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上海海軍特別陸戦隊

2012-04-19 | 海軍

1939年(昭和14年)東宝作品、上海陸戦隊を鑑賞しました。
上海海軍特別陸戦隊とは、海軍が上海に権益保護のために駐留させていた陸戦隊のことです。
通称「しゃんりく」。
何でも二音節に縮めて言うのが我われ日本人の伝統と習性ですが、
この通称はあまりセンスが良くないというか、強そうに思えないのはわたしだけでしょうか。

それはともかく皆さん!あまり歴史に詳しくない方は、ここで勘違いしないように。
上海陸戦隊は、「南京侵攻」で言われているように侵攻して占領して、悪の限りを尽くしたことも、
村を焼き払ったり、訳もなく無辜のあわれな中国市民を何万人も殺戮したこともありません。


そもそも、戦況がどうあれ兵力もお金もそんなに無いのに、何のために日本が全軍力を結集して
女子供を殺さねばならんのかと、機会があれば南京肯定派の皆さんとひざを突き合わせて
聞いてみたい気もしますが、その話はともかく。

20世紀前半、日本は他の列強と同じく、上海にある共同租界に居留民を住まわせていました。
住民の権益の保護が目的で最初の頃は簡単な警備隊を派遣していましたが、
1920年ごろから上海周辺の情勢悪化が目立ち始め、1927年には国民党軍の北伐
(一言で言うと中国国内のごたごた)が始まると、1400人の五個大隊が海軍から派遣され、
上海クーデター(しつこいようですがこれも国民党vs共産党ね)の間、租界を防衛しました。

このクーデターのあと、警備強化目的で派遣された陸戦隊の一部は上海陸戦隊の名で、
この地に駐留することになります。
その後第一次上海事変で日中の衝突が起こり、しゃんりくは租界防衛を果たしますが、
この際に鎮守府から独立した常設の部隊となり、その名を
上海海軍特別陸戦隊とあらためることになりました。

前置きが長くなりましたが、この映画「上海陸戦隊」は、この昇格した後の特別陸戦隊、特陸
(勝手に縮めてるし)が、第一次上海事変を戦う様子をセミドキュメンタリータッチで描いたもの。

言っておきますが、全く面白くありません

おそらく、レンタルショップにも置いていないでしょうし、購入するにも密林では3600円。
この、貴重は貴重だが、果たして買うほどのものか、とつい思ってしまうであろう映画を、
今日はそんな皆さんのためにアップします。



ちゃんとサブタイトルには正式名が書いてありますね。
どうして面白くないかというと、これは海軍省によって作られた「戦況報告映画」だからです。
第二次上海事変が終息した約一年後、「あの時我かく戦へり」を、
国民の皆様にちょいとドラマチックにお伝えする、国策映画とでも言いましょうか。



おお!指揮内藤清五、演奏海軍軍楽隊
ただしこの映画、挿入BGMは一切なく、映画の始まりに「紀元二六〇〇年」(多分)、
この海軍葬のシーンでなんだか妙な葬送ファンファーレを演奏する軍楽隊が出るシーン、
あとは喇叭とラストしか音楽が入りません。
あざとい音楽演出されるよりは、すっきりしていていいんですけどね。
儀仗兵の向こうに見える小さいほうのおじさんが内藤軍楽少佐です。



映画は、中国側保安隊によって殺害された陸戦隊中隊長の大山勇夫中尉
斎藤興蔵三等兵曹の葬儀から始まります。
この事件がきっかけで第二次上海事変がはじまるのですが、これ以前にも日本兵の
拉致殺害事件は起きており、映画では
「我々日本はあくまでも平和的解決を求め紳士的に対応を迫ったが、
中国側の態度は不誠実で・・・なんたる屈辱!」
とナレーションが入っていました。



大山中尉の海軍兵学校同期という設定の中隊長、主人公岸中尉(大日方傳)
おびなた・でんと読むんですが、おびなたと入力したら一発で出てきたのでびっくりしました。
昔のスターさんなので、当時長身のイケメンと言われていても、
今の感覚で言うと若干、いやかなりの「舞台顔」。
全身像を見ると何かしらバランスが、という感じは否めません。
時代劇には映えるタイプですね。



剣呑な空気に、市民は避難を始め、中国人なのに租界に保護を求めてきます。←注目
租界の日本人は、取りあえず学校に避難。
わんちゃんは哀れおいてけぼり。
というか、中国においてこの状況、この犬にとって大変残酷なのではと思うがどうか。
知り合いの上海出身男性は
「犬や猫なんて、上海の人間は絶対食べないよ!」
と息巻いていましたが・・・・・どうだか。



