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「リメンバーエイプリル」~帝国海軍軍人とアメリカ少年

2012-04-12 | 映画

       

皆さんは、ハリウッドのスターと話をし、飲食をともにしたという経験がありますか?
わたしは、一度だけ、あります。
世界的大指揮者にカツサンドをおごらせたことと、このことが数少ないわたしのこの手の自慢?
なのですが、その相手と言うのが、パット・モリタ氏でした。

カラテ・キッズの「ミスター・ミヤギ」役で、アカデミー助演賞を取り、この役を断った三船敏郎が
大変残念がった、という逸話がありますが、この映画以降も、日系アメリカ人の「尊師」的な役を
多く演じてきた、ハリウッドスターです。

詳細は省きますが、モリタ氏が来日中、ある場所で、
声をかけてきた氏としばしお話しをするという、
わずかの間のご縁。
それ以来(約15年前)
モリタ氏の名前を見るたび、そのことを思い出していました。

昔のことで、さらには氏の英語は、ネイティブではないわたしには甚だ理解しにくく、

そのとき何を話したかほとんど記憶にないのですが、一つ印象的だったのは、
モリタ氏が
「わたしは日本語がしゃべれないのです」と言っていたこと。

失礼ながら、英語もネイティブには程遠いのに、日本語がしゃべれないということは、
小さいときは二重言語で育ち、次第に、生活の必要上日本語を切り捨てた結果かなあと、
しゃべりながらいろんなことを考えた覚えがあります。

そのパット・モリタが、日本と戦争中のアメリカで、迫害された日系人を演じているのがこの映画
I'll remember April」です。
日本では公開されておらず、DVDだけの配給で、なぜか「リメンバー・エイプリル」となっています。
どうしてI’llだけ省略するのか、いまいち納得がいかないタイトルではあります。
そして駄目押しとして「遠い空の向こうに」と、全く筋とは関係なさそうなサブタイトルが・・・。

日本の映画配給会社のこのセンスについてはいくどか糾弾しているのですが、
このタイトルも、なぞと言えば謎です。
音楽関係者にとってこのI'll remember Aprilというと、スタンダードジャズの名曲。
「あなたとすごしたあの四月を忘れない」というロマンチックな内容ですが、
これは一般的な失恋の歌のようで、実は戦地に行った恋人を思う、戦時歌謡なのです。

しかし、この映画を最後まで観ても、なぜこのタイトルを映画のタイトルに採用したのか、
全くわかりませんでした。
主人公の両親が話し合うシーンの後ろでラジオから聴こえてくる曲がもしかしたらこれ?
という雰囲気ではありますが、だとしてもストーリー全般、この曲の内容や四月と関係しそうな部分は全く見つかりません。
この出来事が四月に起こった、ということかとも思ってみましたが、
いずれにしても詰めの甘いタイトルで、内容を想起させ観たいという興味を惹くことがなく、
随分損をしているように思います。

このあたりの「やる気のなさ」も日本で公開されなかった理由ではないかと思いますが、
観終わってからは逆に
「どうしてこの映画、日本でやらなかったんだろう」
と実に不思議に思いました。


第二次世界大戦中の西海岸にある街。この街に住む少年たちが、ある日、
海軍の潜水艦に取り残され、海岸に泳ぎ着いた日本兵と知り合う。
彼らと潜水艦乗員のふれあい、彼らの家族、戦地にいる兄。
映画はそれらを縦糸に、日系アメリカ人のおかれた当時の苦境を横糸に進む。

子供たちは皆で画策し、日本兵マツオをメキシコに逃がすことにするが・・・・・。

どうです?
面白そうでしょう。
日本人なら観たい、と思う人も多いと思うんだがなあ。



場面は、帝国海軍の伊潜(たぶん)艦内から始まります。
艦長が周波数を捉え、皆でアメリカのラジオ放送を興味深そうに聴くシーン。
一番右が、この映画の主人公?マツオ(ユウジ・オクモト)
アメリカの映画、テレビ界でそこそこ活躍している二世俳優です。

ここでいきなり間違い探しブザーがブー


アメリカ近海にいる潜水艦の、潜航何日めかの艦内で、何故士官が二種軍装を着ているのか?
そして艦長なら、潜望鏡を見るのに邪魔にならない艦内帽を着用していただきたい。



伊潜の全体像が映り、ブザー二回目がすぐさまブッブー
通常アメリカ近海の敵制海権下では、日本艦は国旗を塗りつぶして潜航しているはずです。
潜水艦は日本の制海権に戻ってきて、初めて日章旗を塗りなおしたものだそうです。
因みに、戦艦、軍艦には菊の紋を掲げるのが普通ですが、潜水艦は「紋無し」です。

