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映画「亡国のイージス」前編

2016-01-06 | 映画

新春に紹介する映画としては多少不適切な気もしますが、この欄で興味を持った人が
お正月休み中に(え?もうとっくに仕事始まってるぞって?)
観てくださることを祈願して、ご紹介するのは・・・・ 

海上自衛隊全面協力による架空戦記、「亡国のイージス」。

2005年度作品と言いますから、もう既に10年以上前の映画ですが、何と言ってもほら、
それは当ブログ開設前のことで、この手の映画への興味というものも、
今とは違いほぼ皆無といっていい時期であったという・・・。

今頃、という感はありますが、HULUにアップされていたので、
観た勢いで原作の小説も一気に読破しました。
とにかく福井晴敏の原作は、気持ちいいほど平易な文体でありながら、
本質をきっちりと表現するだけの必要最低限の言葉で読者の想像をかきたてつつ、
かつリアリティをも持ち合わせているといった具合で、
このわたしをして(ってどのわたしだ)、近来稀に見る娯楽小説と思わせました。

さすがは発表後各賞を総なめにし、映画、漫画、ラジオドラマ、ゲーム、
そしていくつものスピンオフ作品を生んだというだけのことはあります。


そんな作品なので、巷には映画評も出尽くしているわけですが、
エンターテイメント作品として一定の評価はあるものの、その一方で「説明不足」、
「小説を読んでいないとわかりにくい」という批判に必ず行き着きます。

 わたしも、小説を読んで初めて合点したいうことだらけで、
この作品、特に構成に対する評価は高くはないのですが、当時の映画として、
これ以上は望むべくもない俳優陣を配したおかげで、少なくとも
心に残る印象的で魅力のあるものとなったことは否定しません。


まず、タイトル絵の四人。

宮津とヨンファの反乱に対し、如月行を救うためにたった一人で総員退艦の
内火艇から飛び込んで「いそかぜ」に戻る、先任伍長仙石に真田広之

「悪く言えば漫画で最後に主人公にコテンパンにされる悪役不良番長のような」

朴訥で地味な容姿、というのが原作の記述なので、超男前の真田は本来対極のイメージです。
いまや「世界の真田」として、ハリウッドからも御呼びのかかる真田に相対するのは、
悪役の某国(つまり北朝鮮なのだけど映画では最後まで国名を言わない)工作員、
二等海佐溝口ことホ・ヨンファ役に中井貴一

この人の悪役は初めて見た気がするなあ。
原作では40歳前後のすらりと背の高い端正な顔の男、とあるので、
イメージ的にも近く、この冷血なのに実は執念深くて、私的感情に
翻弄される破壊的な男を、 徹底的に悪役に徹して演じています。

こういう大物がどんな悪役を演じても、「中井貴一は中井貴一」なので、
俳優としては何のダメージにもならないのですが、そのかわり、

「この人が出てくると”これね、ミキプルーンの苗木”と言い出しそうで笑う」

と言ってる人がいたな(笑)

で、このヨンファというのが、原作では徹底的に嫌な男なんだよ。
正体がばれ、工作員として振舞うようになってからは、 何かと言うと、

「さすがは日本人、疑うことを知らず従順ですな」

とか嫌味ったらしく ニヤニヤしながら皮肉を言ったり、原作では最後に
真田の仙石先任海曹と立ち回りをしたときに、致命傷を負い、
肩を貸して救出しようとする仙石を油断させておいて、

「お前ら日本人はどこまで甘いんだ」

とばかりにナイフで胸をえぐる、絶対的な悪の権化。 
で、このプロ工作員が宮津と組んで「いそかぜ」を使って日本政府を脅し、
米国の日本国内での「暗躍」を世界に告知させて世界を混乱に陥れ、
その混乱に乗じて北朝鮮でクーデターを起こし、政権を乗っ取るのが目的です。

映画では説明されないバックボーンとして、北朝鮮情報局長で上司、
そして養父のリン・ミンギの首を自分の手で斬り落としたという過去を持ちます。


さてここで、小説の内容をまずざっとまとめると、

防大生の息子を国家に暗殺された海自の2佐宮津が、復讐のため、
息子に接触していた某国工作員ヨンファと手を組み、賛同者とともに
乗り組んだ護衛艦「いそかぜ」を使って反乱を起こす。

