藤原竜也・鈴木杏の「ロミオとジュリエット」の千秋楽に行ったら、隣の席に戸田恵子さんがいて、その隣には三谷幸喜氏がいたので、ずうずうしさも省みず、話しかけてしまった。
(前の席には鴻上尚史氏がいた)
「私は大学で法律を教えているんですが、裁判員制度を取り上げた際に、『12人の優しい日本人』を使わせていただきました。本家の『12人の怒れる男』と対比させたのですが、やはり同じ日本人の方が学生には実感がわきやすかったようです」といったら、三谷氏は、「そうですか、映画を見ながらやったのですか?」と気さくに応じてくれた。
三谷氏については、1994年の「古畑任三郎」を見てファンになり、惜しいことに東京サンシャインボーイズはすぐ解散してしまったが、95年の「君となら」以来、ほとんどの舞台を観ている。
香港にいる間も、2002年3月に中国法の講演を頼まれて帰国した際に、「彦馬が行く」の再演と、鹿賀丈史の降板で話題になった「You are the top」を見たくらいだ。代役の浅野和之はその後ドラマにひっぱりだこだが、私は1991年の大河ドラマ「太平記」で塩谷判官の役をやったのだけを覚えていた。というのも、文楽・歌舞伎では、浅野内匠頭を塩谷判官に、吉良上野介を、判官の奥方顔世御前に言い寄った高師直に置き換えているから、判官の役を「浅野」という俳優がやるのは面白いと思ったからだ。夢の遊民舎出身でとても芸達者な役者さんだ。
(ちなみに、一週間の日本滞在で、講演と上記2芝居のほか、「放浪記」(森光子の年齢から帰国後はもうやっていないと思ったので。しかし、小鹿番が最近なくなったので、菊池寛そっくりさんが見られて良かったが。)、「天保15年のシェークスピア」(上川隆也が出ていたので)やアフガン映画「カンダハル」を見たり、母と那須の温泉に行ったりしたので、香港に戻ってすぐ高熱を出して寝込んだ)
今考えると失礼だったかな、と反省するが、以下のような質問を三谷さんにしてしまった。
「『今夜宇宙の片隅で』の最終回で安井昌二さんが出てきましたが、あれは奥様のエッセイで、大沼公園のロケのとき、お店で安井さんのお嬢さんの四方晴美さん(チャコちゃん役の子役)に間違えられたことと関係あるのですか?」
三谷さんは、「いいえ、安井昌二さんは前から大好きな俳優さんなので出ていただいたのです」と答えた。
あとでよく考えたら、三谷さんはどこかで、「妻には作品を見られたくないし、私も妻の出るドラマ等はいっさい見ない」と書いていたから、馬鹿な質問だったかも。
戸田さんには、「ドラマ23の『帰っていいのよ今夜も』で、電話交換手の役ででていらっしゃいましたよね」というマニアックな質問をしてしまった。
二人の会話を聞いていたら、三谷さんが「福山みたいな顔だったら人生違っていたのに」というのが聞こえて思わずぷぷぷ…だった。
本当は赤い洗面器のなぞ(三谷作品で繰り返し出てくる「水の入った赤い洗面器を頭の上にのせて歩いている女性」)も聞いてみたかったが、あまり不躾だろうと遠慮した。
肝心な「ロミオとジュリエット」、藤原竜也も鈴木杏もさすが若手ナンバーワンの演技力だ。
ただし、細かいことを言うと、ばあやの従者がピーターなのに、「聖ペテロ教会」が出てくるのはおかしい。
欧米人の名前は新旧聖書等に出てくる聖人の名からとっていることが多いが、聖ペテロは、イタリア語では、ピエトロ、英語ではピーター、ドイツ語ではペーター(ハイジの友達)、ロシア語ではピョートル、スペイン語ではペドロになるから、同じ文学作品「ピーター」と「ペテロ」という言葉が出てくるのは変だ。
ちなみに、大学の見田ゼミの先輩岸本葉子のエッセイにイタリア取材の際、パウロとかヨハネとか「時代がかった名前の人が多い」というくだりがあるのに首をかしげた。それって、英語圏ならポールとジョンになるから、全然珍しくない。先輩に対して悪いけど、教養を疑いたくなった。
といっても、私も留学中、英語のヨーロッパ・ツアーにたびたび参加して、いろいろな人名の英語表示に接し(日本語だとカタカナになってしまうからわかりづらいが)、初めてわかったことなんだが。聖人以外にも、ユリシーズがオデュッセウスと同じものだとわかるまで時間がかかったりした。本当にギリシャ神話およびキリスト教文化圏は一つなのだと実感した。
初めてヨーロッパの美術館めぐりをして、「ギリシャ神話と新旧聖書の知識がなければ、美術品を半分しか理解できない」と感じたのを思い出す。
(ちなみに現在のいいとも青年隊のジョンとイワンも実は同じ名前ということになる)
藤原竜也は『身毒丸』を見て、童顔に似合わない声と演技力に圧倒され、舞台をよく見に行っている。身毒丸と同じ民話を基にした三島由紀夫近代能楽集の「弱法師」で主人公をやったのももちろん彩のくにさいたま劇場まで観に行った。
そういえば、三谷さんが倉本聡と自殺した野沢尚と競作したドラマでは「ジュリエットは生きている」というタイトルで書いていたのだったと思い出していた。