その理由は、水中で隠密行動を取り、交戦する潜水艦は消耗することを位置づけられており、
あくまで「補助艦」として扱われていたためです。

この潜水艦乗りたちについてはまた稿を別にして書きたいことがたくさんあります。

この映画、スタッフに日本人や日系人が見たところ一人もいませんでした。
軍事指導やら検証やらもまったくされなかったようです。



この乗員、名前を「山 松夫」といいます。
あだ名ならともかく、「山」っていう苗字・・・・そんなのあるかなあ。
どうしてもう一息頑張って「山田」「山本」にならなかったのか。
日本人スタッフがいないので、事業服に書ける漢字がこれしかなかった、とかかしら。

と言う具合に、教育的指導ブザーが鳴りっぱなしなんですが、
まあ、この映画は戦争映画ではないので、そんなことはどうでもいいのです。

点検にデッキに山さんが出ているとき、伊潜は敵艦に発見されます。
このとき艦長が「潜航!潜航!」(英語字幕Dive!Dive!)と言うんですが、ここはやっぱり、
「急速潜行!ベント開け!」くらいのことは付け足してほしかった。
え?・・・全然どうでもいいように見えない、って?
はい、潜水艦には最近かなり入れ込んでいるもので、つい。

さて、この「シアトルっぽいアメリカ西海岸のとある街」に住むやんちゃ盛りのお子たち。
戦時下の小市民であるところの彼らは「少年警備隊」を結成し、沿岸の警備にあたる毎日。
遊びと言うと、海岸にある廃坑の建物を陣地にして、戦争ごっこ。



ハートマン軍曹ごっこですね。
ハートマンになっているのが主人公デューク
デュークのお兄さんはフィリピンに出兵しています。
歯をへし折りのどに突っ込んで歯磨きできなくされそうになっているのがピーウィ
映画「A.I」でアンドロイドだかロボットの少年を演じたと言えばおわかりでしょうか。



ウィリー・タナカ
お分かりのように彼は日系人で、彼のおじいちゃんが、パット・モリタ演ずるエイブ
この町で生まれ、この町で育ち、この町でレストランを営んでいます。



家の壁に「JAP GET OUT」と落書きされ、それを消していたら、ドイツ系の悪徳不動産屋が
「どうせ収容所に行かされるんだから、今のうちに家を売れ」
とやってきます。
怒りまくる隣人、正義感あふれる男前なデュークのお母さん。



子供たちは根城にしている廃坑になった鉱山の建物で、潜水艦の乗員を発見。
怪我をして意識を失っている様子。


棒で追いたてて牢?に閉じ込め、皆で会議。
「大人に言ってFBIに通報したほうがいいんじゃないか」と、おデブのタイラー。
「きっとこれは捕虜第一号だよ。手柄を横取りされたくない」とデューク。

捕虜のことは僕たちだけの秘密にしておこう!と言うことになって次の日。



一人で基地を訪れたデュークは、捕虜が牢から逃げているのを発見。
鉢合わせして慌てたとたん、足を滑らせて海に落ちてしまいます。



手と足を怪我しているのにもかかわらず助けに飛び込む山さん。
さすがは海軍軍人やー!
事業服の胸に「1206山松夫」と、しかも横書きで書いてありますね。
あの・・・・囚人じゃないんですから、番号はつけんでしょう普通。



山松夫さんことユウジ・オクモトご尊顔。
サイバーショットが映り込んでいるのは気にしないでね。
しかし、この山さん、日本語が無茶苦茶アヤシイ。なまってます。
二世とはいえ、アメリカで育つとこうなってしまうのね・・・・。



ピーナツバターのサンドイッチをデュークに差し入れてもらった山さん、
「食べ物かこれ?」
と不審そうに中身を点検。

ブッブーー。(大音響)

海軍軍人が、パンを見たことがないなどと、誤解もはなはだしい。
「パンじゃ腹ふくれねえ、米の飯よこせ」と乗員がストライキを起こした事件もあったくらい、
パンは海軍にはなじみの深いものでした。
飛行機の搭乗員と同じく、潜水艦も非常に体力の消耗するハードな配置とされていたので、
食べ物に関しては彼らの口は当時の日本人平均よりかなり超えていたはず、です。

とにかく二人はすっかり仲良し。
しかし、なんだかなあ、と思ったのが、この日本人のマツオの描き方。
まだ足の傷も治っていないのに、事業服を着たまま朝水泳していて、デュークに
「一緒に泳ごうよ」なんて言って水に引っ張り込むんですが、
いくら海軍の軍人でも、こんなときに泳ぎますかね?
だいたい沐浴のつもりなら服くらい脱げと。

