大学における米国裁判制度に関する教育メソッドの紹介
一、 はじめに
裁判員制度法が今年の5月21日に成立したが、これは、日本の司法制度を根本的に改革する重要なものであるが、この制度を導入するためには、解決すべき問題が山積している(国際商事法務Vol.32, No5『裁判員制度導入への懸念』に詳述)。しかし、裁判員制度は、これから社会科学を本格的に学ぶ本学の1年生の授業には格好の題材と考え、今学期、裁判員制度をテーマにした授業を行った。ここで用いた、教育メソッドについて以下で詳細について解説する。
二、 対象・狙い
この授業は、「新入生ゼミナール」といい、本学の経済学部1年生全員を少人数のクラスに分け(各クラス経済学科と経済システム法学科の学生の混成)、大学で経済や法律を学ぶための入門的な授業を各担当教員の裁量で行うものである。
私の担当クラスは、経済学科8名、経済システム法学科7名(男子8名、女子7名)、計15名のクラスである。
授業の目標は、①大学での勉強の仕方・議論の仕方を学ぶ、②議論を通じ民主的に組織を運営する、③裁判員制度について学ぶ、④スティグリッツの非対称情報の経済学を学ぶ、の4つを掲げたが、本稿では④については省略する。
具体的には、ヴィデオ教材、小説等を用いて日本の刑事裁判制度と、米国の陪審制度を含む刑事裁判制度を比較し、それらの学習をふまえ、学生に班ごとに「裁判員制度対案」を作成・発表させ、互いに評価させるということを目標にした。
三、 第1回講義
1. 自己紹介
初めて顔合わせするということで、各人に自己紹介をさせ、その結果を表にまとめ、集団の特性も合わせて分析することを次回までの課題とした。ちなみに結果を見ると、「まじめだが消極的な人が多い」という分析結果が多かった。また、自己紹介を聞いただけの段階で「自分が刑事被告人になったら裁判員になってほしい人、ほしくない人」についても書かせることとした。同じ質問を学習がかなり進んだ段階で行い、比較するため。
2.アンケート
さらに、裁判員制度についての知識を問う以下のようなアンケートを行った。(回答14名)
一、 裁判員制度について
1.日本に裁判員制度を導入する予定があることを知っていましたか?
はい 9 いいえ 5
2.日本に裁判員制度ができるのはこれが初めてである。
正しい 7 正しくない 7
【以下は、3月に閣議決定された裁判員制度法案について】
3.アメリカと同じで裁判員の合議には裁判官は参加しない。
正しい 3 正しくない 11
4.アメリカの陪審は民事事件に付くので日本でも刑事・民事とも付ける。
正しい 5 正しくない 8 無回答 1
5.あなたは裁判員になってみたいですか?
なりたい 5 どちらかといえばなりたくない 6 なりたくない 3
6.5.の回答の理由は何ですか?
なりたい…一度くらい経験してみたい、興味がある、等
どちらかといえばなりたくない…責任が重過ぎる、法律知識がないので無理、等
なりたくない…法律知識がない、誤審してしまうかもしれない、等
7.あなたが刑事事件の被告人になったら(仮に選べるとしたら)裁判員付きの裁判を望みますか?
望む 5 従来どおり裁判官に判決を出してほしい。
8.7.の回答の理由は何ですか?