包囲され、ドンパチ撃たれているのに上からの許可が出ないため、反撃できない部隊。
悔しいからせめて石投げてやるぅー!(右)



ここで事件発生。
ひとりの女性が制止する兵を振り切って、バリケードの外に出ていきます。
そして、命からがら帰ってくるのですが、なんと彼女の取りに行ったのは「哺乳瓶」。
いや・・・、これ美談じゃないでしょ?
どうしてそんなもののために危険を冒してみんなに迷惑と心配かけるかね。
そもそも赤ちゃんに授乳するなら自前でしろと。

このお母さんは手を怪我して、避難先の学校で新聞記者のインタビューを受けるのですが、
マスコミがこういう人を持ちあげるから、危機の際行動を誤って犠牲になる人がでてくるのでは?
実話かどうかは知りませんが。
盛り上がりが無いとは言え一応映画なので、演出だと信じたいですがね。



やらせ発見。がれきの中を駆け抜ける猫。



監督のキュー待ちをしてこちらを覗っている証拠映像。



戦闘ではさっそく犠牲者が出ます。
死者に日本の国旗を掛け、自らも後に続くことを誓う中隊長。



部隊に保護を求めてきた中国人たちに、自分たちの糧食を分ける日本兵。
「怪しくないよ~!美味しいから、ほら」とおにぎりをかじってみせます。
皆、喜んで空腹を満たすのですが、ここで反抗分子が登場。



仲間のもらったおにぎりを「日本人なんかからそんなものもらっちゃいけない!」
と叩き落とす反日娘。
これ、誰だと思います?
あまりうまくない中国語でお芝居しているのですが、なんと原節子(当時一九歳)。
一緒に日本の陣地に逃げて来ながら、なぜここまで反抗する?
この中国娘のエピソードが、戦闘シーン以外での唯一のこの映画の見せ場となっています。



膠着し、兵数の多い相手に苦戦する海軍は、四人の決死隊を送り込みます。
決死隊の編成にあたって訓示をする大山傳七少将(実在の人物)。
このときあらためて気づいたのですが、海軍兵なので、陸戦隊なのに「水兵」と呼ぶんですね。
この様子も全く淡々としていて、決死隊が自分の戒名を胸に抱いているのを見て、
小隊長が「そんな下手な字では冥土に行けんぞ」「はい、へたですみません」などという
会話をします。

盛り上がるシーンの筈なのに、ここに限らず全編、いかんせん音声と俳優の発声が悪すぎて、


何を言っているのか全く分からない。

これが、この映画を全く面白くなくしている大きな原因の一つです。
集音マイクなんてまず使っていないので、機銃の音声や爆音が響き渡り、
戦闘中の会話などもう壊滅的に意味不明。



戦闘で傷つくも、後方に下がることを拒否し、尊敬する中隊長と運命を共にせんとする部下。
その覚悟を知り、目を潤ませる隊長。
優勢な敵勢力に、次々日本軍は人員を失っていきます。
弾薬を運ぶ途中で狙撃されるも、命が尽きるまで任を果たさんとする者。
最後の一人になっても基地を守り抜こうと奮戦する者。



日本人が避難している学校では、戦線に不足している食料を送るため、
租界民が必死でおにぎりを握ります。
日頃そんなことを全くしたことのないダンサーまでもが、いてもたってもいられず参加。
「あつー!」と叫びながらも、隣のおじさんにやり方を教わりながら奮闘。

自らは必死で戦いながらも、保護している中国人の生命すら気遣う日本軍。
「良民につき日本軍が保護する」と避難所に貼られた紙を見て、皆感激します。



日本兵って、なんて親切なの!
皆のそんな声を聞くうち、だんだん彼女の心に変化が訪れます。



どうしてこの人たちは戦っているの?
中国人と戦っているのに、わたしたちにはなぜこんなに優しくしてくれるの?
彼女にはわからないことだらけです。
救いを求めるように、仏の姿を仰ぎ見る娘。



