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新潟の旅2017【北方文化博物館&お宝発見の第二章】

2017-05-12 | 新潟の旅2017

2日目最後の目的地、豪農の館、北方文化博物館へ最終入場時間の4時半前には着き、なんとか滑り込みセーフ?!

しかし閉館時間まで1時間を切ってる。さっさと見て回らないと~

前日にも数軒、豪農、豪商の館を回ったのだけど、新潟の豪農の館はなんかスケールが半端ない・・

建物、庭ともに圧倒される。

こちらの北方文化博物館は明治15年から8年がかりで建てられた、越後随一の大地主、伊藤家の本邸。

敷地は8800坪、建坪1200坪、部屋数65を超えるという純日本式住居。

入場口となってる土蔵門は門の左右に蔵が備えられていて相当な大きさ。

 

 

 こちらは主屋棟。

 

 

大玄関へのアプローチ

 

 

総欅造りの格調高い大玄関はまるで大寺院のよう。

お正月や冠婚葬祭、そして皇室の方が来訪された時にのみ開門されるという。

 

 

主屋棟には70坪ある台所、茶の間、囲炉裏端があり、ここでは当時は50人余の従業員が働いていたという。

 

 

一度に16人は座れるという囲炉裏端、隣には毎朝1俵もの米が炊かれていたというかまどがあり、

高い天井には煙出し窓がついている。

 

 

白いタイル貼りの流しはモダンな雰囲気で、機能性と美しさも備えている。

当時は最先端だったのだろうか~

 

 

流しの隣にはこんな深めのシンクもあって使い勝手もよさそう。

 

 

館内展示室には歴代当主のコレクションをはじめ、旧地主時代の文献や出土品などの考古資料も展示されていて

建物共に伊藤家の遺構を保存し、将来に残すという構想のもと造られた博物館なのだ。

 

大広間棟二階の展示室

 

 

 

 

枯山水の庭を挟んで大広間棟が建つ

 

 

大広間に入ると、ちょうどボランティアガイドさんの解説が行われていた。

急いでいたが、ちょっと耳を傾けているうちにその話に引き込まれ、聞き入ってしまった。

 

 

庭園は7代目の依頼により、銀閣寺ゆかりの名庭師、田中泰阿弥が昭和28年から5年の歳月をかけて完成させたもので、
 
完成を見ずして亡くなった7代目の信頼に応えて全身全霊をかけて造り上げられたものだそう。
 
 

 

庭園を造るにあたっては貧窮した農民に仕事を与えるため、庭園の石ひとつひとつを手作業で運ばせるなど

公共救農事業的な役割も担っていたという。

 

 

庭園には5つの茶室が点在していて、お茶室へ行く途中に湯殿に立ち寄り・・

という話がガイドさんの口から出た。

湯殿があったんだ~、そこは見れるんだろうか??

解説は1時間ほどあったそうだが、私たちは最後の十数分ほどしか聞けなかったので

解説が終わった後、ガイドさんへ質問などをしに行った。

湯殿の話が気になり、そこは見れるのか?と問うてみたら、残念ながら非公開とのこと。

しかし湯殿といえばタイルなので、タイルは貼られているのか?など聞いているうちに

前日の大棟山でのお宝発見の話になり、私たちのタイル&建築への熱い思い?!が伝わったのか?

ちょっと案内しましょう。という話になった。

閉館まで時間もあまりなくさっき入ったばかりの私たちだったので、この屋敷のみどころをかいつまんで案内してくれるんだろうか~と

慌てて後をついて行った。

 

 

がしかし、ガイドさんはおもむろに立ち入り禁止の扉を開け、中へ招きいれてくれたその先には・・

 

 

タイルだーー!!

な、なんと長い廊下には点々と、タイルが敷かれていたのだ。

うぉーーーっ!

ぷにょさんと私は絶句・・

これは昨日見た瀬戸の本業タイルじゃないか!

 

 

しかも、目の前に昨日見た雪輪タイルと同じ形のタイルがある。!

大棟山で見た雪輪タイルのことを話したら、その村山家とこの伊藤家は親戚筋にあたるという。

なにーーーっ!

つ、つながってるやん!