彼らが持っているのはわずかの量で首都を壊滅せしめる毒ガス兵器、GUSOH。
これは、アメリカ軍が開発し極秘裏に日本に持ち込んでいたものであるが、
「辺野古ディストラクション」という在日米軍基地での事故の際、一部をヨンファが持ち去った。


防衛省の秘密組織「DAIS」からはそれらの動きを探り、封じるために
父親殺しの罪を犯した如月行にの工作員として訓練を施し、
「いそかぜ」に1士として潜入させる。

如月の孤独な魂と先任伍長の仙石の心は共鳴し合い、宮津とヨンファたちに
たった二人で戦いを挑む。



反乱を起こす防大生の父親である宮津二佐を演じるのが、寺尾聡
寺尾聡というと「ルビーの指輪」しか想像できない人もいるかもしれませんが、
実はこの人、名優宇野重吉の息子なんで、演技も普通に上手いわけ。

そういえば中井貴一も、佐田啓二の息子で名付け親は小津安二郎でしたね。


たとえば、「いそかぜ」が訓練を行うことになっていた「うらかぜ」を
実際にハープーン2発を撃って、2発目に沈めてしまうシーンがあります。



このときの「うらかぜ」阿久津艦長を演じている矢島健一
一発目のハープーンを迎撃するも、間をおかずやってくる二発目に間に合わないと知り、

「衝撃に備え!」

と全艦放送したあと、自分だけは送受器を握って空を睨む「戦死」前の艦長。
この後、「うらかぜ」には「いそかぜ」からの二射目のハープーンが直撃します。
原作ではその直後の「うらかぜ」CIC内の壮絶な現場がこれでもかと描かれるのですが、
映画では表現がしょぼすぎて、がっかりです。


このとき、宮津を「部屋長」(防大の後輩だった)と呼んで慕っていた阿久津艦長は

かろうじて生き残り、反乱を起こした「いそかぜ」を攻撃する作戦に従事し、
訓練に坐乗していた護衛隊司令衣笠1佐は死亡する、
というのが原作。


しかし、「いそかぜ」CIC
からは、「うらかぜ」が轟沈したのは
モニターの「DD URAKAZE 」がふっつり消えるのでしか確認できません。

その文字が消えた瞬間、宮津副長(後述の理由で映画では副長となっている)は、
モニターを見ながら、片方の目の下の筋肉だけをぴく、と動かし、ヨンファは


「見たか、日本人。これが戦争だ」


と得意顔で言い放つのでした。

復讐という目的のために、同じ海上自衛官の仲間を殺戮する初めての瞬間、

「片頬ぴく」だけというのが、宮津が静かに狂っていることを表現していました。
ヨンファのセリフは原作通りなのですが、小説ではここに至るまで、
「いそかぜ」は、宮津の命令で、すでに空自のF-15を1機撃墜していますし、
ヨンファの妹である工作員のジョンヒや艦長殺害を見られたのを理由に、

何も知らない士長や2士を二人も(映画では一人)殺害しているのです。

「うらかぜ」一隻沈めたくらいで「これが戦争だ」はないだろう、
という向きもありましょうが、実はここまでに色々やらかしているので、
小説では大変説得力のあるセリフとなっているわけです。
 



そこでまず大前提の、「宮津の息子である防大生は本当に国に謀殺されたのか」
ってことなんですが、映画では情報局の渥美局長(佐藤浩市)に
清廉な人物像を演じさせている関係か、はたまた自衛隊に全面協力をしてもらった、
という
利害関係のせいか、あくまでもはっきりしません。
見ようによっては、防大生の暗殺はヨンファの謀略のようにも思えるくらいです。


「国力とは財力や軍事力ではなく、国民が祖国に抱く愛国心である」
「今の日本には愛国心も、国家の意思と呼べるものも無い」
「防衛の要であるイージス艦は、守るべき国を亡くしている」

という内容の「亡国の盾」という論文を書き、自衛官として「危険思想」である

勉強会の一員でもある宮津隆の暗殺を指示したのは、小説では渥美であったとなっています。

もちろん論文を書いただけが原因ではなく、北朝鮮のテロリストと接触したうえ、
日本の秘密情報組織DAISの存在を知ってしまった彼に、各国情報機関が接触してきたので、
そうなれば国益の危機だと判断された、というのが暗殺の理由でした。


