こんにちは。
今朝宅配便のベルの音で目を覚ましました。深い眠りに入っていたのでなかなかベルの音に気が付かなかったが、時計を見たら8時20分だった。
こんなに早く運送屋が来るとは思わなかったが、注文してあった自動車部品を受け取り、ふと窓の外を見たら真っ白で、雪が積もっていました。
また一眠りしようと思ったがなかなか寝付けない。休日の朝によくあるパターンだ。
朝はそれほど積もっていなかったが、夜になると短靴では歩けないほどの深さまで積もっていました。明日は晴れるようです。
さて、少し間が空きましたが私が聴いて感動したベートーヴェンのピアノソナタの名盤の紹介の続きをしたいと思います。
今日紹介するのは第19番、ト短調、Op.49-1です。
この曲はベートーヴェンのピアノソナタの中では技巧的に最もやさしい曲だと思います。2楽章の古典形式をとりますが、簡素でありながらも情感豊かな、なかなか味わいのある曲です。
ベートーヴェンはこの曲を大きな野心をもって作らなかったと思います。プロが演奏会で演奏するための曲というより、初級、中級者のために書いたソナタだと思います。
ベートーヴェンの教え子に頼まれて作ったのかもしれません。少なくても自分のために作曲したとは考えにくい。
第1楽章は、ト短調のアンダンテ、4分の2拍子をとります。この曲の最大のポイントは速度と音量です。
アンダンテは普通、歩くくらいの速度を示します。この第1楽章のアンダンテの速さをどの程度にするかによって、この楽章の曲想が全然違うものになります。
4分の2拍子なので歩行のリズムと同調する。歩きながらこの第1楽章の旋律を頭に思い浮かべながら速度を計ってみると、それほど速くないことがわかります。
しかしこの第1楽章をかなり速いテンポで弾いている奏者がたくさんいます。
第1楽章の曲想はしみじみとした感傷的なものです。それにもかかわらず第2楽章のアレグロに近いアレグレットもしくはモデラートの速度で弾いてしまったら、この素晴らしいしみじみとした情感を感じる暇などありません。
これは簡素であるがおいしい料理をゆっくりと味わうことなく、早食いしてしまうようなものだ。または高速の列車やバスから見る車窓のようである。曲の魅力を相殺するようなテンポの選択には注意すべきだ。逆に速さを求められる曲を必要以上に遅くしてしまったら、スローモーションの映像を見るがごとく、細部は明瞭になるが全体像がぼけてしまい、一体この曲はどういう曲なんだ、となってしまう。
ベートーヴェンはこの第1楽章の速度を速くすることを求めていないと思う。簡素だからこそ1音1音が心に響いてくる演奏が求められると思う。この旋律はまさにそのような演奏にふさわしいものであるからです。
次に音量ですが、p(ピアノ)がベースです。全体を通して静かに、ある部分では厳かに弾くことが感じられます。強く、大きく弾くべきところはベートーヴェンが楽譜に細かく指示しています。
この第1楽章を速い速度で強く弾いてしまったら最悪です。しかしそのような録音もありました。2拍子なので行進曲のよう聴こえてしまいます。
この楽章の最大の聴かせどころは下に示す部分です。
とても美しく感情エネルギーが最大に放出されるフレーズです。クレッシェンドから自然にフォルテに持っていくためには相当の修練が必要なのではないだろうか。
繊細な悲しい旋律の中にも暖かさや優しさが滲み出てくる素晴らしいフレーズです。よくこのような音楽を作れると思う。
第1楽章には回音という装飾音が頻繁に出てきます。
1箇所だけ除いて付点に付いていますが、88小節目だけ16分音符についています。
ベートーヴェンが何故この部分だけをパターンを変えたのか興味のあるところです。この回音をリズムを崩さずきれいに弾くことが重要です。
次に第2楽章ロンド・アレグロですが、第1楽章と対照的な軽快なリズムカルな明るい曲です。8分の6拍子ですが、2拍子ともとれます。嬉しいことがあったときの跳ぶような軽快な足取りです。
冒頭からスタッカートとレガートの両方が要求されますが、速い速度でこれを表現するにはかなりの技量が必要だと思います。
第1楽章を速い速度で弾いて、この第2楽章の速度は第1楽章の速度と殆ど変わらない奏者がいましたが、これは作曲者の意図に反していると思う。
第1楽章の速度と第2楽章の速度の差はかなりあるべきだと思う。速度に差がないと、どちらの楽章もその楽章のもつ特性が生かされない。繰り返すが第1楽章は静かでしみじみとした感傷的な曲想、第2楽章は嬉しい、楽しく元気な時に感じる軽快な曲想であるからだ。
中間部に次のようなフレーズが現れるが、ここの部分を意図的にワンテンポ遅く弾く奏者がいたが、あまり良くない。楽譜に指示された速度の変化以外はつけず、速い速度を維持すべきだと思う。
さてこの第19番の録音の聴き比べをした奏者は次のとおりです。
①アルトゥール・シュナーベル(1932年、スタジオ録音)
②フリードリヒ・グルダ(1968年、スタジオ録音)