theater goerの私も千秋楽は初めてだったが、演出の蜷川さんも舞台に出てきて、紙ふぶきが舞ったのに興奮した。
(前の席には鴻上尚史氏がいた)
「私は大学で法律を教えているんですが、裁判員制度を取り上げた際に、『12人の優しい日本人』を使わせていただきました。本家の『12人の怒れる男』と対比させたのですが、やはり同じ日本人の方が学生には実感がわきやすかったようです」といったら、三谷氏は、「そうですか、映画を見ながらやったのですか?」と気さくに応じてくれた。
三谷氏については、1994年の「古畑任三郎」を見てファンになり、惜しいことに東京サンシャインボーイズはすぐ解散してしまったが、95年の「君となら」以来、ほとんどの舞台を観ている。
香港にいる間も、2002年3月に中国法の講演を頼まれて帰国した際に、「彦馬が行く」の再演と、鹿賀丈史の降板で話題になった「You are the top」を見たくらいだ。代役の浅野和之はその後ドラマにひっぱりだこだが、私は1991年の大河ドラマ「太平記」で塩谷判官の役をやったのだけを覚えていた。というのも、文楽・歌舞伎では、浅野内匠頭を塩谷判官に、吉良上野介を、判官の奥方顔世御前に言い寄った高師直に置き換えているから、判官の役を「浅野」という俳優がやるのは面白いと思ったからだ。夢の遊民舎出身でとても芸達者な役者さんだ。
(ちなみに、一週間の日本滞在で、講演と上記2芝居のほか、「放浪記」(森光子の年齢から帰国後はもうやっていないと思ったので。しかし、小鹿番が最近なくなったので、菊池寛そっくりさんが見られて良かったが。)、「天保15年のシェークスピア」(上川隆也が出ていたので)やアフガン映画「カンダハル」を見たり、母と那須の温泉に行ったりしたので、香港に戻ってすぐ高熱を出して寝込んだ)
今考えると失礼だったかな、と反省するが、以下のような質問を三谷さんにしてしまった。
「『今夜宇宙の片隅で』の最終回で安井昌二さんが出てきましたが、あれは奥様のエッセイで、大沼公園のロケのとき、お店で安井さんのお嬢さんの四方晴美さん(チャコちゃん役の子役)に間違えられたことと関係あるのですか?」
三谷さんは、「いいえ、安井昌二さんは前から大好きな俳優さんなので出ていただいたのです」と答えた。
あとでよく考えたら、三谷さんはどこかで、「妻には作品を見られたくないし、私も妻の出るドラマ等はいっさい見ない」と書いていたから、馬鹿な質問だったかも。
戸田さんには、「ドラマ23の『帰っていいのよ今夜も』で、電話交換手の役ででていらっしゃいましたよね」というマニアックな質問をしてしまった。
二人の会話を聞いていたら、三谷さんが「福山みたいな顔だったら人生違っていたのに」というのが聞こえて思わずぷぷぷ…だった。
本当は赤い洗面器のなぞ(三谷作品で繰り返し出てくる「水の入った赤い洗面器を頭の上にのせて歩いている女性」)も聞いてみたかったが、あまり不躾だろうと遠慮した。
肝心な「ロミオとジュリエット」、藤原竜也も鈴木杏もさすが若手ナンバーワンの演技力だ。
ただし、細かいことを言うと、ばあやの従者がピーターなのに、「聖ペテロ教会」が出てくるのはおかしい。
欧米人の名前は新旧聖書等に出てくる聖人の名からとっていることが多いが、聖ペテロは、イタリア語では、ピエトロ、英語ではピーター、ドイツ語ではペーター(ハイジの友達)、ロシア語ではピョートル、スペイン語ではペドロになるから、同じ文学作品「ピーター」と「ペテロ」という言葉が出てくるのは変だ。
ちなみに、大学の見田ゼミの先輩岸本葉子のエッセイにイタリア取材の際、パウロとかヨハネとか「時代がかった名前の人が多い」というくだりがあるのに首をかしげた。それって、英語圏ならポールとジョンになるから、全然珍しくない。先輩に対して悪いけど、教養を疑いたくなった。
といっても、私も留学中、英語のヨーロッパ・ツアーにたびたび参加して、いろいろな人名の英語表示に接し(日本語だとカタカナになってしまうからわかりづらいが)、初めてわかったことなんだが。聖人以外にも、ユリシーズがオデュッセウスと同じものだとわかるまで時間がかかったりした。本当にギリシャ神話およびキリスト教文化圏は一つなのだと実感した。
初めてヨーロッパの美術館めぐりをして、「ギリシャ神話と新旧聖書の知識がなければ、美術品を半分しか理解できない」と感じたのを思い出す。
(ちなみに現在のいいとも青年隊のジョンとイワンも実は同じ名前ということになる)
藤原竜也は『身毒丸』を見て、童顔に似合わない声と演技力に圧倒され、舞台をよく見に行っている。身毒丸と同じ民話を基にした三島由紀夫近代能楽集の「弱法師」で主人公をやったのももちろん彩のくにさいたま劇場まで観に行った。
そういえば、三谷さんが倉本聡と自殺した野沢尚と競作したドラマでは「ジュリエットは生きている」というタイトルで書いていたのだったと思い出していた。
theater goerの私も千秋楽は初めてだったが、演出の蜷川さんも舞台に出てきて、紙ふぶきが舞ったのに興奮した。