「亡国のイージス」発表後、すぐに映画化の企画が持ち上がりました。

当時の防衛庁は、自衛官が反乱を起こすという内容は認められないとしたため、
その話は一旦立ち消えになったのですが、衰えぬ原作の人気に、

5年後の2005年、もう一度映画化が持ち込まれました。

当初防衛省の態度は前回と同じであったのですが、前と違うことが3つありました。

一つは、1999年当時とはわが国を取り巻く防衛環境が大きく変わってきたということ、
戦後60周年の節目であったこと、そして当時の防衛庁長官が石破茂だったことです。

石破長官がこの原作を大変評価していたため、(まじかよ)その口利きで、
というか強い意向に牽引される形で(笑)映画化が相成ったっていうんですね。 

ちなみに同年、「男たちの大和」「ローレライ」「戦国自衛隊1549」
など、自衛隊協力によるこれらの作品が続けざまに発表されています。


映画化にあたっては、防衛省の注文に応じて、小説とは設定が幾つか変更されました。

「いそかぜ」艦長である宮津が、映画では「副長」となっているのもその一つ。
なぜ副長は良くて艦長では具合が悪かったのか、いまいちわけがわからないのですが、
そのため、映画では「いそかぜ」 艦長(橋爪淳。零戦燃ゆの整備兵を演じた人)が、
なんとヨンファの部下に殺されるというストーリーになっています。



FTGとして乗り込んでくる溝口3佐(実はヨンファ)に、
「初めてだな」 、つまり今まで見たことないと不思議そうに聞く艦長。
宮津副長は息子の件で陸に上がるよう、上から通達が来ていたのに、
この衣笠艦長の口利きで「いそかぜ」の副長にしてもらっています。

なのにヨンファの部下に殺させるのを黙認するなんて、宮津2佐、最低やー! 

そして最後の一人、工作員「アンカー」こと如月行。(勝地涼
「長髪で背が高く、まるでアイドル歌手のような」風貌の青年、という設定で、
俳優勝地涼は雰囲気も含めてぴったりのイメージ。


彼には自分の父親を殴り殺した(つまり原作でのヨンファと同じ境遇)過去があります。
唯一の理解者で、自分に絵を描かせてくれた祖父を、財産目当てに殺した父。
愛する母をも自殺に追いやった父親を殺した行は、その身を国家に「買われて」、
殺人を不問にするのと引き換えに、防衛省の情報局の工作員になりました。


「どこにも行くところがなかった」行は、寝食を共にした自分の子犬を殺して肉を喰らう、
という採用テストを経て、非情な特殊工作員としての特殊訓練を施されます。
もちろん映画では全くそういったことは描かれません。


映画の限られた時間では、例えば、宮津についてきた幹部が、その自衛官人生どころか、
人生そのものを棒に振って反乱に加わる理由についても、説明されないままなのですが、
小説には、何人かについては、その動機がバックボーンとともに語られる部分があります。


例えば、砲雷長の杉浦。

「海上自衛隊という組織が自分の期待を裏切り続けてきたからだ。
日本という国家があまりにも破廉恥な行為を重ねてきたからだ。
それを告発し、世界に裁定を委ねる我々の行動は絶対的に正義だ。
それにしてもあの愚鈍で厚かましい、海曹の権化たる先任伍長。
ああいう連中がいなければ自分もこんなことに巻き込まれることもなかった。
あんな奴ら、早く殺して仕舞えばいいのに


この杓子定規で頭でっかち、ヒステリックで下から嫌われている士官にとって、
自分の所属する機関と所属する国、そのいずれもが自分の思うとおりにならないのは

全て、五月蝿くて目障りな、「海曹」に代表される夾雑物のせいなのです。


他の「叛乱幹部」は配偶者を失い、あるいは独り身で、自棄の気持ちから参加した者や、
宮津に心酔しており、

「この艦長とならたとえ行く先が死か破滅であっても付いていく」

と決意した者であったということになっています。

が、それにしても、そんな自衛官が都合よくこんなに(21名も)いるものだろうか、
というのもこの原作に対する突っ込みどころの一つではあります。

 


この映画についてはもう1日だけ、残りの人物についてお話しします。


 



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5 Comments

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撮影当時 (雷蔵)
2016-01-06 14:36:05
艦内のシーンは撃ち合うところ以外はほとんど、きりしま(イージス)で撮影されたそうです。

