの、中古のキャブレターを中高部品屋で見つけ、その中古キャブレターに交換してから下取りに出した。
この車はアクセルペダルとエンジンオイルの吐出量が連動していた。
エンジンオイルは消費型のCCISというバイクで使うものと同一のものを使用した。
また朝一のエンジン始動時は「チョークレバー」を引いてキーを回し、点火したらすぐにチョークを戻し、暖気を終えたらアクセルを少し踏んでエンジン回転を上げるリンケージを外すというような面倒な作業をしなければならなかったが、それはそれで楽しいものだった。。
あとは林道の帰りにミッションから異音がし、中古のミッションに交換したこともあった。
この車は3年くらい乗ったか。この車でも北海道の実家にフェリーを使って帰省したことがあった。
エンジン音がバイクのような音で、スピードはなかなか出なかった。
この車は買ったときからボディが腐食しており、とくに運転席及び助手席の足元の鉄板が腐っており、錆を除去すると穴が空いていたので、数か月かけてパテやPOR-15などで穴を塞いだ。
原因は雨漏りだった。フロントガラスの周囲のゴムが経年劣化して隙間が出来、そこから雨が侵入したためだった。
ゴムの周りにバスコックを縫ってしのいだ。
とにかく冷や汗もののトラブルが多かったが、このSJ30のメンテ(補修)が一番楽しかったように思う。

そして3台目が今日手放したJA11 5期型だ。
この車についての想い出話は後日書くことにしたい。

ところで今日買った新しい車はどんな車か。
ヒントは下の写真。
車に詳しい方ならすぐにわかるかと思うが。





この車をインターネットで見つけて注文したのが6月末。
7月20日頃の納車の予定だったが、予期せぬ事情により納車が出来なくなった。
その後、販売店の方がいろいろ調べてくれてなんとか購入できることになった。
以前から欲しいと思っていた車だったので無事納車してもらって本当に嬉しい。
おそらくこの車が最後の車になるか。

先ほど講習会で親しくなった人とライン電話で話をしたが、彼らと彼らの家族を乗せてどこかキャンプや旅行に行くのが当面のやりたいことだ。

【追記202109272253】

最初のスズキジムニーJA71前期型(550CCターボ、インタークーラー無し)の写真が見つかった(どこかの林道に行ったときの一コマ)。
ただし試しプリントだったの小さい。
ボディの形状はSJ30と同一、色はシルバーでサイドに水色のラインが入っていた。





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さようなら、わが愛車

2021-09-23 22:12:09 | 
昨日小旅行から帰って来た。
その模様は近日中に記事にしたい。

明日はある用事で車で福島まで行ってくる。
明日、20年近く乗ってきたわが愛車の最後の乗車となる。
この車をどんなに愛し、大切にしたことか。
走行距離16万6千キロ。
この車に乗ってさまざまなトラブル(間一髪、大事故を免れたことも)があったが、この20年、常に自分の相棒として共に歩んでくれた存在であった。
















【今までに交換した主な部品】

・ターボチャージャー(リビルト品)
・エキマニ:ステンレス製タコ足の社外品及び鋳鉄製の純正品
・タイミングベルト
・ウオーターポンプ
・オルタネーター(リビルト品9
・マフラー(社外品)
・リーフスプリング(社外品、リフトアップ)
・ショック(社外品)
・フロントバンパー(社外品9
・ホロ(社外品、2回)
・運転席側ドア
・クラッチ1式(2回)
・水温センサー

【今までに行った大きな修理】

・台風で強風であおられて運転席ドアがめくれて破損
・凍結道路でスリップし、ハンドル制御不能、対向車線に滑り込み、ガードレール激突
  運転席側ドアひんまがり補正板金修理、及び運転席側フェンダー交換再塗装、フロントバンパー破損修理
・ラジエーター水漏れ修理
・タコ足エキマニ穴あき排気ガス漏れ、穴塞ぎ修理(2回)
・マフラー折れ
・ワイパー根元ひび割れ、ワイパー不作動、板金修理、再塗装
・ワイパー窓枠からはみ出し作動の補正(摺動部部品交換)
・走行中、1速入らず、クラッチ交換修理(帰省のため大洗港に向かう途中)
・走行中、1速入らず、不適正ミッションオイルを適性純度ミションオイルに交換(実家から自宅に帰る途中、苫小牧港に向かう途中)
・上り坂走行中、スピード上がらず、触媒焦げ、プラグコード交換

【自分で行った主なメンテナンス】

・エンジンオイル交換
・ミッションオイル交換
・トランスファーオイル交換
・デフオイル交換
・冷却水交換
・燃料フィルター交換
・プラグ&プラグコード交換
・ディストリビューターキャップ及びローター交換
・水温センサー交換
・サーモスタット交換
・ブローオフバルブ交換(3回)
・ホロ交換(2回)
・ヘッドライト交換(3回)
・マフラー交換
・塗装剥げ再塗装
・シフトレバーオーバーホール
・ワイパー交換
・ホロ破れ修理

これ程愛したこの車を何で手放す気になったのか。
心変わりしたのである。
この車は運転手含めて2人しか乗れない。
もっとたくさん乗れる車が欲しくなったのだ。
何故。
人間に対する見方が変わってきたから?。
たくさん乗れる車で、人を乗せていろんな所に行ってみたいという心の奥底にあった気持ち、願望が表に出て来たからではないかと考えている。

買い替える新しい車とはどんな車か。
ヒントは、古い車(もちろん中古)、四輪駆動車、たくさん乗れる、2500cc、車高高い。
手放す車との思いで話は近いうちに記事にするつもりだ。

最後に今日の夜、手放すわが愛車の走りを録音した。
よろしければ、最後まで聴いていただけると幸いです。

この車はまだまだ活躍できます。
次のユーザーが良い人でありますように。

【手放す前日、最後の走行録音2021年夜7~8時半頃】
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明日から小旅行

2021-09-19 22:31:14 | 旅行
今日は東京某町でマンドリンクラブの練習だった。
演奏会まであとわずかになってきた。
マンドリン合奏を再開して3年を過ぎたが、練習や演奏会の回数を重ねるごとに楽しく、面白くなってきている。
メンバーと話す機会も増えてきた。
これからもっと交流を持っていきたい。

なんでもっと早くに再会しなかったのだろう。
仕事が忙しかった、メンタルが苦しかったなどいろいろ言い訳はたつが、ほとんど情報源に触れる機会がなかったのも事実。
1990年代半ばに現代ギター誌のコンサートカレンダーで、鈴木静一の没後15周年だったかの演奏会の広告が掲載されていたのを見つけて、「これ聴いてみたいな」と思ったけど実現しなかった。
これがその当時に知るマンドリンオーケストラの演奏会の唯一の情報だったと記憶している。
もしこの演奏会に聴きに行っていたら、その時にマンドリン合奏の道に入る可能性はあったかもしれない。

まあそれはしょうがないとして、これからどんどん活動に力をいれていきたいという気持ちでいる。
さて、先日記事にしたが、明日からちょっとした小旅行に出かける。
仕事のことや何もかもわすれて身も心も指も休めてくるのだ。
日頃少ない睡眠もたっぷりととりたい。

水曜日が天気が崩れるようだ。雨はやだな。
最後に今日はこれを聴いて寝ることにしよう。

小さい秋みつけた。 演奏は1:22より。

堀江美都子 歌のお姉さん 1978年 『ちいさい秋みつけた』
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