望む…その方がより公正、慎重、冤罪を防げる、等
望まない…その方がより公正、法律知識がある人に裁かれたい、裁判員が入ると、感情、世論に左右されそう、等
9.その他、あなたが裁判員制度について知っていることがあったら書いてください。(足りなければ裏面も使うこと)
ランダムに選ばれる、拒否できない、司法を身近にするために導入が検討されている、マイケルジャクソン報道
3. 日本の刑事裁判
(1) 刑事訴訟法、刑事訴訟規則、最高裁判所事務総局作成のパンフレット『法廷ガイド』を教材として、冒頭手続、証拠調べ手続、弁論手続等について解説
(2) ヴィデオ教材NHKドラマ『続・続 事件―月の景色―』(1980年放映)の一部を見せる。
① ドラマのストーリーは、19歳の予備校生(佐藤浩市)が母親(岸恵子)との近親相姦が遠因になって、知り合いの少女を絞殺してしまったというもの。
② 法廷シーンが多く、しかも「第1回公判」「検察官主尋問」「被告人質問」等のテロップがその都度大きく出るので、教材に適している。このドラマでは、母親が被告人との関係を証言する際、非公開証人尋問(刑訴304条の2)という制度も出てきたのでその解説も行った。
③ さらに、未成年なのに通常の刑事裁判になっていることについて、「逆送」制度について解説、1997年神戸の事件をきっかけに、少年法が改正され、逆送可能年齢が引き下げられたことにも言及。
④ 判決(不定期刑)までいったところで、少年法52条の不定期刑について説明。
4. 刑事裁判傍聴レポートについての指示
日本の刑事裁判制度の理解を深めるため、長野地裁松本支部で刑事裁判を傍聴して書くレポートについて指示を出した。冒頭手続から見学させるため、第1回公判のある日時を予め同支部の刑事書記官室から聴取し、表にして、注意事項とともに配布。同支部の法廷は小規模であるため、傍聴者が集中しないよう、事前調整の必要があるので、学生に傍聴日について第2希望まで書かせた。
四、 日本の司法制度
1. 裁判員制度の概要について解説(教材として、2004年3月3日付朝日新聞の記事を使用)
2. 戦前の日本の「陪審員制度」について解説
3. 開かれていない日本の司法
(1) レペタ事件判決(最高判平成元年3月8日憲法判例百選I77事件)を教材として、法廷で傍聴人がメモをとることさえ、解禁されたのは1989年になってからやっとであること、外国人弁護士であるレペタ氏の提訴がきっかけになったこと、後で見る米国の法廷劇では陪審員が詳細なメモをとり、それを前提に議論していることについて説明。
(2) なぜ裁判官の判断が民意から離れていると思われているのか
最高裁に人事権を握られた官僚であり、国が被告になっている行政訴訟で国がめったに敗訴しないことや、裁判官が法務省訟務局に出向して国が当事者の訴訟の代理人を務めていることの弊害等について解説。
野鳥の会にも入れない?!
日本裁判官ネットワーク『裁判官は訴える!私たちの大疑問』(1999年講談社)の中の岡文夫判事による「野鳥の会に自由に入会したい」のコピーを配布し、次回までに感想文を書いてくるように指示。
感想文には「裁判官が市民と自由に交流することができなければ、誰のために三権分立という考え方があってそのために司法権というものがわからない。裁判官が官僚的になるならば、極端な話、行政、立法、司法が全て官僚に支配されてしまうことになる。…裁判員制度は、裁判に市民の感覚を取り入れるということが検討されている理由の一つであると言われているが、実際にこの制度が導入されれば、ますます裁判官が組織に属してはいけない理由が不明確になる。裁判官も裁判員も同じように話し合いをするのに、裁判官だけが組織に属してはならないというのはおかしい。…裁判官も地域社会を構成する一人の人間である。社会の中で様々な経験をすることで、より多くの人が納得できるような判決を出せるようになるのではないだろうか。」というものがあった。
米国の制度:裁判官任命への民意の反映
米国では、選挙で直接裁判官を選ぶ州や、知事、上下院議員議長等を含むjudicial advisory committeeが判事を選任するが、任期更新時に人物についての評価を新聞等で広く州民に募る州がほとんどで、裁判官は民主的なlegitimacyを備えていることを解説。
五、 米国の刑事裁判制度
1. 起訴は日本と違って検察官の専権事項ではない
大陪審(grand jury) 例:マイケル・ジャクソン事件
予備審問(Preliminary Hearing)
2.9割が有罪答弁・司法取引で解決
3.Disclosureの徹底
4.陪審は公平か
(1)陪審忌避
正当理由ありの忌避は無制限だが、理由なしの忌避(peremptory challenge)には上限がある。
陪審コンサルタントが実際は評決の行方を決めてしまう。
(2)OJシンプソン事件
民事は敗訴、刑事は無罪。
六、 米国の刑事訴訟手続
1. ハワイ州裁判所見学(本誌Vol.32, No7『ハワイ州陪審制度ロースクールおよび登記制度視察報告』に詳述)時に撮った写真をPower Pointで見せて解説。
① 陪審員控え室の様子
② 法廷の様子
裁判長、証言台、陪審席の位置関係(日本が裁判長に顔を向けて証言するのに比して、証言の全てが陪審によく見えるように配置され、裁判長はむしろそれを後ろから見守る位置)
挙証責任を負う検事の机が陪審席に近いこと
2. 手続の流れを解説
(1) 逮捕
(2) ミランダ・ルール
(3) 大陪審または予備審問(Preliminary Hearing)により正式な起訴決定
(4) 罪状認否(Arraignment)
(5) 有罪答弁→量刑または司法取引
(6) 無罪答弁
(7) 陪審員選定
(8) 公判(Trial)
(9) 説示(Jury Instruction)
(10) 陪審による評議→評決(Verdict)