何となくですが、「原住民的な、野蛮な感じ」に描かれている気がするんですよね。
未開の国の人を見るような。
文化の違いと言ってしまえばそれまでですが・・・。
なんとなく、このあたりにアメリカ人の日本に対する「見くびり」が見えます。
アメリカの映画サイトでこの映画の感想を見ると、
The Japanese sailor acts all goofy and is not convincing at all!!!!!
(日本の水兵は振る舞いが全く間抜けで田舎者のようで、これもまた全く説得力がない!!)
というアメリカ人のお怒りの声もありました。
もっと言ってやれ。



デス・カー、「死の車」が街にやってきました。
出征している兵士の戦死を報せる軍の広報車です。
おびえる子供たち。
しかし、ある日、その車はついにデュークのうちの前で停まるのです。
ショックを受けたデュークは、マツオのところに行くと・・・



自分もデュークのために泣きながらかれを抱きしめるマツオ。
しかし、この広報車が告げに来たのは兄の戦死ではなく、名誉の負傷で帰還するという報せでした。


それを知って誰よりも喜びバンザイするマツオ・・・。
いいやつっていう表現なんでしょうけど、これもなんだか馬鹿みたいです。



日系である仲間のウィリーの一家は、遂に収容所に送られることになります。
ウィリーが行ってしまう前に、マツオを汽車でメキシコに逃がしてやろうと計画する子供たち。



その過程で、ウィリーは秘密を持つことが耐えきれなくなり、おじいちゃんに相談します。
このことが大きくお話の結末に関わってきますよ。



マツオを電車に乗せ、送り出さんとするとき、裏切り者が現れます。
仲間のタイラーが、口げんかをした腹いせに、マツオのことや、汽車に彼を乗せる計画を、
親に話してしまい、日本兵を捕まえるためにFBIがやってくるのです。
汽車は途中で止められ、捜索が始まります。

さあ、どうなる?



タイラーは、仲間はずれの仕返しのつもりが思っていたよりおおごとになってしまい、
さらにこのせいで仲間は少年院行きかもしれないと言われ、ビビってこう言います。

嘘をついて大人を騒がせたという罰をたっぷり受けることを考えると、タイラーの勇気に拍手。
大人たちは捜索を中止します。

マツオは逃げることができるのでしょうか。
しかしそれを言ってしまうと、この映画を観る楽しみを奪うので、これは観てのお楽しみ。


全体的に子供が主人公であることから、悲惨な結末や、不条理な筋立てや、勿論、
残酷な描写も一切なく、全体的に少し甘すぎるかな、と思わないでもありませんが、
子供たちの、子供なりの仁義や友情、父親との男同士の話、
当時のアメリカの人々が日本、日本人、そして日系人をどう見ていたか、そういったことが、
こののんびりとした海沿いの町に焦点を当てて、あくまでも優しい語り口で語られます。





アメリカ映画黄金のパターン、階段に腰掛けて話し合う父と息子。
どうでもいいことなんですが、左画像のデュークの肩のところに、上から階段を下りてきた猫が
見えているのに、デュークが立ちあがった瞬間、何もいなくなるんですよ。
え?これなに?猫どこ行ったの?
と何度も見てしまいました。




タナカ一家を町の外れまで見送る二人。
この嬉しそうな顔を観てください。

もし、デュークの兄が本当に戦死していたら、彼らのマツオに対する行動はどう変わっていたか、
ということをつい考えてしまいます。
「デュークは兄を殺したのと同じ日本の兵隊であるマツオをどうしても許せず、
目を覆うような復讐を企てる」
「FBIに通報するのは兄を失ったデュークで、追手に追い詰められたマツオは、
子供たちを道連れに悲惨な最期を遂げる」
「追手の過ちで、子供たちが危ない状況になり、それを守ろうとしてマツオは一人死ぬ」

監督の傾向と趣味によっては、こんなストーリーの結末が考えられるのですが、
少なくとも、この映画は、全てが上手くいきすぎるくらい上手くいき、
ハッピーエンドを迎えます。
しかし、やたら悲劇的な内容で泣かせることに腐心している風の数多のあざとい映画に比べれば、
爽やかで、心が救われ、ずっと後味がよろしいかと思われます。

これは、小学校高学年くらいの子供と一緒に観て、感想を語り合うのにも向いている作りで、
もしかしたら目的の第一は「子供たちにこんなこともあったよと教えること」
かもしれないと思いました。
観終わった後、お子様と一緒ににっこりとほほ笑んで、しかし少し涙ぐみつつ「よかったね」
と呟きたい方には、お薦めの映画です。


そうそう、パット・モリタ氏は2005年に亡くなったんですね。
この映画を観た後調べていてあらためて気づきました。
間近で見ると笑った眼の可愛らしい、声の暖かいおじいちゃんでした。

合掌。