③ヴィルヘルム・バックハウス(1952年、スタジオ録音)
④ヴィルヘルム・バックハウス(1968年、スタジオ録音)
⑤ディーター・ツェヒリン(1970年、スタジオ録音)
⑥マリヤ・グリンベルク(1964年、スタジオ録音)
⑦スヴァヤトスラフ・リヒテル(1965年、ライブ録音)
⑧ヴィルヘルム・ケンプ(1951~56年、スタジオ録音)
⑨ヴィルヘルム・ケンプ(1964年、スタジオ録音)
⑩クラウディオ・アラウ(1967年、スタジオ録音)
⑪エリック・ハイドシェク(1967~1973年、スタジオ録音)
⑫イーヴ・ナット(1954年、スタジオ録音)
⑬タチアナ・ニコラーエワ(1984年、ライブ録音)
⑭ジョン・リル(録音年不明、スタジオ録音)
⑮パウル・バドゥラ・スコダ(1969年、スタジオ録音)
⑯エミール・ギレリス(1982年、スタジオ録音)
⑰ダニエル・バレンボイム(1967年、ライブ録音)
⑱エミール・ギレリス(1975年、スタジオ録音)
⑲ジャン・ベルナード・ポミエ(1992年、スタジオ録音)
⑳園田高弘(1968年、スタジオ録音)
21園田高弘(1983年、ライブ録音)
22アニー・フィッシャー(1977~1978、スタジオ録音)
この中で感動した素晴らしい演奏を紹介します。
まず1番目は、⑭ジョン・リル(録音年不明、スタジオ録音)。
ベートーヴェンのピアノソナタ全曲を録音したイギリスのピアニスト。第一印象はとてもオーソドックスで堅実な演奏をする演奏家だと思ったが、非常に深く研究したことが伺われるだけでなく、注意して聴くと情感溢れた演奏であることがわかる凄いピアニスト。楽譜に最も忠実な演奏をしている。例えば第2楽章最後の部分の下の譜面についているスタッカートなどは、多くの奏者が省略しているが、ジョン・リルは上手く音を切り、軽やかな心の動きを出すことに成功している。
彼の音は、特に高音が独特の芯のある美しい音で、第1楽章のような簡素な曲の旋律を浮かび上がらせている。それは純度の高い美しいもののように感じる。
下の譜面の高音などがその特徴を如実に表している。
彼は低音も重く強い響きを出せるが、この19番の演奏に関しては上手く抑制している。
第1楽章の速度は理想的です。
そしてこの楽章の最大のクライマックスである先の部分のクレッシェンドからフォルテへの持っていき方は凄いと思う。
第2楽章の下の部分の爽快でかつ、強いストレートなエネルギーを感じると、人生で稀にしか感じられない幸福感とはこのようなものだと感ぜずにはいられない。伴奏部の16分音符の連続をこの速さでよく淀みなく弾けると思う。
音の切り方とレガートな表現の対比が素晴らしく、それが楽しい気持ちを一層際立てている。
2番目は⑦スヴァヤトスラフ・リヒテル(1965年、ライブ録音)
ライブ録音ですが完璧な演奏。リヒテルの最盛期の演奏です。
第1楽章はジョン・リルよりもわずかに遅いテンポ。せっかちな人は遅すぎると感じるかもしれない。録音の影響もあろうが音がとても美しい。このような簡素でやさしい曲から最大の感動を引き出せるのがリヒテルのような数少ない巨匠だと思う。
この演奏を聴いたらなかなか忘れることはできないであろう。それくらいインパクトのある演奏だ。
第1楽章の先のクライマックスの部分は多少テンポが走ってしまっているが、強い感情エネルギーが伝わってくる。最後の静かでありながら荘厳な響きはさすがだ。
リヒテルの魅力は第2楽章で更に強く感じられます。アレグロの速度を力強く、一点の淀みなく、明瞭に弾ききっています。ライブでこんな説得力のある演奏はないですね。
リヒテルは楽譜にも忠実です。作曲者の求めるものを最大限に優先しています。古い時代の巨匠にありがちな、独断的な解釈による演奏もしていません。作曲者の求めるものを最大限に尊重した上で、自分の強烈な個性、エネルギーで表現する演奏家です。
3番目は、⑰ダニエル・バレンボイム(1967年、ライブ録音)。
クラシック界では有名すぎる人。指揮者としても名高いですね。この録音は1967年なのでまだ彼がピアニストだった頃の演奏だと思う。
バレンボイムのピアノ演奏は昔何かの曲で聴いたが、はっきり言ってあまりいい印象がなっかたので、その後彼の演奏を聴こうとは思わなくなった。
バレンボイムはベートーヴェンのピアノソナタ全曲を録音しているが、値段が高く手が届かなかったが、先日中古品で安価なものを見つけたので思い切って買った。
よくない演奏もあるがこの第19番の演奏はいい演奏だ。地味な演奏に感じるかもしれませんが、作曲者の求めるものを一生懸命表現しようとする誠実さが伝わってくる。この時代の彼の演奏は純粋であったということだろうか。音は透明感にやや欠けるが、優雅で素直な音である。
このピアノソナタ第19番は全32曲の中で最もシンプルで華麗さはないが、テンポの選択、音量、感情の伝達の仕方など、奏者による差が歴然としており、演奏家が曲に取り組む姿勢の強さの違いがわかる、得られるものが大きい聴き比べであった。