あまりのうまい話?に鳥肌がたった。

なんかもう世紀の大発見でもしたかのようにぷにょさんと私は喜び合った。

ガイドさんも私たちのあまりの反応のよさに喜んでくれたようだった。

 

 

ガイドさんは閉館間際で忙しいのでちょっとこの場を離れる間、私たちはこのタイル廊下で5分ほど自由時間をもらい

タイルの写真を撮りまくり、、

 

 

渡り廊下は途中で折れ曲がり、更にタイルは点々と続き、

 

 

行き止まりに青磁の男子用便器とスリッパが置かれ、その隣に同じく青磁の大便器が設置されていた。

すごい!すごすぎる~~

 

 

雪輪タイルはどれも手書きで描かれた繊細な動植物文様が描かれ、茶色い吹き墨がワンポイントに

掛けられている。

 

 

 

扇形のタイルはここで初めてみたけど、手書きで風流な草花、鳥の図柄や

 

 

 

ねずみが一輪車漕いでる柄などほのぼのした絵付けもあり

 

 

それぞれに味わい深い。

同じ扇型でも並べ方のバリエーションも違ってておもしろい。

 

 

これはプリントなのか?細かい模様のタイルも。 

 

 

便所の隣には座敷があると思ったら、これは脱衣所のようで、

 

 

脱衣所と風呂場の境の扉も雪輪マーク。

今まであまり見たことはなかったけど雪輪タイルもそうだけど、雪深い新潟では、雪輪文様はポピュラーな意匠なのかな。

 

 

風呂場の天井は網代でとても凝っている。

 

 

小さな床の間のようなスペースまでも。

格式高そうなお風呂だった。

ここでガイドさんが戻ってきて、お風呂場から撤退・・

夢のようなタイルパラダイスなひとときを与えてくださったガイドさん、ありがとうございました!

タイルの写真もブログ掲載OKとのことで、北方文化博物館をどんどん紹介して欲しいとのことだった。

 

 

そして、お客さんがいなくなった大広間をささっと撮らせてもらった。

約100畳ある巨大な書院造の大広間は庭園に面していて、冠婚葬祭などの特別な行事に年に数回使われたそう。

 

  

座敷の中から庭園を眺めると、最小限に抑えられた柱のおかげで庭園との一体感が感じられ、

切り取られた額縁の絵のように庭園の景色が目に飛び込んでくる。

 

 

 

 

 

 

この道〇十年の方が、目の前で26枚雨戸が入っているという分厚い戸袋から雨戸(ガラス戸)を次々に出して、

窓を閉めていく様子も見ることできた。

昔はこれは子供がする仕事やったんや~と意外にもバンバンと勢いよく扉を飛ばしてたので、この明治のガラスは大丈夫なんかな?

と心配になってしまった。

 

  

後、私たちが気になってた正三角形の建物、山楽亭へも案内して頂けるとのことで少し館内を見ながら待った。

大広間棟の二階からはちょうど中庭の藤の花が眼下に見える。

 

 

三楽亭へ行く途中、藤の花を走りながら激写

 

 

この後、藤のライトアップの入場が始まるという。

 

 

急いで三楽亭へ。

三楽亭は、本邸完成後、2年間かけ明治24に竣工したそう。

当初は六代当主の書斎として建てられたが、現在茶室としても使用されているという。

正三角形の建物なんて初めて見たけれど

 

 

室内を外から見て更に驚いた。

敷かれてる畳は三角形の建物に合わせてなんと平行四辺形になってる。

引き出しなども平行四辺形になってるそうで、苦心の末建てられたもののようだ。

 

 

 大きな丸窓なども見え、興味の尽きない建物だった。

そろそろライトアップ入場の始まる時間になったので、

お忙しい中案内してくださったガイドさんにお礼を言って北方博物館を後にした。

うーん、それにしてもすごいお宝をを見ることができた・・ 

 今回もギリギリに到着したにもかかわらず、ガイドさんの解説の残り数分の話が聞け、その中に湯殿の話が偶然出てきたこと。

その後、ガイドさんに直接話が聞けたことなどから短時間のうちに流れるようにタイルに導かれた私たち・・

大棟山に続いてまたしても・・我々に降り注ぐ大いなる宇宙の力(だんだん話が大きくなってる?!)を感じた私たちだった。

 

平行記事企画?!ぷにょさんの「まちかど逍遥」GW新潟 湯殿のタイル回廊はこちら→☆

 

 

 

 


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