最後まで死を覚悟して戦い続けた岸隊長も、遂に敵弾に斃れます。
しかし、そのとき、戦線からの一報が。



海軍航空隊が南京を大爆撃したぞ!
それまで銃を持っていた在郷軍人と一般人、報道記者は、皆でバンザイをします。
軍艦旗が高々とあがります。



自らを犠牲にしていった日本の兵隊の姿を見、何を思うのか。
思わず仏に祈りをささげる娘。

映画の最後のナレーションは次のようなものです。

かくて上海陸戦隊の勇士たちは、陸軍部隊がこう何の敵を掃討しつつ
南下してくるまでの二ヶ月間、以然数十倍の敵を相手にして、
断固虹口(ホンキュウ)を守り通したのでありました。
この二ヶ月間、いかに激しい戦いが行われ、いかに尊い犠牲が払われたか、
この戦跡を見ただけでも生々しく想像することができます。
海陸両軍相呼応して敵をザホクのポケット地帯に追い込んで、これをせん滅し、
上海を全く陥落させたのは一〇月二七日でありました。
爾来一年有三、上海には復興の気漲り、いまや新東亜建設の黎明は、
大陸の空に仄々と明け初(そ)めています。
わたしたち(?)は無限の感謝を(?)て、
我が上海陸戦隊の不滅の偉業を(?)に伝えたいと思います。

はてなの部分は、不自然に音が飛んでしまって、聞き取れませんでした。


さて、今、川村市長の南京発言をめぐって色々ありますね。
もともと証拠として非常に不明かつ怪しい点のある南京大虐殺について、
ここ何年か、正面切って「ここがおかしい」とする本が多数出だしたのは、いい流れだと思います。

しかし、やはりその流れを必死で元に戻そうとする人々もいるようで、私が最近見たサイトは
「南京の証拠写真の捏造を検証する意見に、悉く反論する」というものでした。
たとえば「人口二十万の南京でどうやって三十万虐殺するのか」
という疑問に対しては
「当時の南京が人口二十万であったという証拠がそもそもないので、
その仮説は成り立たない」

・・・・・・・・・・・。

いや、これ本気で言ってます?
そんなこと言いだしたらどんな議論も無に帰してしまうではないですか。
世の中には何とかして日本がアメリカの落とした原子爆弾による総犠牲数を超える
一般人大殺戮をしたことにしないと、具合が悪い人がいるみたいですね。

そのサイトにはなんと「中国に便衣兵などいない」という文言さえありましたが、
この映画でも「シナの便衣兵によって我が上海陸戦隊の宮崎一等水兵が拉致され」
って言ってるんですよね。
便衣兵はいたんですよ。

こういうことを言っている人は(何国人か知りませんが)取りあえず南京に行ってみれば?
三十万殺されたのがもし本当なら日本人など八つ裂きにされてしまうはず。

わたしは行ったことがありますが、南京大学には日本語専攻科があり、市内には
孫文の遺体がある中山寺もあります。中山は孫文の日本名です。
三十万殺されたのが本当なら、南京に日本名の寺を造るでしょうか。
地元のインテリは「南京虐殺記念館」など知らないし興味もなく、わたしが行こうとしたら
「あんなもの見なくていい(どうせ嘘っぱちだから)」なんて言われましたよ。

この映画は、南京大虐殺はあった!と言い張る人たちに是非観ていただきたい。
上海における日本軍の戦闘のきっかけはあくまでも海軍軍人の拉致、殺害であり、
中国人を抹殺する必要など全く無かったことが、まずわかるでしょう。
南京においてだけ日本軍が凶暴化しなくてはならなかった理由も、全く読み取れません。

この映画が日本のプロパガンダであることを否定するものではありませんが、
この映画に流れるテーマの真意ですら理解できず捏造であると決めつける人がいたら、
それはおそらく日本人ではないとわたしは断言してもいいくらいです。

そして、敵国民であっても無益な殺生はしない、という、日本人特有のメンタリティは、
映画の中で中国人たちを保護するシーンや、彼らに食料を与えるシーンに現れています。
この同じ軍隊が、三十万もの無実の人間をどうやって殺したのか、何のために殺したのか、
主張していることが不合理で整合性が取れないことに、よほど馬鹿でなければ気づくでしょう。

川村市長は「南京について不審な点を日中両国で話し合いたい」と言っただけだそうです。

これ自体は決して面白くも、映像作品としてよくできているとも思えない映画ですが、
対話が実現したあかつきには、日本軍の当時の精神的アリバイ証拠としてこれを共に鑑賞し、
さらに中国側には、証拠を耳を揃えて出していただいたうえ、
この状況から同じ軍隊が三十万人殺戮するに至った経緯などを
じっくり解き明かしていただきたいものです。











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