整備に影響がないように、夜間に撮影したそうですが、あまりにも上陸せず、見学する人が多く、写らないようにするのが、大変だったそうです。

撮影終了後、スタッフから感謝の意を表して、試写会があり、隊員と家族が呼ばれたそうです。

若い隊員が多く、小さなお子さんが多かったようで、撃ち合うシーンの多さに泣き出すお子さんが続出し「お父さんは一体、どんな仕事をやっているの」と問い詰められ困ったそうです(笑)
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海上自衛隊ファンの必読図書(笑) (鉄火お嬢)
2016-01-06 19:05:12
「亡国のイージス」かわぐちかいじの「沈黙の艦隊」「ジパング」(今度は「空母いぶき」)と並んで、これらを読んでおかないとマニアとして「基礎過程」が修了していないと言える(笑)
私も「亡国のイージス」は場面やセリフを覚えてしまうぐらい読みましたが、絵を描いていた人間として、描くことを介して理解し合う主人公二人の心の機微が、何となくよく理解できたのです。キャラクター的に好きなのは、やはり熱い男「艦を動かすことしか頭にない」阿久津艦長でしょうか。阿久津の行動も結果オーライにしてもオイオイな暴走もありますが、下で働くなら阿久津艦長がいいなあ。
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亡国のイージス (佳太郎)
2016-01-07 08:58:08
浪人生時代に読みましたね(笑)
当時は全く知識がなかったのでよくわからなかったです。
今になって思えばこの小説のいそかぜの改修って実際にできるんですかね?ちょいと気になります。
話のオチがわりと気にいっています。北朝鮮も所詮お釈迦様の手の上の孫悟空的な感じなので。
返信する
FCS-3 (雷蔵)
2016-01-07 14:05:06
亡国のイージスに登場する「ミニ・イージス」は「ひゅうが」型や「あきづき」型に搭載されている射撃指揮装置3型(FCS-3)がモデルです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/FCS-3

原作には「いそかぜ」は「はたかぜ」型であることが示唆されています。当初「はたかぜ」型は4隻建造される計画でしたが、イージスシステムの対日リリースが予想外に早かったため、3番艦と4番艦は建造は中止されました。

「はたかぜ」型からイージスに移行した時期、アメリカではNew Threat Upgradeと呼ばれる近代化改修が行われていました。(下記リンクの「NTU改修」)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0

「はたかぜ」型のターターミサイルをイージスと同じSM-2ミサイルに換装するもので、イージスの対日リリースを模索していた頃「はたかぜ」型に同じ改修が出来ないか自衛隊でも検討されました。

この改修では「はたかぜ」型の後部飛行甲板には、イージスと同じMk-41 VLS(垂直発射装置)を搭載し、ここからSM-2ミサイルを撃てるようにする計画でした。

原作に登場する「いそかぜ」はまさにこの通りのレイアウトです。実際には「はたかぜ」型の3、4番艦建造を取り止めた際、この近代化改修計画も中止され、実現には至りませんでした。
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皆様 (エリス中尉)
2016-01-07 19:07:10
雷蔵さん
ロケに使われたのは「みょうこう」だとウィキにはありますが、「きりしま」ですか?
wikiはあてにならないからなあ・・・。もしかしたらこちらが間違いかもですね。
「あまりにも上陸せず」って、皆ロケ見たさに居残っていたんでしょうか。
なんか・・・かわいい(笑)

しかしあの映画をお子様に見せるのは少し問題があったかもしれません。

原作中の「ミニ・イージス」が結構気になっていたので解説ありがたいです。
そういえば仙石先任海曹はターターの扱いなら超ベテラン、という設定で、
急に乗り組んで来た如月は、ミニ・イージスの扱い方を研修してきた、
ということになっていたと思います。

鉄火お嬢さん
ヘリのパイロットを脅して現場に運ばせてましたね、阿久津艦長・・・・。
映画では「うらかぜ」の生存者のことが書かれていなかったので、
結局「いそかぜ」の艦長に護衛艦司令の衣笠の名前を割り振っており、
阿久津艦長の活躍がなかったのが残念でした。
あとは、ジョンヒに海中でやられてしまう水中処分員の出番がなかったのも。

佳太郎さん
わたしももし5年前に読んだら全く理解できなかったと思います。
自衛隊組織について多少なりとも知識がないと何のことやら、ですから。

本当に「オチ」ですよねー(笑)
今回の北朝鮮のミサイルの動きだって、アメリカは皆知っていたから、
年末に慰安婦問題を無理くり解決させて韓国を防衛的に引き寄せようとしたのでは
ないか、という説もあるようです。(でないと時期的に不自然すぎる)


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