日々徒然に

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8月の暑さから逃れて

2019年08月18日 | Weblog

 こんにちは。 

 毎日暑い日がつづきます。今ごろはお盆で帰省していた人も帰ってきているのでしょうか。つかの間の夏休みがどうでしたか・・・。とにかく暑い毎日が続きました。まさに「身の危険」ということが自分のことのであったような夏は初めての経験でもありました。休日になっても散歩にいくこともやらず、日々クーラーをかけたところで高校野球観戦の日々でもありました。一日中みていると、さすがに疲れます。それでも、つい、地元の代表が出場していると応援をしていました。さらに、負けてしまうと次には自分の住む関東地方出身の学校、さらに負けて消えてしまうとこれまで優勝経験のない地方の出場校を応援していました。そこでは、若さが躍動している姿、若さゆえミスがでていく場面などをみていました。最後は、優勝経験のない学校を夢中で応援していました。さて、今年はどこが優勝するのでしょうか。セミの声と高校野球のバットの金属音がなくなるころ夏が終わっていくのでしょうかね。

 さて今週は、台風10号の動きをたいへん気に週でもありました。台風の影響をうけた地方ではまさにお盆の真っ最中というところも多くありました。四国・徳島の阿波踊りも最終日は中止に追い込まれたようです。ここ十数年徳島に帰っていませんが、阿波踊りの太鼓、三味線、カネ・・・、目をつぶると夜風に乗って聞こえてきそうです。これを「帰省」とよんでいるのでしょう。帰省ラッシュの道路の渋滞や空港の混雑さより、台風で静まりかえった交通機関が不気味にもみえました。

 暑さから風、さらにはたつ巻、集中豪雨。台風のつめ跡は人間の恐怖を考えず猛威をふるって四国・中国地方を縦断していきました。住民のできることは避難だけで、猛威が過ぎ去るのを待つだけのようでした。それは、人間にはどうしようもないあきらめもあります。人間にできるのは最大限被害を小さくすることくらいでしょう。そして生きていることへの確認くらいでしょう。

◆ ◆ ◆ ◆

 今年も広島平和記念式典、長崎平和祈念式典がありました。そのなかで、市長は世界初の原爆を受けた国としてもっと世界のアピールすべきだという主張が同じでした。世界で少しでも核の脅威がなくなるようにとの主張でした。そしてそれは、現政府にも向けられたメッセージでもあったはずです。「核兵器禁止条約」や「核拡散防止条約」への批准を呼びかけえいました。しかし、政府はその理念に強く行動しようとするあいさつがなかったことが報道されました。いっとき、オバマ米国大統領のとき核軍縮がいわれてうたものの、トランプ大統領になってから逆をいっている状況でもあります。さらには、平和をうたう「日本国憲法」さえも変えようとしている政府でもあります。

 日本の8月は「戦争」への反省の月でもあるはずです。戦没者の思いをくみ取る行事はたくさんある月でもあるのです。総じて、日本の8月は「死者たちへの反省」として、できることを行動に移す時期なのだと思います。世界が核(放射能)の脅威によってバランスが保たれているという為政者の政治が問われていることもあります。誰でも「戦争や原発の放射能には反対」です。ただ、その反対する小さな抵抗が式典でもあるように思います。そいう機会が多くあることが大事なことだと思います。

 ちなみにこの月、NHKで「二・二六事件」について新たな貴重な記録が発見されたという放送がありました。事件を起こした背景で陸軍の一部気将校というのが一般の説でしたが、資料により海軍もこれにかかわっていたという新事実が放送されていました。いまごろ出てくることには諸説あるのでしょうが、大切な歴史資料であったことに違いはありません。

 

  今年の暑さは昨年よりもっと暑さが身にこえたる8月なっていました。自転車にのって2時間ばかり走っていたら体調がくずれ、涼しさを求める動物になっていました。日影やクーラーのきいた建物にいち早く避難する行動をとっていました。日傘をさして歩くのも当たり前のようになっていました。

 これまで「夏が好き」といってきた自分ですが、今回だけは曖昧な夏への対策は「命取り」にもなるほどの暑さになっていました。まさに「異常気象」なのではと思います。見渡せば、ビルに囲まれたコンクリートだらけの周囲にも影響があるのでしょうね。たくさんのビルから放出される熱風が気温をあげ、さらには地熱さえもあげていく形になっていることも原因の一つなのでしょう。

 散歩の途中、商店街を歩いているとフリーマーケットにでくわすことが多い。自分の好みに合わせてそれぞれモノをつくりあげ売り物を見かける。

 自分の作ったものを買ってもらう・・・。

 それだけでも大変なことなのに、ちゃんと商品として買ってくれる人もいる。見ていて、自分の好きなことをして生活ができるほど世の中、あまくはなのだろうと思う。それでもいくらかな自分の気持ちをこめて作ったものに買ってもらっていくうちに、また自信がつのだろう。さて、そんなことを自分はできるのだろうかと思った。

 自分が「これだけは」と思うものを持っているのだろうかと考えてみたら「何もない」ということに気がつく。こうして、フリーマーケットで自分のつくったものを他人に買ってもらうほどのものはないのだろう。なくても、自信のもてる何かあるおだろうか? と考えてしまった散歩道だった。

 

 更新が終わるころ、お盆休みも終わっているころでしょうか。また、年末に向けて働くことになります。今年の夏は暑さのためにどこへも出かけませんでした。じっと身を守るので精一杯の日々でもあったようです。そして、仕事もまっているころでしょうか。休みが多かった分たくさんたまっていることでしょう。まいったー。

 それでもボチボチ始めようと思います。

 今年の夏は暑すぎて、体が悲鳴をあげていたような日々だった。事実、盆休み途中で体調を崩して、ほとんど出かけることもなくクーラーのきいた部屋で甲子園を観戦していた。さらに、今年になって、身近に思う人がつづけて鬼籍にはいっていってしまったことを思うと「これまでか・・・」と悲観するばかりである。

 来週当たらかた少しずつ涼しくなってきたらちょっとは暑さも和らぐことを期待しつつ今週はこの辺で失礼します。

 読者の皆さまもくれぐれもご自愛を。

 読んでくれた人ありがとうございました。