Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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Leonardo da vinciの右手の麻痺の原因は?

2024年04月03日 | 医学と医療
4月1日は新しいメンバーを迎えての初日でした.朝のカンファレンスでは,当科名物「今,ハマっているものは何ですか?」を含めた自己紹介をみんなでしました.料理や読書,ゲーム,Podcast,研究などと個性があふれていて面白かったですが,私は最近,いろいろ調べているLeonardo da vinciについて少し話をしました.

Leonardoの利き手は論争がありましたが,素描の陰影を分析すると左利きであることはほぼ疑う余地はないと言われています.しかし素描と筆記以外の作品を制作する際には,右手を使用していたことが研究の結果,示されています.Leonardの遺作は,私の一番好きな作品である「洗礼者ヨハネ(左図)」ですが,1513年から1516年頃に完成したとされています.その後,亡くなる1519年まで作品がないわけですが,その理由として1517年には右手に麻痺があったことが関係していると言われています.

右図はLeonardo da vinciの肖像画(年代不詳)ですが,右腕が包帯を巻いたように衣服の襞に包まれ,硬く収縮した状態で吊り下げられています.カンファレンスではこの絵画からLeonardo da vinciの右手の麻痺の原因を議論しました.真相は分かりませんが,過去にいくつかの論文で議論されています.皆さんはどう考えますか?



さて考察編です.Leonardoは人生の最後の2年間,運動能力を著しく低下させる脳卒中を繰り返していた可能性があり,脳卒中が彼の死因であったと指摘されています.このため絵の右手の麻痺も,脳卒中による右片麻痺と長く考えられてきました.脳卒中の原因に関しては,心疾患を含めた危険因子の有無については不明ですが,菜食主義者であったため高ホモシステイン血症が関係したのではという考察があります.
Coralli A, et al. Leonardo's recurrent stroke? Lancet Neurol. 2016 Jun;15(7):667.
Öztürk Ş, et al. Leonardo Da Vinci and stroke - vegetarian diet as a possible cause. Front Neurol Neurosci. 2010;27:1-10.

これに異を唱えたのが,2019年のLazzeriらによる論文です.片麻痺の場合,痙性のため,腕は屈曲位と回内位をとる傾向があります.しかしこの絵はそうではなく,MP関節(第3関節:指の付け根の関節)の過伸展と,第4指と第5指のPIP関節(第2関節:指先に2番目に近い関節)とDIP関節(第1関節:指先に一番近い関節)の屈曲を特徴とする,claw hand(鷲手)として知られる尺骨麻痺に見えるという説です.晩年,Leonardoは失神を繰り返しており,そのようなエピソード中に右上肢を外傷し,外傷性尺骨麻痺を発症したのではないかというものです.失語や顔面麻痺を認めたという記載がないこととも合致します.
Lazzeri D, et al. The right hand palsy of Leonardo da Vinci (1452-1519): new insights on the occasion of the 500th anniversary of his death. J R Soc Med. 2019 Aug;112(8):330-333.


(https://www.grepmed.com/images/14470/ulnarより引用)

この論文には別の意見がレターとして発表されています.それは正中神経障害ではないかというものです.むしろ拳を握ろうとした時に,Ⅰ~Ⅲ指が屈曲しない「hand of benediction(祈祷者の手)」の可能性が高いのではないかという説です.正中神経障害でも手根管での障害の際には「ape hand(猿手)」になりますが,肘関節より近位部での障害では「祈祷者の手」になります.よって,この絵のMP関節が過伸展しているか屈曲しているか,どう捉えるかによることになります.
de Campos D, et al. The right hand of Leonardo da Vinci (1452-1519): ulnar or median nerve palsy? J R Soc Med. 2019 Nov;112(11):452.

ただ脳卒中説も完全に否定できない可能性もあります.Leonardoは左利きで,かつ非常に有名な鏡文字(左右を反転させた文字)を使用しており,大脳半球支配が左右逆の非典型的なものだったのではという推論もあります.これがLeonardoのADHD(注意欠如・多動症)やディスレクシア,そして異常な芸術的能力でありながら作品をなかなか完成できず投げ出してしまう性格と関連するのではないかと指摘されています.
Catani M, et al. Grey Matter Leonardo da Vinci: a genius driven to distraction. Brain. 2019 Jun 1;142(6):1842-1846.

以上のように,諸説あり,結論は出ていないわけですが,あれこれ想像しながら,レオナルドに関する本を読むのはとても楽しいです.私のオススメは以下の2冊です.前者は医学に関心があるひとには最高に面白いですし,後者は完成できた13作品を詳しく解説しています.

レオナルド・ダ・ヴィンチ: 人体解剖図を読み解く(https://amzn.to/3J19Yx9)
ペンブックス1 ダ・ヴィンチ全作品・全解剖(https://amzn.to/3U1ZoMv



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1930年代生まれと1970年代生まれの人を比較すると,大脳皮質の表面積はなんと14.9%も増加している!

2024年04月01日 | 医学と医療
「エープリルフールだよね?」と思われかねない論文がJAMA Neurol誌に出ています.1948年からアメリカのマサチューセッツ州フラミンガムで継続されている虚血性心疾患の追跡疫学調査研究「Framingham Heart Study」参加者の脳の体積をMRIで評価し,出生年により経年差が生じるかを検証した研究です.参加者は3226人,MRI撮影時の年齢は57.7±7.8歳でした.なんと頭蓋内体積,海馬体積,白質体積,皮質表面積は経年的に有意に大きくなっていました(図).1930年代生まれと1970年代生まれを比較すると,頭蓋内体積は6.6%増,海馬体積は5.7%増,白質体積が7.7%増,なんと大脳皮質表面積は14.9%増です.身長,性,年齢で調整しても結果は変わりませんでした.最も経年変化が大きかったのは1930年から1940年の間でした.以上より,1930年~1970年生まれの人において,脳の発達は良くなっていることが示唆されました.ちなみに大脳皮質の厚さが経年的に減少していますが,皮質体積の増加はわずかであるのに対し,皮質表面積が大きくなっており,その結果,皮質の厚さは減少したようです.皮質表面積の増大は神経細胞線維の増加を反映するそうで,radial unit lineage modelという大脳の発達モデルについて議論していますが,難しくて十分理解できませんでした.



議論のポイントは2つあります.1つめは「なぜ脳の発達は改善したか?」です.著者らは健康,社会文化,教育的要因といった生活環境の改善が影響した可能性を議論しています.2つめは「脳体積の増加がどんな効果を及ぼすか?」です.著者らは脳の発達の改善は「脳の予備能」を大きくすると考えています.このコホートでは以前,認知症発症率が徐々に低下していることを報告していますが,この「脳の予備能」の改善が影響した可能性があると考察しています.つまり脳の発達を妨げる危険因子を同定し修正できれば,認知症などの脳の疾患に有効である可能性が示唆されます.脳は私たちが考えているより,生活環境によりダイナミックに変化しうるものだと分かりました.
DeCarli C, et al. Trends in Intracranial and Cerebral Volumes of Framingham Heart Study Participants Born 1930 to 1970. JAMA Neurol. 2024 Mar 25:e240469. doi: 10.1001/jamaneurol.2024.0469.

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